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星は闇に溶け
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ワタシは泣きつかれ、とぼとぼと夜道を歩いていた。すると黒い車が後ろから追い抜き、ワタシの前で止まった。ドアが開いて出てきたのは、スーツを着た知らない男だった。
「桐也様がお待ちしております。どうぞこちらへ」
キリヤの部下がワタシの元へ来るのは予想していたが、思っていたよりも早かった。ワタシは何も言わずに車へ乗った。逃げようとは考えなかった。レンに拒まれた今、「外の世界」にワタシの居場所などないのだから。リサがいれば、それでいい。それ以上のことは何も望まない。
ワタシを乗せた車はあっという間に研究所へ着いた。研究所からたくさんのヒトが出てきて、ワタシを拍手で出迎えた。みんな同じような気味の悪い笑顔を浮かべていて、ダレモ言葉を発することはなかった。
ワタシは案内されるまま、研究所の地下にある一室へと来た。その部屋の前を通ったことは何度もあるが、入ったことは一度もない部屋だった。キリヤの部下が扉を開き、ワタシを部屋の中へと通した。
部屋全体に青色の薄暗い光が広がって、床から天井まで伸びた円柱状の水槽がいくつも並んでいた。水槽の中には、虫や動物、手や目玉といったヒトの一部、正体のわからない肉塊などが浮かび、不気味な光景だった。
そして部屋の中央、他の水槽よりも遥かに大きな水槽がそびえ立つ前方に、ヤツが立っていた。
「おかえり。必ず帰ってくると信じていたよ」
「できればオマエの顔は二度と見たくなかった」
「やれやれ、随分と嫌われたものだ」
「オマエのことが好きなヤツなんてこの世界にいるものか」
ワタシがそう言うと、キリヤはくすくすと笑った。
「どうした? 何がおかしい?」
「以前から思っていたことだが、月島梨沙の遺伝子をコピーした君が私を嫌うのがおかしくてね……男の趣味は後天的に形成されるようだね」
「どういうことだ……?」
「月島梨沙は私を愛していた」
頭の中が一瞬真っ白になった。
「嘘だ! でたらめを言うな! リサだってお前のことは大嫌いだった!」
「真実だよ。思い出してみろ、彼女が一度でも私を罵ることがあったかね?」
リサはワタシを慰めることはあってもキリヤを悪く言うことはなかった。「ごめんなさい」「私が悪いの」と、いつも謝るのはリサが優しいからだと思っていた。ワタシが「リサは悪くない、悪いのはキリヤだ」と言っても、頷かなかったのは、キリヤを庇っていたからだというのか?
「月島梨沙は私の祖父が住み込みの家政婦との間に作った娘だ。世間体を守るため存在を秘匿された梨沙は、天王寺家の屋敷で教育を受け、私が成人した際に専属の従者としてあてがわれた。梨沙は一族から忌子のように扱われていた。私はそれを哀れみ、優しくしてやった。そのため彼女は私に良く懐き、それはやがて恋慕に変わった」
キリヤの話は難しくてわからない。ただ、キリヤがこうやって堂々と話すときは、嘘ではない。そもそもキリヤは秘密にすることは多くても、嘘をつくことはほとんどない。
「色気づき私を誘惑するようになった梨沙を、一族は良く思わなかった。故に、過ちが繰り返されないよう、子供を産めない体にされたのだ。梨沙は私との子を成せなくなったことを深く嘆き悲しんだよ。機能を失った体で何度も私を卑しく求める様は、なんとも哀れで、無様で、だが美しかった」
もう何も聞きたくない。ワタシの中のリサをこれ以上汚すな。
「梨沙を慰めるため、私は旅行であちこちに連れて行ってね。それでも彼女の心は癒されなかった。だが、転機は突然訪れた。旅行の帰りで私は梨沙を助手席に乗せて夜の山中を走っていた。すると突然、日が昇ったのかと見紛うほどの強い光が差してね、光の玉がすぐ横の山中へ落ちていくのが見えたんだ。直後にとてつもない衝撃が走り、車を止めたよ。私と梨沙はその光の正体を探りに茂みに入っていた。そこで、見つけたのだ。クレーターの中心にあるゴルフボールほどの銀色の球体を。もうわかるな? それが君だ」
