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光に触れ
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店長からシフト変更を頼まれたのは、つい一昨日のことだ。元々俺が入っていた夜のシフトを、最近入った新人と交代するよう頼まれた。新人に夜の作業を教えたいとのことだった。欠員が出たわけでもないのに、直前にシフト変更をするなんて珍しいと思ったが、店長の指示には素直に従った。
そんなわけで、今日はいつもより早く上がることができた。日の出ている内に帰るのは久々だが、今日は帰ったところで誰も家にはいない。ステラと陽太はいつもの用事だという。
ステラも陽太もいまだに用事の内容を教えてはくれない。二人の秘密を暴きたいと叫ぶ心がある一方で、俺にはそんな権利がないと理性が冷たく諭す。金森さんが言った通り、秘密が今の平穏を保っているのかもしれない。醜い嫉妬を日に日に太らせている今の俺は、きっと真実の痛みには耐えられないだろう。きっと二人もそれをわかっているから、秘密にしたのだろう。だから俺はその優しさに応えるために、自分の心を整理しなければならない。心の奥で肥え太った醜悪な塊が消え去って初めて、俺はあいつらと対等な友人として顔を合わせることができるのだ。
そうだ、今日は都合よく一人なのだから、掃除でもしよう。手を動かせばややこしい事柄に目を向けなくて済む。日常の雑務と学業に集中しよう。ステラのことはきっと陽太がどうにかしてくれる。俺よりもあいつの方が機転が利くし、なによりステラもその方がきっと嬉しいだろう。俺は元の日常の中で、抱え込んだ重たい感情を、徐々に溶かして消していくのだ。
考え込みながら歩いていると、アパートに着いていた。誰もいない自宅。その玄関扉に手を伸ばし、無警戒に開けた瞬間――パーン! 強烈な破裂音が鼓膜を突いた。
「「「ハッピーバースデー!」」」
そこには、ステラと陽太、さらには金森さんまでいた。
「え……? 今日は用事あるんじゃ――」
「どんくさいな、これがその用事だよ」
今日が自分の誕生日なのは、流石に覚えていた。けれど、こんなふうに祝われたことがなくて、サプライズを仕掛けられたことを理解するのに、時間がかかった。髪にかかったカラフルな紙紐を払いのける俺は、きっと相当に間抜けな顔をしていたことだろう。
「俺から店長さんに無理言って、今日早上がりにさせてやったんだ。感謝しろよ」
「そこまでしたのか!?」
「レンの誕生日だから、長く祝いたいんだ!」
サプライズのためにそこまでする陽太の行動力には驚いたが、それにしても、陽太の頼みを聞いた店長も人が良過ぎる。
「ほら、早く上がりなよ。ステラちゃんの頑張り、早く見てあげて」
金森さんはそう言いながら、褒めるようにステラの頭を撫でた。
「そうだ。ワタシ、頑張って作ったんだぞ!」
「作った?」
ステラに引っ張られて、金森さんと陽太の脇を抜けると、目に飛び込んできたのは――ちゃぶ台の上いっぱいに並べられた彩り豊かな料理の数々だった。
「これを、ステラが?」
「俺らも少しは手伝いはしたけど、ほとんどステラちゃんが自力で作ったんだぜ」
これだけたくさんの料理をステラが作ったとは信じられない。量だけじゃなくて手間も相当なものだ。ポテトサラダに入っているニンジンなんて、わざわざ星形に飾り切りしてある。台所にほとんど立ったことがないような人間では、とてもできないような芸当だ。
「ステラ、一体いつの間に?」
「このために秘密の特訓したんだ、ヨータの家で」
「ステラちゃん、俺のお袋に料理を習ってたんだよ」
「もしかして秘密の用事って、それか!?」
俺の誕生日を祝うためにここまでしてくれたのを嬉しく思うのと同時に、自分の思い違いを恥じた。俺はステラが自分より陽太に懐いているのだと思い、嫉妬を募らせていた。それが蓋を開けてみれば、全て自分のためだったとは。自分に自信がないからといって、自分のことを大切に思ってくれるステラの心までを疑ってしまった。ステラは俺を天王寺から守ろうとしてくれた。俺に過去の秘密を打ち明けてくれた。そして毎日笑いかけてくれた。それなのに、信頼してやれなかった俺は馬鹿だ。
「ステラ、ありがとう……こんなに嬉しい誕生日は初めてだ」
「礼を言われるのはまだ早いぞ。まだとっておきがある」
「え?」
