備忘録

りっち

文字の大きさ
上 下
10 / 19
長編作品

ざまぁ代行 アシュレイ・ウィスタリア編 旧06

しおりを挟む
※こちらは書き直し前の旧verとなります。
 当時のままの文章をそのまま残してありますので、もしも誤字・脱字の報告があったとしても修正は受け付けません。当時の遺構のようなものです。
 大幅に加筆・修正をしている為、恐らくはアルファポリス様の規制にはひっかからないかと思いますが、仮に公開停止処分等を受けた場合は再公開の予定はありませんのでご了承ください。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 メルセデスの手下達は警備隊の詰め所に送る事になった。
 主犯のメルセデスを確保できた今、騎士団で扱うほどの相手ではないだろう。

 だが馬車の中にいるメルセデスだけは話が別だ。
 私自身の手で騎士団に突きつけてやらねば気が済まない。

 依然馬車の中で暴れているが、チロルが用意してくれた特別製の馬車はビクともしない。
 おかげで馬車を引く馬が倍必要になってしまったがな。
 その分の費用もチロルが負担してくれたのだから、彼女には頭が上がらない。


 騎士団には先触れが出ている。
 犯人がメルセデスである事は伝えていないが、長きに渡って人身売買を繰り返してきた組織の主犯であり、騎士団長クラスの剣の腕前で、馬車の中で錯乱状態であるのは伝えてある。

 これで油断するような人間が騎士団に居るはずがない。



 騎士団の詰め所に到着する。
 まだここを出て1月も経っていないというのに、なんだか懐かしく感じられてしまう。

 警備隊の代表として、騎士団に情報を引継ぐ。


「この中に人身売買組織のトップが隔離されております。非常に剣の腕が立ちますので、どうかご注意ください。
 警備隊の者は、ほぼこいつ1人にのされてしまいましたから」


 メルセデスが襲撃に来るのが分かっていたので、警備隊の防具はかなり良い品質の物が用意されていた。

 しかも剣の達人が相手という事で、無理せず自分の命を守るように事前に通達されていたおかげで、負傷者は多数だが死者を出すことなくメルセデスを確保できた。


「わかった。充分に警戒しよう。全員馬車を包囲。いくら相手が剣の達人でも、騎士団の詰め所で逃がすわけにはいかねぇぞ?」


 ブルーノ団長が周りに声をかける。
 どうやら第2、第3騎士団の団長もいるようだ。不在の第4騎士団長は城で警備を担当でもしているのかもしれないな。


「開けろ!」


 ブルーノ団長の合図で馬車の扉が開けられる。


「ああああああああああああああ!!」


 扉が開け放たれると同時に、半狂乱になったメルセデスが、折れた剣をむちゃくちゃに振り回しながら飛び出してくる。
 10年に1人の天才と言われた美しい太刀筋は、面影すら残っていない。

 当然そんな剣で騎士団の包囲を突破することはできず、あっさりと剣を弾かれ拘束された。


「メ、メル……? メルセデス、なのか……?」


 ブルーノ団長の言葉で、騎士団全体に困惑が広がっていく。
 だが流石に拘束が緩んだりすることは無い。

 ブルーノ団長は拘束されたメルセデスの顔を見て、呆然としたまま立ち尽くしている。


「そ、そうだよ兄さん! メルセデスだよ! 僕は、僕は罠に嵌められたんだ!
 そこに居るアシュレイ・ウィスタリアが、僕を逆恨みしてこんな事をっ!」

「ア、アシュ、レイ……? え、お前アシュレイなのか……?」


 ブルーノ団長は気が動転しているせいか、ウィスタリアではなくアシュレイと呼んでくる。
 
 こんな場所でなかったのなら、私の胸は高鳴っていたのかもしれないな。
 対メルセデス用の重い兜を脱いで、顔を晒す。


「ご無沙汰しておりますブルーノ団長。その節は大変ご迷惑をおかけしました」

「な、んだよこれ……! なにがどうなってんだよ!? 説明しろよ!? なんで、なんでお前がメルにこんな事をしたんだよっ……!?」


 この状況でもメルセデスの事を疑っていないブルーノ団長に、かつての自分の姿が重なる気がした。

 疑念は相手を疑わないと抱けない、だったか。
 この状況になってすら、団長はメルセデスを疑っていないとは……。

 なんと醜悪で、なんと滑稽な話なのだろう。


「ブルーノ団長。私は警備隊と協力し、長きに渡ってノルドに潜伏していた人身売買組織の首魁であるメルセデス・グレイを確保し、連行して来たのです。
 更には馬車の中の男を殺害したのもメルセデスです。メルセデスが振り回していた剣と、馬車の中にある刀身が一致するでしょう。それに貴方なら、死体の傷跡を見ただけでも確信が持てるかもしれませんね」

