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第四章 南部拠点に轟く監獄軍の進軍
CHAPTER66『戦場に潜む意図』
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聖堂門下――
雷光が奔り、悲鳴と怒号が途絶えた。
クロムの放った複数の雷撃は、ゼルバ・フォーンに操られていた兵たちの神経を一気に遮断し、抵抗の意志すら残さず地に伏せさせた。
辺りには焦げた匂いと、静寂だけが残る。
無数の屍のように倒れた兵士たちの中で、なおも微かに呻き声が響く。
だが、すでに反撃の気配はない。
嵐のようだった混乱は、いま、一時の凪を迎えていた。
空気にはまだ、雷の残り香と火花の名残が漂っていた。
一面に倒れ伏す兵士たちを見下ろしながら、クロムは肩で息をしつつ前へ歩み出る。
「……はぁ、はぁ、…あらかた片付いたか。あとはあの軍勢を抑えれば――聖堂門下は制圧できる!」
視線の先では、沈黙の牙の部隊が、なおも凄まじい勢いでシャドウレギオンの残兵を押し返していた。
その中心には、ナイルワニ獣人――ガルマークが指揮する精鋭の軍勢が踏みとどまっていた。
そこへ、別の方向から突撃を仕掛ける影があった。
クラヴィス率いる看守隊だ。側面からの強襲を受け、シャドウレギオンの隊列が一気に崩れる。
「行けー!このまま押し切るぞーッ!」
咆哮と共に大剣が振り抜かれ、数人の敵兵が吹き飛ばされる。その勢いは、まさに波のように戦場を飲み込んでいった。
一進一退の激戦を繰り広げていたガルマークのもとに、焦燥を浮かべた部下が駆け寄る。
「ガルマーク様!……このままでは我が軍は崩壊し、立て直しがきかなくなります!」
「……チッ!ゼルバ様とヴァイス様は何をやっているのだ!」
怒声を放つガルマークに、巨大な影が襲いかかる。
斧を振りかざし、猛然と突進するウルス。
「ヘッ、テメェら……逃がさねぇぞ!!」
凄まじい衝撃音と共に、地を這うような一撃がガルマークを襲う。
大剣で辛うじて受け止めたその瞬間、足元の瓦礫ごと吹き飛ばされる。
「…クソッ、こんなサメ一匹に手こずっている場合ではないぞ……!」
裂けた石畳、巻き上がる土煙。
そして、崩れかけた戦列――
聖堂門下の戦場は、アビスロック兵団の優勢に確実に傾き始めていた。
イェーガーは戦場の名残を見渡しながら、額の汗をぬぐった。
「……よし、こっちはもういい、ダンプ!モルド!俺たちもあの門の上に向かうぞ!」
「おう!」
巨大棍棒を肩に担ぎ、ダンプが勢いよく応じる。
その隣で、不気味な笑みを浮かべながらモルドが毒々しく囁いた。
「へへへ……ゼルバ・フォーンも、ついでにドゥームも……毒の海に沈めてやろうか」
三人はそれぞれの武器を構え、瓦礫の積もった場所から聖堂門をよじ登り始める。
その眼差しには、敵将の首を狩りに行く獣のような光が宿っていた。
――そのすぐ横では。
崩れた聖堂門の影、タイタンの傍らに集まる仲間たちの姿があった。
未だ意識の戻らぬ戦士を見下ろす表情には、憂いと決意が入り混じっている。
モーリスがその場に膝をつき、じっとタイタンの顔を見つめながら口を開いた。
「タイタンは俺とレクスで見ておく……お前らは戦ってくるんだ」
「おう! 蟲の王とやらを拝みに行くか!」
アルデンが拳を鳴らし、いつもの調子で気合いを込める。
「よし! ジルたちも心配だ! 行ってくるぜ!」
バレルは真っ直ぐに門の上を睨みつけ、背中を丸めて駆け出す。
そのあとをゴルザも無言で追い、強く握った拳が決意を語っていた。
タイタンの肩を抱えるレクスが、小声でぼやく。
「……タイタン。いつまで寝てんだ、起きやがれ……!」
そう言って、ぺしぺしと額を叩く。
そして、いくつもの想いが交差し、戦場の熱は最終局面へと突き進んでいく――。
旧軍司令所・地下――
荒れ果てたコンクリートの床に、鉄と怒声が交錯していた。
カイン率いるアビスロック兵団と、解放された捕虜たちが戦列を組み、ヴァイス率いるシャドウレギオン南部拠点の別働隊と激突していた。
轟音と共に巻き上がる塵煙の中――
その場の混乱に紛れるように、ひとりの男が気配を消す。
グレイ・スコルザ。
蒼白い光を放つ研究区画の奥へ、誰にも気づかれぬまま、ふっと姿を消した。
「さて、ここからが本番だ…」
低く呟き、闇に紛れるように、彼はその場を離れていく。
一方、その戦場では、激しい攻防が激化していた。
デューガンが雄叫びを上げながら金属製の大斧を振るい、モンバロの大斧がそれを受け止める。
一撃ごとに鈍い火花が散り、床の石板が砕ける。
ネフラッドの両腕が獣のように唸り、ダラン・クルスの短剣とぶつかり合う。
荒削りな中にも研ぎ澄まされた連撃が、互いの装甲を削る。
「おらあっ!」
ラッカーも鉄杭を構え、デューガンの援護に踏み出す。
だが――
その行く手に、鋭い殺気が立ちはだかる。
「ハハハ……お前のような小物は、ここで終わりだ」
レザックが嗤いながら、長身を揺らし、長剣を肩の位置に構える。
ラッカーとレザック――両者が勢いそのままに再び激突し、空間が裂けるような衝撃音が響いた。
その混乱の中――
カインが戦場を見渡す。
(……!? グレイ・スコルザが消えた……?)
