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顔を上げて見えたもの
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「じゃあ、新入生への質問コーナーに移りましょうか」
金森さんの発言に、俺は嫌な流れを感じた。ステラのことでボロが出るリスクもあるが、それ以前にあまり好きではないノリだ。
「では第1問! 火星人型、いわゆるタコ型と、グレイ型だったら、どっち派?」
「1問目にしてはマニアック過ぎないかね?」
木原教授のツッコミに耳も貸さず、金森さんは目を輝かせている。
「タコ型は流石に嘘くさいんで、どっちかっていうとグレイ型ですかね」
面倒に思いながらも一応答えた。実際の宇宙人は普通の人間と変わらない姿で隣に座っているのだから、創作の中での宇宙人像は今となっては馬鹿馬鹿しい。
「俺は、タコ派ですかね。昔ながらの定番って感じで」
「よくわからないが、ワタシもタコは好きだ」
ステラはきっと食べ物の話と勘違いしているのだろう。
「なるほど、別れたか。いいね。多様性のあるメンバーがそろった方が研究には好ましい。火星人型もグレイ型もそそるわよね」
「君の特殊性癖は抑えておきたまえ。もう少し無難な質問はできないのか?」
「えー、今の結構定番の2択だったと思うんですけど」
「誰も君の偏愛にはついていけないんだ。まずは高校の部活動の話とかで話題を広げるべきじゃないか」
金森さんは木原教授をテキトーな人と言っていたが、金森さんと比べるとだいぶ普通な人に見える。
けれど、普通な人だからこそ、誰にでも高校や地元の思い出話のネタがあるという固定観念を持って生きているのだろう。
「俺ら、中学・高校と同じなんです。俺はテニスで、蓮は帰宅部です」
「へー、ずっと仲続いているんだ、すごいね」
金森さんが感心したが、俺自身も性格の全然違う陽太との仲が続いていることは不思議だった。陽太はもっと明るい集団とも関わっているのに、なぜ俺のような人間との交友関係を捨てないのか、疑問に思ったことは何度もある。
「テニスやってたなら、うちのテニサーには入らなっかったの?」
金森さんの関心が陽太の方に向いて、俺としては助かった。俺やステラについて訊かれるのは面倒だから、そっちで盛り上がっていてくれ。
「あー、1年の時にちょっと入ったんですけど、あんまテニスの活動ちゃんとしてなくて、辞めたんですよね。俺、こう見えて結構真面目なんで」
「なるほど。確かにテニス全然やらないよね。私も陽太っちと同じで1年の夏まで参加してたから知ってるよ」
「え! そうだったんすか? ここと兼サーですか?」
「いや、向こうやめてこっちに移ったの」
「え、宇宙人一筋じゃないんすか!」
「まあ、私もこう見えて、このE.T.研入ってから目覚めた人間でして」
金森さんが目を泳がせて頭を掻く姿を見せた。ここまで宇宙人大好きキャラなくせに新参だとバレて恥ずかしいのだろうか。
「私のことはいいからさ、君らのこともっと聞かせてよ。えっと、地元同じってことだけど、どこ?」
「埼玉っす」
「それじゃあ、実家暮らし?」
実家。嫌な記憶と暗い感情が込み上げてくる。あそこは俺にとって良い場所ではなかった。だから進学を機に家を出たのだ。
でも、そんなことは会って間もない人たちに話しても引かれるだけだ。
俺の心中を察してか否か、陽太が先に答えた。
「俺は実家住みで埼玉から1時間半かけて通ってます」
「へぇー、偉いね。私なんて大学から10分くらいのところ住んでるのに遅刻ばっかだよ」
「家にいた方がだらけないんで済むんですよ。まあ、1限はサボってますけど」
陽太の発言に笑いが起きる。
木原教授が「それでこそ大学生だ」と言って、また一笑い。
陽太が何か言いかけたが、それより大きな声で金森さんが「ホシミンは?」と尋ねてきた。
「……俺は一人暮らしです」
「通学時間短いに越したことないからね。あれ、でも今日ステラちゃんと一緒に来たのは?」