「う、嘘だよ兄さん! その女が言ってるのは全部デタラメだ! この女が僕に復讐する為に、僕を陥れようとしてるんだっ!
 兄さんなら、兄さんなら僕のことを信じてくれるよねっ!?」

「……そ、そうだよ……! メルが、メルセデスが、そんなことをするわけが……」

「残念ですけど、アシュレイの言っていることは真実ですよ、ブルーノ団長」


 突然割り込んできた声に視線を向けると、そこにはシルヴェスタ王国第1王妃で在らせられるディアナ・シルヴェスタ殿下と、何故かその隣りにチロルが立っていた。


「非常時ゆえ、皆そのままの姿勢で構いません。
 ブルーノ団長。事実から目を逸らしている場合ではありません。貴方の実弟であるメルセデス・グレイは、10年以上の長きに渡り、100人を優に超える被害者を出した人身売買組織『灰の月影』の首魁なのですよ。
 ……まったく、騎士団の動きが読まれるはずですわね」


 ディアナ殿下はため息をつきながら、ブルーノ団長に詰め寄っていく。


「こちら独自の調査で、貴方やグレイ家、第1騎士団員の誰も犯罪に関与していないことは確認が取れてはおりますが……。事が事だけに、何の処分もしないという訳には参りませんよ?
 少なくともこの男、騎士団に入団した年から犯行を繰り返していたのですから。いくら関与していなかったとはいえ、10年もの間、誰もこの男を怪しんですらいなかったんですもの。王国の守護者として恥を知りなさい」

「ディ、ディアナ殿下……! お、お待ちください! こ、これは何かの間違いなん……」

「いつまで現実から目を逸らすつもりですか! しかとその目を見開いて、そこで這い蹲っている貴方の弟の姿を見るのです!
 騎士団の装備を外し旅人のように装いながら、馬車の中の男を殺害して血に濡れている犯罪者の姿を受け入れなさいっ!」


 ディアナ殿下の声だけが響き渡る。
 その迫力にブルーノ団長は気圧されたように目を逸らし、そして弟の姿を目に映す。


「なぁメルゥ……。なんなんだ、なんでこんなことをしたんだ、お前はよぅ……。
 お前は誰にだって優しくて、女にだってモテて、それなのにローラに一筋で……。
 そんなお前が、なんで犯罪なんかに手を染めたんだよ……! なにか事情があったなら、なんで俺に相談してくれなかったんだよ……!」

「違う! 違うんだ兄さん! 僕はやってない! 何もやってないんだ! 皆がグルになって僕をハメようとしてるんだよ! 助けて、助けて兄さん! 僕にはもう、兄さんしか居ないんだっ……!」

「見苦しい。完全に拘束した上で、ジョージ、アキム両団長の監視の上で城に護送しなさい。絶対に自害はさせないように」

「「はっ!」」

「兄さん! 助けて兄さん! 兄さモガッ! んーーっ!! んーーーっ!」


 猿轡を噛まされても、メルセデスが口を閉じることはなく、城に連行されるまでの間、ずっとメルセデスの喚き声だけが周囲に響いていた。

 ブルーノ団長は放心したままで追従していき、場に残されたのは私とディアナ殿下、殿下の護衛とチロルだけだった。


「ようやく騎士団の病巣を取り除くことが出来ました。まったく……、いくら騎士として誠実であっても、相手が身内になった途端に曇ってしまうようでは意味がありませんよ。
 チロル。今回の件では協力感謝しているわ。おかげさまでメルセデスの尻尾を掴むことができました」

「いいえ。私はほんの少し背を押したに過ぎません。今回メルセデスを確保できたのは、そこにいるアシュレイさんの功績に違いありません」


 ほんの少し背を押した……?
 ああ、崖っぷちに立っている人間の背を、という意味かな?


「アシュレイ・ウィスタリア。よくやってくれました。
 あの男の謀略に屈することなく正義を貫いた貴女の姿は、真の騎士の姿であると言えるでしょう。
 貴女の剣。もう1度シルヴェスタ王国の為に捧げてもらえませんか?」


 王国の為に、もう1度私の剣を……。
 それはつまり、私を騎士団に復帰させてくれるというご提案だ。
 
 第1王妃殿下直々の、騎士の任命。
 騎士として、これほどの栄誉はないと思う。

 だが……。


「ディアナ殿下のお言葉、身に余る光栄です。
 ですが私は、やはりもう騎士ではなくなってしまったと思っています。
 いくら悪党とはいえ、いくらメルセデスの確保に必要だと思ったからとはいえ、私は意図的に1人の人間の命を道具として扱いました。私自身が騎士にあるまじき行為だと思ってしまっているのです。
 ですから、大変申し訳ないのですが、私の穢れた剣などを国に捧げるわけには参りません……!」


 私が騎士であることを、私自身が認めることが出来ない……!