周囲を一瞬で見渡すが、彼の影はどこにも見当たらない。
(…だが、今はこの敵を何とかしなければ……!)
槍を強く握りしめ、前を睨むが、敵の連携と気迫に隙を見いだせず、踏み込むに至らない。
その時だった――
ピリ、と背筋を走る殺気。
ヴァイスが眉をひそめ、背後に意識を向ける。
「……!? 何っ!」
すぐさま振り返ったその先に――
静かに佇む二つの影が、月光のような冷たい気配を纏って立っていた。
「そこまでだ」
そう言って前に出たのは、霧の幻影隊・隊長、シェイド。
その隣には、元ブルータイドの戦士――ゼオンの姿もあった。
「シェイド隊長……!」
カインは思わず声を上げ、安堵の表情を浮かべる。
その瞬間、トキシードが音もなく前に出た。
その巨大な体躯が、まるでヴァイスを守る盾のようにシェイドとゼオンの前に立ちはだかる。
対するシェイドは、ゆっくりと歩み出る。
瞳に冷えた光を宿しながら、短剣を逆手に構える。
「……ヴァイス。貴様らの計画は――ここで終わる」
静かな声音に宿る、揺るぎなき殺意。
その一言を合図に、ゼオンの足が地を蹴った。
風を裂くような勢いで、トキシードの首へと蹴りが放たれる。
だが――
「チッ……!」
ゼオンの目が、僅かに見開かれる。
トキシードの全身に走る棘が、まるで反射的に逆立ち、まるで刺々しい防壁のように変化していた。
ゼオンは跳躍中に体勢を制御し、足を止めて着地する。
鋭い眼差しでトキシードの全身を観察し、分析を巡らせる。
(……こいつはヒトデ魚人の一種か。ローレンスよりさらにタチが悪そうだな…)
ゆっくりと背中からデュランダルソードを引き抜く。
その音が静寂に響き、獰猛なトラザメ魚人の気配が一気に解き放たれた。
剥き出しの牙と殺気に、トキシードがわずかに身を引いたその瞬間――
シェイドの姿が、霞のように揺らめいた。
「……ッ!」
トキシードの横をすり抜けるように現れたその刹那、シェイドの短剣がヴァイスの首元へと迫る。
「……クッ!」
ヴァイスが顔をしかめ、身体を捻る。鋭く閃いた刃は、首筋をかすめて通り過ぎ、血の代わりに冷や汗を残す。
間一髪の回避。
その場の空気が、ピンと張り詰めた糸のように緊張感を高めていく――。
トキシードはヴァイスの援護に回ろうと一歩踏み出しかけたが、目の前の男から放たれる尋常ならざる殺気に、足が止まる。
ゼオンの眼差しが、獣のように光を宿していた。
トキシードの額に、冷や汗が滲んだ。
その隙に――
「チッ……舐めるなよ!」
ヴァイスが低く唸り、動いた。両手に構えた刀が交差し、その片方でシェイドの短剣を押さえ込む。そして、もう一方の刀を閃かせ、シェイドへと斬りかかる!
しかしその一瞬、背後から疾風のように突き出された槍がヴァイスを襲う――
カインの奇襲だった。
だが、ヴァイスは一瞬で反応し、シェイドの短刀を受け流しながら、片腕を捻ってカインの槍を受け止める。
「カイン――そのまま押さえてろ」
そう言ったシェイドの目が光り、彼の腰から伸びた細くしなやかな触手が、ヴァイスの足元へと走る!
だが――
ヴァイスは地を蹴って跳躍。触手が掴まんとした瞬間、軽やかに空中へと舞い上がる。
その滞空の間に、彼の刀が唸った。
――バギッ!
まず一刀でカインを槍ごと打ち抜き、吹き飛ばす。
「ぐあっ……!」
そして体を捻ると、もう一方の刀でシェイドに逆袈裟に斬りかかる!
「ッ……!」
シェイドがギリギリでその斬撃を受け流すも、ヴァイスの一刀が続けざまに足元の触手を斬り裂いた――
ザンッ!
