流れ星と暮らすワンルーム

尾松傘

文字の大きさ
46 / 63

もう一度光へ手を伸ばして

しおりを挟む
 語り終えた金森さんはほとんど泣きそうだった。
 苦しかった過去を思い出し、それを他人に打ち明けるのには、相当な痛みがあったはずだ。その痛みを引き換えにしてでも、金森さんは俺に手を伸ばしている。
 俺はなんてみっともないのだろうか。俺が不甲斐ないばかりに、金森さんに言いたくないはずの過去を明かさせて、どれだけ他人に迷惑を掛ければ気が済むのか。ステラも、陽太も、金森さんも、こんな俺のために必死になってくれた。それに対して、俺は何か恩を返せたことが一度でもあっただろうか。恥ずかしい。消えてしまいたい――その方がマシだと、ついさっきまでは思っていた。
 でも、何故だろう。今は別の気持ちが湧き上がっている。空っぽだったはずの自分の内が、今は沸騰しそうなほどの熱い何かで満たされている。

「俺、金森さんが誰とでもヤるビッチだって噂を聞いたとき、正直言って引いたし、酷い話ですけど……気持ち悪いとすら思いました。だから、ずっと嘘であって欲しいと思っていました」
「いいんだよ、それが普通の反応だから」

 父親が浮気をして以来、愛や性欲を忌み嫌ってきた。下ネタや痴話ばなしで盛り上がる同年代の男子の輪に混ざれないのは、親のせいで自分の性格が歪まされたからだと、心の奥で言い訳をしてきた。俺はみんなとは違うのだから、普通ではないのだから、歩み寄る必要なんてない。これが俺の正しい生き方だと思い込んでいた。
 
「普通ってなんですかね……? 俺はその言葉の意味もわからずに、普通になりたいと願ってきました。でも、金森さんを嫌うのが普通なら、そうはなりたくないです」
「ありがとう。その言葉だけで嬉しいよ」
 
 普通の人みたいに生きたい――それは真の願いではなかった。
 
「金森さんは、俺のことを思って、今日もこうして来てくれました。そんなあなたのことを俺はいままで知ろうとしなかった。本当に、ごめんなさい」
「大丈夫、私もずっと自分やE.T.研の過去ははぐらかしてきたからね」

 きっと怖かったはずだ。ありのままの自分を打ち明けて、それで嫌われてしまったら、取り返しがつかなくなるかもしれない。金森さんはそんな不安を抱きながらも向き合ってくれたのは、俺を特別に思ってくれている証拠だ。
 そうだ、金森さんだけじゃない。俺に本気で向き合ってくれた人は他にもいる。

「陽太も、親身になってくれてたのに、俺はあいつに嫉妬して、酷い仕打ちをした。たった一人の親友だったのに」
「そうだね、陽太っちにも謝らないと。私も付き合うよ」

 あいつがいなければ、俺は孤独に耐えられただろうか。中学のころ、母親が気を病んでいて、俺も心が壊れそうだった。そんなとき、陽気に笑いかけてくれる友人の存在にどれだけ助けられたか。
 俺もそうやって、誰かを照らすことができたらと心の底で憧れてきた。たった一人でいい。誰かの心を救うことができたら、これまでの痛みも全部まとめて自分を誇れるような気がする。
 そのたった一人を、俺は見つけたはずだった。彼女は何物にも代え難い温かな光だった。それなのに、俺は自らの手で、突き放したのだ。

「それから、ステラを探さないと。探して、謝らないと。守ろうと思ったはずなのに、俺が傷つけた。隣で笑ってくれるだけで、救われてたのに……」
「だったら、その気持ちを本人に伝えないとね」

 会いたい。ステラに伝えたいことが、伝えなければいけないことが、たくさんある。俺は自分の気持ちを全然言葉にしてこなかったから。本当はわかってる、俺はステラのことが好きだ。

「俺は何もしてこなかった。受け入れる努力も、受け入れてもらう努力も、変わる覚悟も」
「私からすると、ホシミンは一歩一歩いじらしく頑張ってるように見えたよ」
「歩くだけじゃ足りないんです。周りのみんなが進んでいる間、俺はずっと立ち止まってたんだから。一歩一歩進んでいるだけじゃ追いつけない」

 かつて、夜空を裂く眩い光を追いかける少年がいた。転んでも立ち上がり、手を伸ばした。いつの間にか失くしてしまった、あの直向きな心をもう一度宿そう。
 
「だから、走ります。今度こそ掴んでみたいものがあるから」

 俺は特別になりたい。みんなと一緒に。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...