ステラは部屋の隅から赤いリボンとラメで飾られた紙袋を持ってきた。
「はい、プレゼントだ」
紙袋の中には群青色の布が入っていた。紙袋から取り出して広げてみると、それはエプロンだった。形のブレが多い星型の刺繍と揺れたミシン線から手作りだとわかった。
「今日はワタシが作ったが、レンの作ったご飯はこれからもいっぱい食べたい! でも、レンだけにはさせないぞ!」
ステラは部屋の隅からもう1枚、黄緑色の布を持ってきて開いた。キリンやカバやフラミンゴ……動物園で見た動物の刺繍が付いたエプロン。プレゼントの群青色のエプロンより一回り小さい。
「これからはワタシも一緒だ!」
拙くも愛らしい刺繍をひとつひとつ順にじっくり見たいのに、目から溢れる涙が邪魔をする。涙腺が緩くなったとつくづく思う。
「ありがとう」
心のこもった大切な贈り物を胸に抱きしめ、涙が流れるのを許しながら、できる限りの満面の笑顔をステラへ返した。
「いやー尊い! これぞ、至高ですわ……」
金森さんが頭の前で手を合わせて拝み、笑い声が上がった。
「そんじゃ、さっさと食おうぜ。せっかくのごちそうが冷めちまうよ」
「私、ワイン持ってきたよー! 二十歳の誕生日なんだから飲まないわけにはいかないよね?」
「それ、アルハラですよ。まあ、飲みますけど……ほどほどにお願いします」
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
それでも俺はこの日のことを忘れることはないだろう。みんなの笑い声も、ちょっぴり塩辛いステラの手料理も、主役だろうと容赦なく負かされたゲームも……どの一瞬を切り取っても、一生忘れることのない幸福が詰まっている。
夜も更け、金森さんと陽太を見送った。手を振って別れるときに感じた名残惜しさも俺には愛おしく思えた。もっと長く一緒に過ごしたいと思えるような友人を得たのだ。半ば諦めていた人並みの幸福に手が届いたのだ。この胸が高鳴るのはきっと初めてのアルコールのせいだけではないだろう。
シャワーを浴びて、歯を磨き、布団に潜っても、胸の中には温かく明るい光が満ち、体は羽のように軽かった。
目を閉じる前にもう一度ステラにお礼を言おうと、半身を起こし、ステラの布団の方へ顔を向けた。
しかし、布団の上に彼女の姿はなかった。
「ステラ……?」
突然、背中に柔らかいものが触れた。細くて白い腕が肩から胸へと回され、俺を強く抱きしめる。
ドクン、ドクン。背中から伝わる鼓動に共振して俺の心臓も歩調を早めていく。
そんなわけで、今日はいつもより早く上がることができた。日の出ている内に帰るのは久々だが、今日は帰ったところで誰も家にはいない。ステラと陽太はいつもの用事だという。
ステラも陽太もいまだに用事の内容を教えてはくれない。二人の秘密を暴きたいと叫ぶ心がある一方で、俺にはそんな権利がないと理性が冷たく諭す。金森さんが言った通り、秘密が今の平穏を保っているのかもしれない。醜い嫉妬を日に日に太らせている今の俺は、きっと真実の痛みには耐えられないだろう。きっと二人もそれをわかっているから、秘密にしたのだろう。だから俺はその優しさに応えるために、自分の心を整理しなければならない。心の奥で肥え太った醜悪な塊が消え去って初めて、俺はあいつらと対等な友人として顔を合わせることができるのだ。
そうだ、今日は都合よく一人なのだから、掃除でもしよう。手を動かせばややこしい事柄に目を向けなくて済む。日常の雑務と学業に集中しよう。ステラのことはきっと陽太がどうにかしてくれる。俺よりもあいつの方が機転が利くし、なによりステラもその方がきっと嬉しいだろう。俺は元の日常の中で、抱え込んだ重たい感情を、徐々に溶かして消していくのだ。
考え込みながら歩いていると、アパートに着いていた。誰もいない自宅。その玄関扉に手を伸ばし、無警戒に開けた瞬間――パーン! 強烈な破裂音が鼓膜を突いた。
「「「ハッピーバースデー!」」」
そこには、ステラと陽太、さらには金森さんまでいた。
「え……? 今日は用事あるんじゃ――」
「どんくさいな、これがその用事だよ」
今日が自分の誕生日なのは、流石に覚えていた。けれど、こんなふうに祝われたことがなくて、サプライズを仕掛けられたことを理解するのに、時間がかかった。髪にかかったカラフルな紙紐を払いのける俺は、きっと相当に間抜けな顔をしていたことだろう。
「俺から店長さんに無理言って、今日早上がりにさせてやったんだ。感謝しろよ」
