王子妃セスから冒険者レノになった話

氷室 裕

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第10章 真実の幕開編

⑯限られた時間の中で

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「ツカサさん、泣いてない?俺の中で窮屈してないかな?みんなで優しくしてあげてね?」
「セス・・君って子は・・本当に」

 やはりツカサの恋人は、レノやシュウの知っている使者レインで間違いなさそうだった。
 しかしレノが言うには、使者レインにここ数ヶ月の間会うことが出来ないでいるという。

「レオ、みんなも・・ごめんなさい・・いつも心配ばかりかけて・・俺は、レインが何をしようとしているのか分からない。レインは、ツカサさんを庇って亡くなったんだ・・これは事実だよ。だけど、レインはそれに気が付いていなくて・・いつか、日本に戻ってツカサさんに会いたいって言ってたから、俺はそれをどうしても言えなかった・・アンダムにいるレインは、髪色や瞳の色が違うけど、確かにレインだよ・・日本で亡くなって、アンダムに異世界転生したのかな・・んー、違う・・元々アンダムの使者だったって言ってたかな・・思い出せないな・・」

 レノが、いつ消えてしまうか分からない状態で、こんな話ばかりさせるのは良くないと分かっているが、レインに繋がる手掛かりが欲しい。

「セス、レインの話はまたにしようね。おいで?お茶にしよう?今日は、マカロンがあるよ?」
「本当?嬉しい!レオ、ありがとうございます」

 レノは、ツカサがレオナルド様の言い付け通り食事を摂るようになったおかげもあって体調が良さそうで、きっと抱き上げなくても問題はなさそうだ。
 しかし、レオナルド様が我慢できないらしく、どこに行くにもレノを横抱きにして歩く。

「レオ?俺、歩けるよ?ツカサさん、俺の代わりにご飯食べてくれたから」
「セスを離したくない・・愛している」
「レオ・・みんな、聞いてますから・・」
「何故私たちは夫婦なのに、邪魔ばかりされるの?セスと城に帰りたいな」
「それは・・俺が勝手だから?すれ違い、沢山しちゃったから・・俺はS級ランクの冒険者になるのが目標だから、お城には帰らないよ?」
「危険な目に合わせたくない・・でも戦わないとランクは上がらない・・それだとセスが帰って来ないか・・はぁ」

 俺は、レオナルド様に抱き締められるレノを見ていられなくて目を逸らす。
 俺も知っている、柔らかいレノの身体・・ふたりのそんな様子を見ているのは辛い。

 レノを男性に戻す為に、呪の迷宮へ行く必要があるとレオナルド様は俺たちに告げた・・しかし、今のレノの状態では到底連れては行けない。何せ、ツカサと身体を共有しているんだから。

 いずれ、レノは男性に戻るのだろうか・・
 俺は、レノさえ良ければ、男性だろうが女性だろうが構わない。レノの心に惹かれているんだ。

 レオナルド様が「女性だとますます悪い虫が付きすぎるんだ!男性だった時も、私がどれだけ苦労して追い払ったことか・・はぁ・・まったく」と嘆きながら俺を睨んだ。どちらにせよ、レノは魅力的だと言う事だ。
 きっと・・レオナルド様はすぐにでも男性に戻したいのだろうな。

「レオ?」
「セス・・私を抱き締めて?」
「んー・・みんな見てますから」
「セスが足りない・・キスが欲しいな」
「じ、じゃあ・・目を瞑って?」

 レノ・・やめてくれ・・
 あのレオナルド様が・・レノといると別人になるわけか・・甘い口調も表情も、レノだけに見せるもの。
 まぁ、それは分かる・・
 ただ、絶対的な美貌を持つ最強無敵のレオナルド様でも、レノを前にすればただの恋する男と言うわけか。

「レオ、口を開いて?ね?」
「あ・・ん?」
「美味しいですか?マカロン」
「はぁ・・セスからのキスは、ひとまず我慢するよ」

 そう言って、レオナルド様はレノの唇を盛大に奪ってしまった・・俺は嫉妬でどうにかなりそうだった。

 レノの心が戻るのは、大抵眠りから目覚めた時だった。朝でも昼でもだ。それが分かると、その時間めがけて皆がレノの様子を見に来た・・もちろん俺だってそうだ。
 だけどここ数日は、レノとして目覚めても、レノでいる時間が短くなっている。

 もしかして、このままレノが消えてしまうなんて事にならないだろうな?

 レオナルド様もここにいる者だって、皆先行きを懸念している・・もし、このままレノの心が消えてしまったら・・

「レオ、俺を下ろして?」
「あ、セス!」

 レノは、ソファーに座るレオナルド様に抱かれながら菓子を食べていたが、隙を見て膝から降りると、俺の方に向かって歩いて来た。
 レオナルド様は不服そうに見て、諦めたような顔をした。

「ひゅう、一緒にご飯作ろう?」
「レノ・・ああ、作ろう」

 レノ・・愛してる。
 ずっと俺の側においておきたいが、レオナルド様の手前、それは出来なかった。
 でもこうして俺の元に来てくれるのだから、俺の心は喜びに満ちてしまう。
 俺は、この笑顔が好きだ。本当に心が癒されるんだ。

「ひゅう・・俺、これからどうなっちゃうんだろうね。このままツカサさんに体をあげてしまったら、俺の心はどこに行くんだろう・・俺の体が俺じゃなくて、ツカサさんになっている時ね、俺は暗闇の中に浮いていて、青くて大きな惑星を見ていて・・あれはもしかしたら地球なのかな、って思っているんだけど・・ツカサさんの不安とか苦しみとかを何となく感じているんだ。ひゅうならきっと、ツカサさんを安心させてあげられるんじゃないかな・・俺も、そう感じていたいなって思って」

 レノが小さな声で囁きながら俺に話した。
 レノだって不安じゃないはずがない。
 心が体から離れた時に、地球という異世界を見ているのか・・まさかこのままレノが異世界に転移するとかないよな・・そんな事、絶対に受け入れられない・・何とかして、早くレノを元に戻さなければ。

「レノ、愛してるよ。お前の心を必ず守ってみせるから・・あ、いや・・レオナルド様がいるからきっと大丈夫だな・・はぁ、お前が愛おしいよ・・お前のために、俺が出来る事をするから」
「ん、ひゅう・・ありがとう・・スープ出来た?こっちもサンドウィッチ出来たよ?」
「ああ」

 触れ合いたい・・きっとレノもそう思ってくれているはず・・
 ただ見つめ合って、お互いに確認しあう。

 指が触れる・・誰にも見つからないように、そっと指先を絡め合う・・

 見つめる・・目が離せない・・

「アイシテル・・」

 どちらが囁いたのか、分からない小さな声。
 見つめ合う。
 今この時間ときが、止まってしまえばいいのに。











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