お九さん

海藤日本

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お九さん

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 一日目。

「ん? これは夢だな。私には分かる。これは明晰夢だ」
 男は夢の中である場所に立っていた。
 そこは平たく言うと江戸時代のような風景であった。すると、多くの侍達が下を向きながら男の横を通りすぎて行く。
 侍達は、下を向いているせいなのか顔が陰になってはっきりと見えない。
 男はある疑問を抱いていた。
「明晰夢を見れば、自分の思い通りにいく筈だが……」
 男はよく明晰夢を見る。
 その時は空を飛んだり、風景を自在に変えたりできるのだが、今回は何故かそれができない。
 それどころか声も出ないのだ。
 前を向くと、遠くから誰かが男に向かって手を振っているのが分かった。
 遠すぎて男なのか、女なのか、子供なのか、全く分からない。  
 男は、それをぼんやり眺めていると夢から覚めた。そして、夢での記憶は全て失っているのであった。
 
 二日目。

「ん? これは夢だ。またこの風景だ。これで二回目だぞ?」
 何故か夢の中では、昨日の記憶も甦る。
 昨日と同様、前からは多くの侍達が下を向いて男の横を通りすぎて行く。
 前を向くと、また誰かが遠くで男に手を振っているのが分かった。
 遠くからではあるが、昨日より近づいて来ているのも分かった。
「子供ではない……。大人か」
 しかし、まだ男なのか、女なのかは分からない。すると男はある事に気がつく。
 身体を動かそうとするが、全く動かない。
 それに驚いていると男は夢から覚めた。
 そして、夢での記憶は全て失っているのであった。
 
 三日目。

「ん? これは夢だ。また同じ風景だ。これで三回目……」
 そう思っていると、また男の前からは多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
 侍達が何かボソボソと話している声が聞こえたが、何を話しているのかは分からない。
 そして前を見ると、昨日男に手を振っていた者は、今度は手を振らずにただ立っていた。
 昨日よりさらに男に近づいているのが分かったが、顔までは見えない。
 だが、ぼやけてはいたがシルエットで女だと分かった。
 男は、それを見て何故か鳥肌がたった。
 すると男は夢から覚めた。
 そして、夢での記憶は全て失っているのであった。
 
 四日目。

「これで四回目だ。一体どうなっているんだ?」 
 男は、またしても同じ夢を見ていた。
 そして、いつもと同じように多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
 侍達は、またボソボソと何かを言っている。  
 何を言っているのかは分からない。
 そして前を見ると、また遠くに女が立っていた。明らかに昨日より近づいて来ている。
 何故なら、その女は白い着物を着ているのが分かったからだ。
 男は「来ないでくれ」と言うが声が出ない。      
 すると男は夢から覚めた。
 そして、夢での記憶は全て失っているのであった。
 
 五日目。

「これで五回目だぞ……。もう、いい加減にしてくれ。私が一体、何をしたと言うのだ」
 そう思っていると、また多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
 すると、今日は侍達の声が微かに聞こえた。
「もう、この町は駄目だ……」
「一体誰が……」
 しかし、それ以上は聞こえなかった。
 前を向くと、白い着物を着た女が昨日より更に近づいて来ていた。
 顔までは見えないが、女からは何か恐ろしい憎悪のようなオーラを感じる。
 声が出ない男は心の中で「私に何の用だ? 
私がお前に何かしたのか?」と問うた瞬間、男は夢から覚めた。
 そして、夢での記憶は全て失っているのであった。
 
 六日目。

「まただ……これで六回目。もう、やめてくれ」     男はそう思っていると、多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
 すると、また侍達の声が聞こえてきた。
「奴が行ってくれたぞ」
「本当か?」
「うまくいけばいいが……」
 男は、侍達が何を話しているのか聞きたいのだが、この夢の世界に来ると声も出ず、身体も動かないのである。
 そして前を向くと、昨日立っていた白い着物を着た女は今日は居なかった。
 男は、少しホッとしていると男は夢から覚めた。そして、夢での記憶は全て失っているのであった。

 七日目。

「もう七回目だ……。一体、この夢は私に何を伝えたいのか」
 男は疑問に思っていると、また多くの侍達が下を向き、今日はは少し早歩きで男の横を通りすぎて行く。
 侍達は何故か急いでいた。
「やはり駄目であったか」
「早くここから離れなければ……」
「お九【おく】が来るぞ」
 男は前を向くと、遠くから誰かがこちらへ歩いて来ているのが分かった。
 男は、一瞬であの白い着物を着た女だと分かった。男は「侍達が言っているのは、あの女の事なのか?」と思っていると男は夢から覚めた。
 そして、夢での記憶は全て失っているのであった。
 八日目。
「これで、この夢も八回目……。今日は侍達が居ないではないか」
 そう思っていると、物凄い寒気が男を襲った。
 前を向くと、白い着物を着た女が男のすぐ側まで歩いて来ていた。
 その女はなんと眼球がなく、目がドス黒く染まっていた。
「返せ……返せ……」
 女は、そう言いながら男に歩み寄って来る。
 男は「頼む! 動いてくれ!」と強く願うと、これまで固まっていた身体がとうとう動いた。
 男はすぐに横に落ちてある、侍が落としたであろう刀を拾い、女に向かって投げた。
 その刀は女の首を貫通し、女は倒れた。
 男はホッとしていると夢から覚めた。
 そして、夢での記憶は全て失っているのであった。
 