キリヤがワタシの方へ歩みより、ワタシの頭を撫でた。嫌でたまらないはずなのに、抵抗する力が湧いてこなかった。
「君は仲間がいるのか知りたがっているそうだね。だか、そんなものは存在しない。そもそも群れや個体という概念が存在しない生物なのだよ」
キリヤは小型の水槽の台座のスイッチを押した。すると、水槽を満たしていた水分が抜け、浮かんでいた白いネズミが息を吹き返して動き出した。水槽の壁が良横にスライドしてネズミが外へ出た。ネズミはワタシの方へまっしぐらで向かった。
「触ってみろ」
言われた通りにしようと手を伸ばすと、ネズミの方からワタシの手に乗ってきた。そして、ネズミはワタシの掌の上で溶けて、ワタシと一つになった。その瞬間にワタシは理解した。
「コノコもワタシなんだな」
「話が早くて助かるよ」
コノコはあるときは魚で、あるときは鳥で、姿を変えるたびに体を切り刻まれ、再生してを繰り返してきた。コノコの記憶、ワタシの記憶、溶け合って一つになっていく。
「銀色の球体は他の生物の細胞を取り込み、それを記憶する性質があると判明した。さらに研究を進めると、驚いたことに、単に他の生物を真似るだけでなく、他の生物の体に混ざって記憶を共有することが可能と判明した。つまり、個という概念がなく、あらゆる生物種へ領域を拡大する性質を持った生物だったのだ。私はこの力を人類の進歩のために使えないかと考えた。そのためには、まず人間の遺伝子を取り込ませる必要があったのだが……そこにちょうど、子を欲しがっていた女がいてね。そうして生まれたのが君だ。君は私の研究と、梨沙の遺伝子によって生み出された、いわば私たちの娘なのだよ」
ずっと知りたかったワタシの正体。それを知っても達成感や感動はなく、悲しさや寂しさも感じなかった。もう全部どうでも良かった。
「そうよ、あなたは私と桐也さんが授かった大切な宝物なの」
聞き慣れた優しい声に振り返ると、そこにリサがいた。
「リ、サ? リサ……! リサ!」
ワタシはリサに向かって駆け出した。胸に飛び込んだワタシを、リサはぎゅっと抱きしめた。
「ずっと心配だったんだぞ……もう会えないんじゃないかって……」
リサがワタシの頭を撫で、それだけですごく安心した。嫌なことを全部忘れられそうなくらい。
「なあ、リサ、キリヤが言っていることは本当なのか?」
「ええ、そうよ。隠していてごめんなさい。あなたは桐也さんを嫌っていたから、傷つけると思って黙っていたの」
「だって、キリヤは痛いことするから」
「そうね、それは私も反対したわ。だから、あなたを逃がした……でも、桐也さんが正しかったわ。あなたの居場所はここ。だから戻ってきたのでしょう?」
「そうだ……ワタシ、失敗したんだ。レンを傷つけた。わからないんだ、違うから、ヒトになれないから……」
「人になる必要なんてないの。あなたはありのままでいい。難しいことは何も考えなくていいの」
リサが言うのなら、きっと、そうなのだろう。確かに、考えて生きるのは疲れた。頑張って何かを望んでも、幸せになれるわけじゃない。それならば、ただ楽になりたい。
「私とここにいましょう、ずっと、ずうっと」
「ああ、そうだな。リサと一緒ならそれでいい」
「ステラはもう何もしなくていいの。だから今はゆっくりおやすみなさい」
「そうか、もう寝ていいのか」
「そうよ、全部私に任せてちょうだい」
リサが頭をひと撫でする毎に瞼が重くなっていく。段々と意識が遠くなり、ワタシの輪郭が溶けていく……。
「あなたはもう頑張ったわ。もう楽になっていいの。何も苦しまなくていいの。私に全部を預けて、一つになりましょう。怖いことも痛いこともない、幸せで楽な世界へいきましょう。私も一緒、そして、もうすぐみんなもそこに来るわ。だから、おやすみなさい」
ミンナ一緒……それはワタシにとって幸せだ……あれ、ワタシってダレだ?