「そこまでしたのか!?」
「レンの誕生日だから、長く祝いたいんだ!」
サプライズのためにそこまでする陽太の行動力には驚いたが、それにしても、陽太の頼みを聞いた店長も人が良過ぎる。
「ほら、早く上がりなよ。ステラちゃんの頑張り、早く見てあげて」
金森さんはそう言いながら、褒めるようにステラの頭を撫でた。
「そうだ。ワタシ、頑張って作ったんだぞ!」
「作った?」
ステラに引っ張られて、金森さんと陽太の脇を抜けると、目に飛び込んできたのは――ちゃぶ台の上いっぱいに並べられた彩り豊かな料理の数々だった。
「これを、ステラが?」
「俺らも少しは手伝いはしたけど、ほとんどステラちゃんが自力で作ったんだぜ」
これだけたくさんの料理をステラが作ったとは信じられない。量だけじゃなくて手間も相当なものだ。ポテトサラダに入っているニンジンなんて、わざわざ星形に飾り切りしてある。台所にほとんど立ったことがないような人間では、とてもできないような芸当だ。
「ステラ、一体いつの間に?」
「このために秘密の特訓したんだ、ヨータの家で」
「ステラちゃん、俺のお袋に料理を習ってたんだよ」
「もしかして秘密の用事って、それか!?」
俺の誕生日を祝うためにここまでしてくれたのを嬉しく思うのと同時に、自分の思い違いを恥じた。俺はステラが自分より陽太に懐いているのだと思い、嫉妬を募らせていた。それが蓋を開けてみれば、全て自分のためだったとは。自分に自信がないからといって、自分のことを大切に思ってくれるステラの心までを疑ってしまった。ステラは俺を天王寺から守ろうとしてくれた。俺に過去の秘密を打ち明けてくれた。そして毎日笑いかけてくれた。それなのに、信頼してやれなかった俺は馬鹿だ。
「ステラ、ありがとう……こんなに嬉しい誕生日は初めてだ」
「礼を言われるのはまだ早いぞ。まだとっておきがある」
「え?」
ステラは部屋の隅から赤いリボンとラメで飾られた紙袋を持ってきた。
「はい、プレゼントだ」
紙袋の中には群青色の布が入っていた。紙袋から取り出して広げてみると、それはエプロンだった。形のブレが多い星型の刺繍と揺れたミシン線から手作りだとわかった。
「今日はワタシが作ったが、レンの作ったご飯はこれからもいっぱい食べたい! でも、レンだけにはさせないぞ!」
ステラは部屋の隅からもう1枚、黄緑色の布を持ってきて開いた。キリンやカバやフラミンゴ……動物園で見た動物の刺繍が付いたエプロン。プレゼントの群青色のエプロンより一回り小さい。
「これからはワタシも一緒だ!」
拙くも愛らしい刺繍をひとつひとつ順にじっくり見たいのに、目から溢れる涙が邪魔をする。涙腺が緩くなったとつくづく思う。
「ありがとう」
心のこもった大切な贈り物を胸に抱きしめ、涙が流れるのを許しながら、できる限りの満面の笑顔をステラへ返した。
「いやー尊い! これぞ、至高ですわ……」
金森さんが頭の前で手を合わせて拝み、笑い声が上がった。
「そんじゃ、さっさと食おうぜ。せっかくのごちそうが冷めちまうよ」
「私、ワイン持ってきたよー! 二十歳の誕生日なんだから飲まないわけにはいかないよね?」
「それ、アルハラですよ。まあ、飲みますけど……ほどほどにお願いします」
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
それでも俺はこの日のことを忘れることはないだろう。みんなの笑い声も、ちょっぴり塩辛いステラの手料理も、主役だろうと容赦なく負かされたゲームも……どの一瞬を切り取っても、一生忘れることのない幸福が詰まっている。
夜も更け、金森さんと陽太を見送った。手を振って別れるときに感じた名残惜しさも俺には愛おしく思えた。もっと長く一緒に過ごしたいと思えるような友人を得たのだ。半ば諦めていた人並みの幸福に手が届いたのだ。この胸が高鳴るのはきっと初めてのアルコールのせいだけではないだろう。
シャワーを浴びて、歯を磨き、布団に潜っても、胸の中には温かく明るい光が満ち、体は羽のように軽かった。
目を閉じる前にもう一度ステラにお礼を言おうと、半身を起こし、ステラの布団の方へ顔を向けた。
しかし、布団の上に彼女の姿はなかった。
「ステラ……?」
突然、背中に柔らかいものが触れた。細くて白い腕が肩から胸へと回され、俺を強く抱きしめる。
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