 九日目。
 
 男は、この夢を見るのはこれで九回目であった。侍達はもう完全に居なくなっていた。
 男は、ようやく身体の自由がきくようになり、あの白い着物を着た女も居なくなっていた。
「昨日、私を襲ったあの眼球のない女……。確か、お九と侍達が言っていたな。あの、お九という女は一体何なんだったんだ? 恐らく妖怪か何かか? それより私はいつになったら、この夢から解放されるのだ?」
 そう思っていると、突然背筋がゾッとし後ろから物凄い憎悪を感じた。
 恐る恐る後ろを向くと、なんとお九が男の真後ろに立っていた。
 それと同時に男は夢から覚めた。
 しかし、男は夢から覚めても記憶が残っていた。
「そうだ……私は何日も同じ夢を見ていた。あの夢を見たのは、これで九回目だった……。お九というあの化け物は一体何だったんだ?」
 そう思っていると、突然男はガッと手首を何者かに捕まれた。
 ふと横を見ると、なんとそこにはお九が居た。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
 
 男はあまりの恐怖で大きな声で叫んだ。
 そして、それと同時にある記憶が甦る。
 男は一ヶ月前、この部屋に引っ越して来た。
 荷物を整理するために、タンスを開けると男はある物を見つけた。
 それはお札のような物であった。
 男は気味が悪くなり、不動産屋と管理会社に連絡を入れてこの事を伝えるが、この部屋で人が亡くなったとか、幽霊が出るとかそんな話は聞いた事がないと言っていた。
 
 最近は検索すると事故物件がでてくるあるサイトもあるが、それにも載ってはいなかった。
 男は「前住んでた人の嫌がらせか、ただのシールとかだろう」と思い、そのお札を捨ててしまったのである。
 それが、お九の封印を解いたとも知らずに。
 それだけではなかった。
 男はお九の姿を見て自分の前世を思い出したのだ。
「そうだ……私は。この女の……夫であった。お九はとても綺麗であった。しかし、前世の私がお九を殺した。確か……まだ江戸と呼ばれる時代であった。浮気がお九にばれ、暴れ出したお九の美しい眼球を私が奪い、そして殺したのだ。それから私は村を逃げるように離れた。当時の噂では、お九が幽霊になって侍達の眼球を奪っていたと聞いた。でもその後、お九は誰かに封印されたと聞いたのであった。それで当時、私は何とか逃げ切れた。なぜ……今になって。だから最初、私に手を振っていたのか。横を通りすぎて行く侍達は、まさかお九に目を取られた者達なのか?」
 
 お九は、ドス黒い目から血を流しながら、指をゆっくりと男の目に近づける。
「やっと……見つけた。返せ……返せ……」
 
 男は、恐怖で失禁し布団は水浸しになる。
「やめろ……。来るな……。悪かった……。許してくれ」
 
 そして「グシャリ」と生々しい音と共に、男の悲鳴が響くのであった。

 あれから時は進み、ある居酒屋で若い男が二人、酒を飲みながらある話をしていた。
「なぁ、最近流行りの怪談話知っているか?」
「なんだ? 知らないなぁ」
「お九(く)さんって、眼球のない幽霊の話さ」
「どんな幽霊なんだ?」
「確か、江戸時代にいた若い女性で、夫が浮気をしていたのが分かったらしい。それで、お九さんは怒って暴れ出したが、逆に夫に眼球を奪われて、その後殺されたのだとか。それでお九さんは、強い怨念を持った幽霊になった。そして、生まれ変わった夫を見つけて、眼球を奪い殺したそうだ」
「まぢかよ。凄い執念だなぁ。でも、それは夫が悪いだろ。自業自得だな」
「まぁ、夫は自業自得としてだ。お九さんは当時、とても美人だったそうだ。目も、とても綺麗だったと言われている。しかし、さっきも言ったが、その綺麗な目は夫に奪われた……。これが、どういう意味か分かるか?」
「もしかして……お九さんは、夫は復讐として殺しただけであって、今も自分の美しい目を探しているって事か?」
「あぁ、そうだ。綺麗な目をした人間を見つけては、奇妙な夢を見せた後、眼球を奪われ殺される。しかし、お九さんの綺麗な目には、誰も勝てず、彼女自身もそれに納得していないのだとか……」
「なら、お九さんは自分に合った目を見つけるまで、奪い続けるって事なのか?」
「あぁ、そういう事になる」
「なら、お前気をつけた方がよくないか?」
「何故だ?」
「だってお前……凄く綺麗な目しているからさ」

 その九日後、お九さんの話を話題にした綺麗な目をした男は消息不明になった。
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