「……アシュレイも騎士として犯罪者と相対するのは初めてではないでしょう? 人を斬った経験、命を奪った経験もあるでしょうに。
 ならば問いましょう。なぜ貴女は騎士にあるまじき行為と思いながらも今回の作戦に踏み切ったのか。己の剣を穢してまで貴女が貫きたかったものはなんですか? 聞かせなさいアシュレイ」


 私が貫きたかったもの。
 そんなもの、1つしかないじゃないか。


「私はただ、これ以上メルセデスに泣かされる人を出したくなかっただけです。
 私は騎士としてあの男に敗北しました。剣士としても遠く及びませんでした。騎士のままではあの男から人々を守ることが出来なかったんです……!
 私は騎士としての己を否定することになってでも、人々を守り抜きたかった。ただそれだけのことです」


 自分の考えを口にするたび、まるで自分自身の心の整理もついていくかのようだ。
 あんなに悩んで出した答えが、今でも正しいとは思えない選択だが、私が本気で選んだ答えなんだ。


「これでも本当に悩んで悩んで、悩みぬいて出した答えなんですよ。それを、解決したら騎士に戻りますでは、私の出した答えまで価値がなくなってしまうような、そんな気がするんです。
 騎士団を除名された事には未だ未練はあります。ですが除名されてから選んだ道に迷いはありません。私は騎士の誇りを捨ててでも、弱き者たちの盾となりたい。騎士とは違う形で人々を守りたいと思っておきます」


 ディアナ様は1度目を閉じ、天を仰いで深く息を吸った後に、改めて私に向き直った。


「――――決意は固い、ようですね。
 ま、今回は騎士団の汚点ばかりを晒す結果になってしまって、貴女こそ騎士に相応しいなどと言っても皮肉にしかなりませんか。
 アシュレイ・ウィスタリア。騎士という立場ではなくなっても人々を守りたいと強く願う貴女の志を、私は心から美しいと思います。どうかこれからも、力無き人々に寄り添って差し上げてくださいね」

「はっ! 全身全霊をかけて、人々を守りぬく事を誓いますっ!」


 私の宣誓を受けたディアナ殿下は、満足そうに微笑まれた後、チロルに何か囁いてからこの場を去っていった。


「お疲れ様でしたアシュレイさん。作戦自体は綺麗に決まったようですけど、騎士に戻る機会を棒に振ってしまって、本当に良かったんですか?」

「チロルには世話になったな。感謝しているよ。騎士のことは後悔してるさ。後悔しているが、騎士に戻っても結局は後悔していただろう。
 私は騎士というものを妄信していたのだな。騎士が悪事を働くはずがないと、騎士が悪に屈するはずがないと、無邪気に信じきてしまっていたのだと今なら分かるよ。そして、そのままではいけないということも今なら分かる。
 騎士団とは王の剣だ。己が考える事は求められていない。ただ指定された相手を斬る為に、常に腕を磨いておくのが騎士というものだと私は思う。
 だけど剣のままでは、誰かの言いなりのままでは裁けない悪がいることを知って、騎士のままでは守れない人がいる事を知って、それでも騎士を続けていられるほど私の心は強くないんだ」


 騎士にしか守れない人々、騎士にしか裁けない相手というのもまた存在しているのは分かっている。

 大切なのは、自分の意志で選び取ること。


「第1騎士団に幻滅したというわけではないが、流石に今回のような事があっては騎士を続けられないよ。
 色々あって疲れたし、少しゆっくりしたいと考えている。実家に帰るかどうかはまだ決めかねているな。私の汚名は雪がれたはずだが」

「それじゃアシュレイさん。とりあえず今晩は我が家に戻りませんか? 今後の話なんかも含めて、お話したいこともございますし」


 チロルは手で私の視線を誘導する。
 すると視線の先には、除名された日に私を乗せてくれた、あの小さな馬車が止まっていた。


「今回の顛末やアシュレイさんの今後について、ぜひともあちらでお話しましょう。
 馬車から始まった今回の騒動。終わりもまた馬車の中で、というのも悪くはないと思いますが?」

「はっ! 確かに最初から最後まで馬車にまつわる話だったかもな。
 まったく、お前は何処まで分かってやっているんだチロル? メルセデスなどよりも、お前の方がよほど恐ろしいと私は感じているぞ?」

「……いや、私は私でアシュレイさんを結構恐ろしいと思ってますけどね?
 貴女みたいな人ばかりであるなら、私の名前などに意味など無くなるのでしょうねぇ」


 チロルが小声で何か呟いていたが、私の耳に届くことは無かった。

 すっかり暗くなった騎士団詰め所から街に向かう為、チロルと2人で馬車に乗り込んだのだった。
しおりを挟む

処理中です...