「そこは訳あって、俺のとこでしばらく預かってるんです。だから、正確には二人暮らしですね。その訳っていうのは、ごめんなさい、こればかりは触れないでいただけると……」
「大丈夫、大丈夫。ホシミンが話したくないことは訊かないよ」
軽い口調で詮索しないと言われても、正直あまり信用できなかった。
そして、金森さんはすぐに地雷を踏んだ。
「でも、大変だね。二人分のごはん用意しなきゃいけないわけだから」
「どうってことないですよ。家事なら実家にいたときから俺がやってましたから」
実家では親が料理を作ってくれて当たり前。そういう価値観でなければ出ない言葉だ。大学2年生だから居酒屋に慣れているのが当たり前。高校では部活に入っているのが当たり前。友人が何人もいるのが当たり前。親からの愛を受けているのが当たり前。誰もがそんな常識を持って生きている。その常識から外れた人間の気持ちも、当たり前の幸福の有難さも知らないで、のうのうと生きている。
怒りが湧いた。凝り固まった価値観を持ってずけずけと接してくる他人に。そういった人たちの輪に入ってもその場をやり切れると考えていた自分の甘さに。どうやっても普通の人たちと同じようには振舞えないのだ。
怒りと羞恥が口を勝手に動かした。もう、どうなってもいいような気がした。
「家に帰ると、母が酔いつぶれているんです。家庭の味なんてもうとっくに忘れましたよ。親の手料理なんて10年食べてないですから。全部俺がやるんですよ。薬がなければ、仕事に行くこともできない母です。夕飯づくりも掃除も洗濯も全部俺が自分でやってました。部活なんてやる暇あるわけないじゃないですか。なんでも当たり前みたいに思わないでください!」
俺が言い終わると、静まり返った。別部屋の騒ぎ声がやけに大きく聞こえる。顔を上げて確かめるまでもなく、周りがどんな表情を浮かべているか想像はついた。
「息苦しかったんだね」
金森さんがテーブルの向かいから俺の手を取った。顔を上げると、金森さんの眼差しがまっすぐと自分に向いていた。初めて見る目だった。誰もが俺を邪険に扱った。優しい言葉を投げる者も、哀れみの中に侮蔑が混じっていた。でもこれは違う。知らない目だ。
視線を木原教授へ向けると、木原教授も金森さんと同じ目をしていた。
頭を撫でられ、横を向くとステラが柔らかい笑顔を見せていた。
陽太も「大丈夫だよ」と微笑みかけた。
「すみません。俺、すぐ空気悪くしちゃって。たまに自分が止められなくなるんです」
「大丈夫だよ。むしろ申し訳ない。あまり得意な空気じゃなかっただろう」
「いえ、すみません。今のは俺のやつあたりでした。先輩が悪くないのはわかってます」
「いや、私が悪かったよ。ちゃんと、ホシミン……星見君のこと見れてなかった」
荒くなった呼吸を整えると、自然と語り出していた。何が自分の口を動かしているのかは自分でもわからないが、さっきの感情と別のものであるのは確かだった。
「俺、母の目が怖いんです。でも、昔はそうじゃなかった。母さんが変わったのは、父が浮気して家を出てからでした」
無気力な表情を浮かべ、部屋の真ん中で寝転ぶ母さんを思い出す。夕飯が出来たと声をかけても返事はなく、母さんの分のご飯にラップをかけて先に食べる、そんな毎日。
「母さんにとって、俺は自分の子ではなくて、自分を裏切った男の子どもなんです。中学に上がって声変わりしたころから、もっと冷たくなった。『あの人に似てきた』って。母が嫌うようなものは避けて、自分が母の病気が治るまで面倒を見れば、普通の家庭に戻れるんじゃないかと思ってました。でも駄目だったんです。俺がどれだけ頑張っても、俺の存在自体が母を傷つけるだけだってわかって……だから、離れたんです。俺が家を出たのは、そういう理由です」
話し終わると目が涙で滲んだ。体中の水分を目に持っていかれたように喉が渇いた。なぜだか体は震えていた。
「頑張ったね」
金森さんが一言告げた。何が「頑張ったね」なのか金森さんは言わなかったが、不思議と救われた気がした。
「話してくれてありがとう。君が良ければ、E.T.研――といっても私と金森だけだが、我々は君が安らげる居場所になろう」