もう、いいや。全部、いいや。
疲れた。眠い。このまま眠ろう。深く、深く、寝てしまおう。
楽になりたい。眠っていたい。消えてしまいたい。
だから、おやすみ。おやすみ……。
「桐也様がお待ちしております。どうぞこちらへ」
キリヤの部下がワタシの元へ来るのは予想していたが、思っていたよりも早かった。ワタシは何も言わずに車へ乗った。逃げようとは考えなかった。レンに拒まれた今、「外の世界」にワタシの居場所などないのだから。リサがいれば、それでいい。それ以上のことは何も望まない。
ワタシを乗せた車はあっという間に研究所へ着いた。研究所からたくさんのヒトが出てきて、ワタシを拍手で出迎えた。みんな同じような気味の悪い笑顔を浮かべていて、ダレモ言葉を発することはなかった。
ワタシは案内されるまま、研究所の地下にある一室へと来た。その部屋の前を通ったことは何度もあるが、入ったことは一度もない部屋だった。キリヤの部下が扉を開き、ワタシを部屋の中へと通した。
部屋全体に青色の薄暗い光が広がって、床から天井まで伸びた円柱状の水槽がいくつも並んでいた。水槽の中には、虫や動物、手や目玉といったヒトの一部、正体のわからない肉塊などが浮かび、不気味な光景だった。
そして部屋の中央、他の水槽よりも遥かに大きな水槽がそびえ立つ前方に、ヤツが立っていた。
「おかえり。必ず帰ってくると信じていたよ」
「できればオマエの顔は二度と見たくなかった」
「やれやれ、随分と嫌われたものだ」
「オマエのことが好きなヤツなんてこの世界にいるものか」
ワタシがそう言うと、キリヤはくすくすと笑った。
「どうした? 何がおかしい?」
「以前から思っていたことだが、月島梨沙の遺伝子をコピーした君が私を嫌うのがおかしくてね……男の趣味は後天的に形成されるようだね」
「どういうことだ……?」
「月島梨沙は私を愛していた」
頭の中が一瞬真っ白になった。
「嘘だ! でたらめを言うな! リサだってお前のことは大嫌いだった!」
「真実だよ。思い出してみろ、彼女が一度でも私を罵ることがあったかね?」
リサはワタシを慰めることはあってもキリヤを悪く言うことはなかった。「ごめんなさい」「私が悪いの」と、いつも謝るのはリサが優しいからだと思っていた。ワタシが「リサは悪くない、悪いのはキリヤだ」と言っても、頷かなかったのは、キリヤを庇っていたからだというのか?
「月島梨沙は私の祖父が住み込みの家政婦との間に作った娘だ。世間体を守るため存在を秘匿された梨沙は、天王寺家の屋敷で教育を受け、私が成人した際に専属の従者としてあてがわれた。梨沙は一族から忌子のように扱われていた。私はそれを哀れみ、優しくしてやった。そのため彼女は私に良く懐き、それはやがて恋慕に変わった」
キリヤの話は難しくてわからない。ただ、キリヤがこうやって堂々と話すときは、嘘ではない。そもそもキリヤは秘密にすることは多くても、嘘をつくことはほとんどない。
「色気づき私を誘惑するようになった梨沙を、一族は良く思わなかった。故に、過ちが繰り返されないよう、子供を産めない体にされたのだ。梨沙は私との子を成せなくなったことを深く嘆き悲しんだよ。機能を失った体で何度も私を卑しく求める様は、なんとも哀れで、無様で、だが美しかった」
もう何も聞きたくない。ワタシの中のリサをこれ以上汚すな。
「梨沙を慰めるため、私は旅行であちこちに連れて行ってね。それでも彼女の心は癒されなかった。だが、転機は突然訪れた。旅行の帰りで私は梨沙を助手席に乗せて夜の山中を走っていた。すると突然、日が昇ったのかと見紛うほどの強い光が差してね、光の玉がすぐ横の山中へ落ちていくのが見えたんだ。直後にとてつもない衝撃が走り、車を止めたよ。私と梨沙はその光の正体を探りに茂みに入っていた。そこで、見つけたのだ。クレーターの中心にあるゴルフボールほどの銀色の球体を。もうわかるな? それが君だ」
キリヤがワタシの方へ歩みより、ワタシの頭を撫でた。嫌でたまらないはずなのに、抵抗する力が湧いてこなかった。
