『半魚囚人ジル』 深海監獄アビスロックからの脱出

アオミ レイ

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第二章 深淵を裂く影の侵攻

CHAPTER28『混沌の中の静寂』

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──沈黙の牙 拠点・戦略会議室

重厚な鉄扉が閉まる音と共に、沈黙の牙の幹部たちが一堂に会していた。

ウルスが怒りを滲ませながら報告する。
「……ギランたちがやられた。相手は蒼海の解放軍に最近加わったタイタンだ」

デューガンが椅子から身を乗り出す。
「チッ、奴らのアジトごと潰してやろうか? 久々に暴れたくてウズウズしてるんだ」

「俺にやらせろよ!」
新たに幹部に加わったグラッドが机を叩いて息巻いた。
「最近暴れてねえから、拳が疼いてしょうがねぇんだ!」

だが、その熱を冷ますようにローレンスが口を開いた。
「……いや、待て。今はバシリスクたち深海の狂気が先だ。奴らは日に日に力を増している。蒼海の解放軍は後回しだろう」


空気が静まり返る中、ドゥームが静かに椅子から立ち上がる。
「……霧の幻影の影虎たちが第三階層に侵入し、視察に来ていた政府高官――マーロウを殺害したらしい」

ウルスが目を見開く。
「……な、何だと、政府高官を!?」

ドゥームはうなずきながら続ける。
「だが問題はそこじゃない。影虎を見逃したギルバート……奴の目論見と、影虎の動きの裏にある真意……それが何を意味するかわかるか?」


「…なにを意味するかは理解できねぇが……」
デューガンが腕を組み、唸る。
「とりあえず、他の派閥を潰して、俺たちが第二階層を支配する。それが最優先事項じゃねぇのか?」


ドゥームは低く笑い、椅子に戻る。
「……その通りだ。混沌の中にこそ、勝機は見える。すべてが崩れていくときこそ、支配者の玉座が見えてくる」

「そのうち、俺がすべてを握り潰してやるよ……ハッハッハッハ!!」



──蒼海の解放軍・アジト

静かな時間が流れる中、ジルたちは作戦の整理と休息に努めていた。
その時、アジトの入り口がノックされた。レクスが警戒しながら扉を開けると、そこに立っていたのはゼオンだった。

「……おい、ちょっと話がある」
ジルたちはすぐに集まり、ゼオンを囲む。


――ゼオンは事の顛末を詳細に伝えた。

ジルが口を開いた。
「…なるほど。政府高官を暗殺し、魚人兵器の首飾りを奪い取り、殺されかけていたサイファーを助け第二階層に連れ帰ったのか」

ゼオンは続ける。
「…影虎たちの作戦は成功した。だが……幹部のクロウが死んだ」
空気が重くなる。

「…ギルバートの目の前で政府高官マーロウを消した。だがギルバートは俺たちを見逃した。どうやら奴はバルデマーに対し、表立って反旗を翻そうとし始めているようだ」

バレルが眉をしかめる。
「それってつまり……ギルバートも俺たちと同じ敵を見ているってことか?」

ゼオンは静かに頷いた。
「ギルバートがどこまで本気かは分からんが、影虎はバルデマー失脚には協力すると言っていた。
そして、監獄の秩序はもはや崩壊寸前だ。沈黙の牙、深海の狂気、霧の幻影、そして蒼海の解放軍……全勢力が一触即発の状態にある」