「どうして……どうして、そこまで優しくしてくれるんですか?」
嬉しいのは事実だが、あまりに自分にとって都合が良過ぎる気がした。失礼かもしれないが、ここまで優しくしてもらえると、不審ですらある。
「まあ単に構わずにいられない性格なんだよ。私も金森も」
自分が恥ずかしくなった。こんなに良い人たちなのに、俺はついさっきまで、この人たちに勝手なレッテルをつけて距離を取っていた。なんて愚かなんだろうか。固定観念に囚われていたのは俺の方だ。
金森さんの発言に、俺は嫌な流れを感じた。ステラのことでボロが出るリスクもあるが、それ以前にあまり好きではないノリだ。
「では第1問! 火星人型、いわゆるタコ型と、グレイ型だったら、どっち派?」
「1問目にしてはマニアック過ぎないかね?」
木原教授のツッコミに耳も貸さず、金森さんは目を輝かせている。
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「俺は、タコ派ですかね。昔ながらの定番って感じで」
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「えー、今の結構定番の2択だったと思うんですけど」
「誰も君の偏愛にはついていけないんだ。まずは高校の部活動の話とかで話題を広げるべきじゃないか」
金森さんは木原教授をテキトーな人と言っていたが、金森さんと比べるとだいぶ普通な人に見える。
けれど、普通な人だからこそ、誰にでも高校や地元の思い出話のネタがあるという固定観念を持って生きているのだろう。
「俺ら、中学・高校と同じなんです。俺はテニスで、蓮は帰宅部です」
「へー、ずっと仲続いているんだ、すごいね」
金森さんが感心したが、俺自身も性格の全然違う陽太との仲が続いていることは不思議だった。陽太はもっと明るい集団とも関わっているのに、なぜ俺のような人間との交友関係を捨てないのか、疑問に思ったことは何度もある。
「テニスやってたなら、うちのテニサーには入らなっかったの?」
金森さんの関心が陽太の方に向いて、俺としては助かった。俺やステラについて訊かれるのは面倒だから、そっちで盛り上がっていてくれ。
「あー、1年の時にちょっと入ったんですけど、あんまテニスの活動ちゃんとしてなくて、辞めたんですよね。俺、こう見えて結構真面目なんで」
「なるほど。確かにテニス全然やらないよね。私も陽太っちと同じで1年の夏まで参加してたから知ってるよ」
「え! そうだったんすか? ここと兼サーですか?」
「いや、向こうやめてこっちに移ったの」
「え、宇宙人一筋じゃないんすか!」
「まあ、私もこう見えて、このE.T.研入ってから目覚めた人間でして」
金森さんが目を泳がせて頭を掻く姿を見せた。ここまで宇宙人大好きキャラなくせに新参だとバレて恥ずかしいのだろうか。
「私のことはいいからさ、君らのこともっと聞かせてよ。えっと、地元同じってことだけど、どこ?」
「埼玉っす」
「それじゃあ、実家暮らし?」
実家。嫌な記憶と暗い感情が込み上げてくる。あそこは俺にとって良い場所ではなかった。だから進学を機に家を出たのだ。
でも、そんなことは会って間もない人たちに話しても引かれるだけだ。
俺の心中を察してか否か、陽太が先に答えた。
「俺は実家住みで埼玉から1時間半かけて通ってます」
「へぇー、偉いね。私なんて大学から10分くらいのところ住んでるのに遅刻ばっかだよ」
「家にいた方がだらけないんで済むんですよ。まあ、1限はサボってますけど」
陽太の発言に笑いが起きる。
木原教授が「それでこそ大学生だ」と言って、また一笑い。
陽太が何か言いかけたが、それより大きな声で金森さんが「ホシミンは?」と尋ねてきた。
「……俺は一人暮らしです」
「通学時間短いに越したことないからね。あれ、でも今日ステラちゃんと一緒に来たのは?」
「そこは訳あって、俺のとこでしばらく預かってるんです。だから、正確には二人暮らしですね。その訳っていうのは、ごめんなさい、こればかりは触れないでいただけると……」
