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[20] 急転

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 りっちゃん提案の中央突破作戦。まっすぐ中心を叩く動きを見せれば相手はそこに防御を集中させる。必然的にそれ以外の守りは薄くならざるをえない。もちろん真ん中をぶち抜ければそれはそれでよかった。最初から二段構えの作戦。
 何も私たちはぼーっと土煙の晴れるのを眺めていたわけではない。
「これで終わりだ!」
 ヘンリエッタの声が空洞に反響する。
 巨大土人形を大きく回り込んで、彼女はすでにクリスタルに接近していた。
 拳が金色の光を発する。離れていても濃密な魔力の高まりを感じさせる。腰を入れるとまっすぐに迷いなく正拳を放った。
 それを守るものは何もない。最終防衛手段は最も近づいている危険な敵を捕らえられずに、むなしく宙を睨むばかりだ。
 黄金の光が弾ける。青いクリスタルは粉々に砕け散った。

 コアクリスタルの破壊からほどなくして土巨人は形を失いただの土の塊へと変わる。今はまだその面影を残しているが時間の経過とともにちょっとした小山になり果てることだろう。後にここを訪れた人は少し驚くかもしれないが巨人の存在を見いだすことはない。
 私と翠蘭は2人がかりでクリスタルの機能停止をきっちり確認しておく。油断している時に動き出したら大変なことになるから。
「これなら問題ないですね」
「はい、埋め込まれた術式は完全に破壊されています」
「残存魔力も他に影響を及ぼすほどではないでしょう」

 クリスタルを壊さずにそのまま持ち帰ればそこそこの金にはなった。けれども極力傷つけずに無力化してさらに輸送する手間を考えたらわざわざそれをする理由はなかった。
 さて――余計な横やりが入ったが本来の目的に戻るとしよう。
 警備システムが生きてるぐらい手つかずなんだから鉱石はとりたい放題。ぱっと目視した限りでも種々雑多な鉱石が眠っているようだ。といっても持ち帰ることのできる重量には制限があるが。
 蒼晶石ならりっちゃんにまかせれば楽に見つけられる。ちゃっちゃと採取して帰ろう。
 想定よりずっと早く仕事は片がついたが、一方で想定よりずっと面倒な出来事が起きた。結果として疲労の総量は変わっていないかもしれない。これも仕事の原理というのだろうか、多分違う。

「――待った!」
 りっちゃんに話しかけようとしたところで、厳しく凛と響く声に遮られる。
 私含め全員の視線がヘンリエッタに向けられる。いったいなんだろうか?
 クリスタルの破壊は確認した。問題はない。ああでも崩落の危険性が新たに生まれたのかもしれない。あれだけ土人形を動かしたのだから、地盤になんらかの影響があってもおかしくない。確かにもう一度解析をやっておいた方が安全か。そんなことをぼんやり私は推測する。
 静寂を待ってヘンリエッタは再び口を開いた。
「あなたがたに概念決闘を申し込む!」
 は? 何言ってんだ? この娘? 聞き間違いか?
 私の困惑をよそに彼女は言葉をつづける。
「1対1、1本勝負。リッカとスー、どちらが戦ってもいい。勝者はこの場所の採掘権を得る。敗者はこの場所での採掘を許されない」

 何を言っているのかはわかった。だがなんでこの状況でこれを言っているのかわからなかった。一言でいってしまうと誰も得をしない提案だった。
 翠蘭の様子をうかがう。ため息をついて呆れた顔をしている。
 これ多分事前に決めてたとかそういうのじゃないやつだ。突発的にヘンリエッタが言い出したことで翠蘭も今知ったっぽいけど、こうなっては自分には止められないとあきらめている感じ。
 無駄だろうと思いつつも私はおずおずと手をあげ発言した。
「えーとここ鉱石が豊富にあって私たち4人がかりでも到底とりきれないぐらいで、仲良く目的のものを採掘すればよくて、わざわざ決闘する理由がないと思うんだけど……」
「すまない。君たちと戦いたくなってしまった。理由なんてなんだっていい。この衝動はどうしようもなく止められないんだ」
 あ、やっぱこれ話通じない。りっちゃんと同じタイプだ。この人。

「その決闘、私が受ける!」
 高らかに宣言するとりっちゃんは正面からヘンリエッタと対峙する。2人は視線をからませると同時に不敵な笑みを浮かべた。
 私にはもう止めようがない。翠蘭といっしょ、あきらめる。どうとでもなれ。といって私は状況を悲観しているわけではない。ある程度の見通しはたっている。
 りっちゃんとヘンリエッタ、私と翠蘭。向こう2人とこっち2人、温度差がひどい。まあ向こう2人はそんなこと欠片も気にしていないが。土人形倒したばっかのテンションをひきずってるというのもあるかもしれない。
「私は強くならなければならない。その道に立ちふさがる壁があるというのなら――正面から粉砕する!」
「お前はおもしろいやつだ。ひと目見た時からそう思っていた。実際おもしろいやつだった。だから――全力でもって叩き潰す!」
『いざ尋常に勝負!!』
 声をあわせてそう叫びながら、2人の少女はがっと右手を握り合った。
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