ヴォルグが拳を握る。
「本当の戦いの幕が…開くんだな」

ジルは語気を強め力強く真摯に語った。
「……この混沌の中で、どこまで抗えるかが勝負だ!俺たちは必ず生き残ってこの監獄を抜け出し、そして諸悪の根源を叩き潰すぞ!」



大陸──とある貴族屋敷・円卓会議場
豪奢な絨毯が敷かれ、銀の燭台が揺らめく円卓の間。バルデマー派の政府議員たちが、険しい顔で向かい合っていた。

「ギルバートは直ちに処分すべきだ!」

「…確かにマーロウの件は看過できんぞ」

「副監獄長のグレンダルを昇格させる案はどうか?」

「……いや、あいつは生真面目すぎる。かえって扱いづらい」

「いっその事、C-7を大陸側に移設して、大砲で監獄ごと沈めてしまえばいい!」

「だがギルバートが、C-7移設を手をこまねいて見ているわけがない」

「とにかく、奴さえ消えれば何とでもなる」

その騒がしい会議の中心に、バルデマーが静かに座っていた。

「……そろそろ、アビスロックの件も本気で動かす時かもしれんな」
男の低く重い声に、円卓の空気が一瞬凍りついた。

各勢力がそれぞれの正義と野望を抱えて動き出す。アビスロックの支配構造は今、確実に崩れ始めていた。次なる火種は、果たして誰の手によって灯されるのか──。
混沌の渦は、今やアビスロックだけに留まらず、大陸全土を巻き込もうとしていた。 




霧の幻影拠点の一室

柔らかな照明が灯る部屋の中、簡素なベッドの上にサイファーが横になっていた。その傍らには影虎が静かに佇んでいる。

「具合はどうだ?」
影虎は静かに問いかけながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

サイファーは肩を揺らして苦笑しながら答えた。
「……ああ、何とか動けるぐらいにはな」

影虎は無言で頷き、組んだ指先を口元に当てる。やがて、視線を外さぬまま口を開いた。
「そろそろ話してもらおうか」

サイファーは天井を見上げ、小さく息をついた。
「その前に……なぜ俺を拘束しない?」

影虎は即座に応じる。
「おまえに行くあてはないだろう」

サイファーは鼻で笑い、視線を落とした。
「フッ、そりゃあそうだな…」

ほんの少し口角を上げた後、影虎は鋭い口調で問いかけた。
「では、単刀直入に聞くが、ギルバートはマーロウが殺されても狼狽えていなかった。奴は政府内でそこまでの影響力があるのか?」

サイファーは首を横に振る。
「いや、ギルバートの政府内での立場はマーロウと大差ない。ただし、ギルバートには支援している大物がいるんだ」

影虎の眉がわずかに動いた。
「……誰だそれは?」

「反バルデマー派の議員、ザルバド・レインハルトだ」

その名を聞いた影虎は、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……ほう。ではギルバートは、自分は簡単には潰されないと踏んでいるのか」


サイファーは頷きながら続けた。
「だが、ザルバドもバルデマーほどの権力はない。あいつが失脚すれば、ギルバートに後ろ盾はなくなる。そうなれば、バルデマーの軍隊がこの監獄を包囲するだろうな」

影虎は顎に手を添え、ゆっくりと考えを巡らせるような仕草を見せた。
「なるほどな。では、この首飾りの仕組みは知っているか?」

「いや、それは俺にもわからない。知っているのはゼファーと数人の研究員だけだ」

「……では、おまえの予測で構わん。バルデマー派はこれからどう動く?」

サイファーは少しだけ目を細めた。
「看守側にも囚人側にも、スパイを何人も送り込んでくるだろうな。実際にもう来てるかもしれん」

「ギルバートはどう動く?」

「ギルバート……あの男はこの監獄の支配だけでなく……この場所に国家を築こうとしているという噂もある…ザルバドも利用しようとしてるのかもしれんな」

影虎は軽く息を吐き、静かに笑った。
「…国家を?フッ、あの男らしい無謀な野望だ」

その言葉を聞いたサイファーは、ゆっくりと上体を起こし、影虎に真っ直ぐな視線を送った。
「……なぁ、影虎殿よ。俺はもうどこにも居場所がねぇ。もし良ければ、あんたの下で働かせてくれないか?」

影虎は一瞬目を閉じると、静かに言った。
「……うむ。おまえの情報と機動力は我々にとっても力になる」

その言葉に、サイファーは深く目を閉じ、頭を垂れた。


こうしてサイファーは、霧の幻影の中枢を担う者として再び歩き出した。
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