「大丈夫、大丈夫。ホシミンが話したくないことは訊かないよ」
軽い口調で詮索しないと言われても、正直あまり信用できなかった。
そして、金森さんはすぐに地雷を踏んだ。
「でも、大変だね。二人分のごはん用意しなきゃいけないわけだから」
「どうってことないですよ。家事なら実家にいたときから俺がやってましたから」
実家では親が料理を作ってくれて当たり前。そういう価値観でなければ出ない言葉だ。大学2年生だから居酒屋に慣れているのが当たり前。高校では部活に入っているのが当たり前。友人が何人もいるのが当たり前。親からの愛を受けているのが当たり前。誰もがそんな常識を持って生きている。その常識から外れた人間の気持ちも、当たり前の幸福の有難さも知らないで、のうのうと生きている。
怒りが湧いた。凝り固まった価値観を持ってずけずけと接してくる他人に。そういった人たちの輪に入ってもその場をやり切れると考えていた自分の甘さに。どうやっても普通の人たちと同じようには振舞えないのだ。
怒りと羞恥が口を勝手に動かした。もう、どうなってもいいような気がした。
「家に帰ると、母が酔いつぶれているんです。家庭の味なんてもうとっくに忘れましたよ。親の手料理なんて10年食べてないですから。全部俺がやるんですよ。薬がなければ、仕事に行くこともできない母です。夕飯づくりも掃除も洗濯も全部俺が自分でやってました。部活なんてやる暇あるわけないじゃないですか。なんでも当たり前みたいに思わないでください!」
俺が言い終わると、静まり返った。別部屋の騒ぎ声がやけに大きく聞こえる。顔を上げて確かめるまでもなく、周りがどんな表情を浮かべているか想像はついた。
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頭を撫でられ、横を向くとステラが柔らかい笑顔を見せていた。
陽太も「大丈夫だよ」と微笑みかけた。
「すみません。俺、すぐ空気悪くしちゃって。たまに自分が止められなくなるんです」
「大丈夫だよ。むしろ申し訳ない。あまり得意な空気じゃなかっただろう」
「いえ、すみません。今のは俺のやつあたりでした。先輩が悪くないのはわかってます」
「いや、私が悪かったよ。ちゃんと、ホシミン……星見君のこと見れてなかった」
荒くなった呼吸を整えると、自然と語り出していた。何が自分の口を動かしているのかは自分でもわからないが、さっきの感情と別のものであるのは確かだった。
「俺、母の目が怖いんです。でも、昔はそうじゃなかった。母さんが変わったのは、父が浮気して家を出てからでした」
無気力な表情を浮かべ、部屋の真ん中で寝転ぶ母さんを思い出す。夕飯が出来たと声をかけても返事はなく、母さんの分のご飯にラップをかけて先に食べる、そんな毎日。
「母さんにとって、俺は自分の子ではなくて、自分を裏切った男の子どもなんです。中学に上がって声変わりしたころから、もっと冷たくなった。『あの人に似てきた』って。母が嫌うようなものは避けて、自分が母の病気が治るまで面倒を見れば、普通の家庭に戻れるんじゃないかと思ってました。でも駄目だったんです。俺がどれだけ頑張っても、俺の存在自体が母を傷つけるだけだってわかって……だから、離れたんです。俺が家を出たのは、そういう理由です」
話し終わると目が涙で滲んだ。体中の水分を目に持っていかれたように喉が渇いた。なぜだか体は震えていた。
「頑張ったね」
金森さんが一言告げた。何が「頑張ったね」なのか金森さんは言わなかったが、不思議と救われた気がした。
「話してくれてありがとう。君が良ければ、E.T.研――といっても私と金森だけだが、我々は君が安らげる居場所になろう」
「どうして……どうして、そこまで優しくしてくれるんですか?」
嬉しいのは事実だが、あまりに自分にとって都合が良過ぎる気がした。失礼かもしれないが、ここまで優しくしてもらえると、不審ですらある。
「まあ単に構わずにいられない性格なんだよ。私も金森も」
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