「君は仲間がいるのか知りたがっているそうだね。だか、そんなものは存在しない。そもそも群れや個体という概念が存在しない生物なのだよ」
キリヤは小型の水槽の台座のスイッチを押した。すると、水槽を満たしていた水分が抜け、浮かんでいた白いネズミが息を吹き返して動き出した。水槽の壁が良横にスライドしてネズミが外へ出た。ネズミはワタシの方へまっしぐらで向かった。
「触ってみろ」
言われた通りにしようと手を伸ばすと、ネズミの方からワタシの手に乗ってきた。そして、ネズミはワタシの掌の上で溶けて、ワタシと一つになった。その瞬間にワタシは理解した。
「コノコもワタシなんだな」
「話が早くて助かるよ」
コノコはあるときは魚で、あるときは鳥で、姿を変えるたびに体を切り刻まれ、再生してを繰り返してきた。コノコの記憶、ワタシの記憶、溶け合って一つになっていく。
「銀色の球体は他の生物の細胞を取り込み、それを記憶する性質があると判明した。さらに研究を進めると、驚いたことに、単に他の生物を真似るだけでなく、他の生物の体に混ざって記憶を共有することが可能と判明した。つまり、個という概念がなく、あらゆる生物種へ領域を拡大する性質を持った生物だったのだ。私はこの力を人類の進歩のために使えないかと考えた。そのためには、まず人間の遺伝子を取り込ませる必要があったのだが……そこにちょうど、子を欲しがっていた女がいてね。そうして生まれたのが君だ。君は私の研究と、梨沙の遺伝子によって生み出された、いわば私たちの娘なのだよ」
ずっと知りたかったワタシの正体。それを知っても達成感や感動はなく、悲しさや寂しさも感じなかった。もう全部どうでも良かった。
「そうよ、あなたは私と桐也さんが授かった大切な宝物なの」
聞き慣れた優しい声に振り返ると、そこにリサがいた。
「リ、サ? リサ……! リサ!」
ワタシはリサに向かって駆け出した。胸に飛び込んだワタシを、リサはぎゅっと抱きしめた。
「ずっと心配だったんだぞ……もう会えないんじゃないかって……」
リサがワタシの頭を撫で、それだけですごく安心した。嫌なことを全部忘れられそうなくらい。
「なあ、リサ、キリヤが言っていることは本当なのか?」
「ええ、そうよ。隠していてごめんなさい。あなたは桐也さんを嫌っていたから、傷つけると思って黙っていたの」
「だって、キリヤは痛いことするから」
「そうね、それは私も反対したわ。だから、あなたを逃がした……でも、桐也さんが正しかったわ。あなたの居場所はここ。だから戻ってきたのでしょう?」
「そうだ……ワタシ、失敗したんだ。レンを傷つけた。わからないんだ、違うから、ヒトになれないから……」
「人になる必要なんてないの。あなたはありのままでいい。難しいことは何も考えなくていいの」
リサが言うのなら、きっと、そうなのだろう。確かに、考えて生きるのは疲れた。頑張って何かを望んでも、幸せになれるわけじゃない。それならば、ただ楽になりたい。
「私とここにいましょう、ずっと、ずうっと」
「ああ、そうだな。リサと一緒ならそれでいい」
「ステラはもう何もしなくていいの。だから今はゆっくりおやすみなさい」
「そうか、もう寝ていいのか」
「そうよ、全部私に任せてちょうだい」
リサが頭をひと撫でする毎に瞼が重くなっていく。段々と意識が遠くなり、ワタシの輪郭が溶けていく……。
「あなたはもう頑張ったわ。もう楽になっていいの。何も苦しまなくていいの。私に全部を預けて、一つになりましょう。怖いことも痛いこともない、幸せで楽な世界へいきましょう。私も一緒、そして、もうすぐみんなもそこに来るわ。だから、おやすみなさい」
ミンナ一緒……それはワタシにとって幸せだ……あれ、ワタシってダレだ?
もう、いいや。全部、いいや。
疲れた。眠い。このまま眠ろう。深く、深く、寝てしまおう。
楽になりたい。眠っていたい。消えてしまいたい。
だから、おやすみ。おやすみ……。
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