肉が裂ける生々しい音。切断された触手が地面に落ち、うねりながら消える。
「――!?」
シェイドの表情がわずかに歪んだ。
「……クッ」
ヴァイスは着地し、わずかに膝を沈めながら構え直す。
ヴァイスの眉がわずかに動く。敵ながら、目の前の二人が只者ではないことを直感で見抜いていた。
(……この二人は手練だな。無駄に時間を食うわけにはいかん)
鋭い目線を戦場の奥へと向けると、声を張り上げた。
「レザック! モンバロ! ネフラッド! 早く終わらせろ!」
その言葉に応じて、三人は、動きを変える。
レザックが眉を吊り上げ、不機嫌そうにラッカーを見下ろす。
「……ヘイヘイ、遊びは終わりかよ」
次の瞬間、足が振り上げられ、ラッカーの腹部に強烈な蹴りが炸裂――
ドゴォッ!
空中を回転しながら吹き飛んだラッカーが、通路脇の瓦礫の山に激突した。
一方――
モンバロがニヤつきながら肩越しにヴァイスを振り返る。
「あ~ん?せっかく楽しんでるのによぉ?もう終わらせんのかよ!……なぁ?クソ魚ァ!」
顔面に返り血を浴びながらも、楽しげに歪んだ笑み。
デューガンは獣じみた唸りを吐きながら、モンバロを睨みつけた。
「フン、ボケ猿が……!動物園に帰って、飼育員に餌でももらってろ!」
グギギギッと斧が軋み、デューガンの全身の筋肉が爆ぜるように膨れ上がる。
互いに大斧をぶつけ合う狂獣と狂獣のぶつかり合い。鉄と鉄が火花を散らす。
「――ッ!」
その瞬間、モンバロが重心をズラし、足元を滑るように一回転――巨体とは思えぬ軽やかさで力の流れをいなすと、まるで曲芸師のような動きで斧をひねり返した。
「フンッ!!」
続けざまに腰を落とし、反動を利用して跳ね上がるように一撃!
デューガンの斧ごと、そのまま巨体を弾き飛ばし、後方の壁面に――
ゴシャアッ!
石壁が砕け、デューガンが崩れ落ちた。
埃が舞う中、ガレキを押しのけるように、デューガンがゆっくりと立ち上がる。
顔や肩に付着した砂埃を乱暴に払いつつ、歯噛みして唸る。
「チッ……猿まわしの猿みてえなマネしやがって……!」
怒りを滲ませながら斧を構え直し、血走った目でモンバロを睨み返した。
モンバロは鼻を鳴らし、口角を吊り上げた。
「フン……燃えてきたぜ!焼き魚にして喰ってやろうか?」
歪んだ笑みを浮かべながら、舌で唇を舐める。
デューガンの血走った眼光とぶつかり合い、空気が火花を散らすように張り詰めていく――。
そしてもう一人――
ネフラッドはその仮面の奥から、何も感情の見えない気配を放っていた。
一つ一つの動作に無駄がなく、冷酷なまでに研ぎ澄まされた刃が襲い来る。
「っ……!」
ダラン・クルスは、すでに何度目かの連撃を辛うじて受け流していたが――
「ぐっ……! な、何っ!?」
ネフラッドの動きが、さらに一段階速くなる。
今まで読み切れていたはずの軌道が、完全に視界から消え――
ジャッ!
防いだはずの刃の外側から、ネフラッドの刃が滑り込むように迫ってくる!
ダラン・クルスの表情に、焦りが浮かんだ。
(こいつ……っ、本気を出してなかったのか!?)
シャドウレギオンの猛者たちが、確実に局面を掌握し始めていた。
その気配が、じわりと全体に緊張を走らせてゆく――。
一方――
戦場の喧騒から少し離れた通路の奥、破損した壁の影に身を潜めていたバラスト、セリオ・ダルヴァン、そしてドクトル・ハイゼンは、ただその場を動けずにいた。
激化する戦闘の音が、建物全体に響き渡る。
バラストは静かに目を閉じると、自身の触手の一本――研究所の奥、制御室へと忍び込ませていた感覚に意識を集中する。
その瞬間――
(……!)
ぴくりとバラストの肩が動く。
(グレイ・スコルザ……!? なんでこんな所に――!?)
視覚情報が脳内に伝わってくる。
暗がりの制御室。その中心に立つ一人の男――グレイ・スコルザ。
鋭い眼が、無駄のない動きで研究データの束を次々と収集している。
そして……部屋の奥、隔離された繭から立ちのぼる紫がかった瘴気。
グレイはそれを、特殊な試験管のような器具で丁寧に採取していた。
どの動作にも迷いはない。まるで“知っていたかのように”作業を進めている。
(……瘴気の採取? こいつ、最初からこの研究所の目的を把握して動いていたのか?)
バラストの触手がわずかに揺れる。
(元ブルータイドだとは言っていたが……何者なんだ、あいつは……)
その疑念が、静かにバラストの中に芽生えていく。
闇の中で動く者――
表の戦場とは別に、水面下で“何か”が確実に進行していた。
雷光が奔り、悲鳴と怒号が途絶えた。
クロムの放った複数の雷撃は、ゼルバ・フォーンに操られていた兵たちの神経を一気に遮断し、抵抗の意志すら残さず地に伏せさせた。
辺りには焦げた匂いと、静寂だけが残る。
無数の屍のように倒れた兵士たちの中で、なおも微かに呻き声が響く。
だが、すでに反撃の気配はない。
嵐のようだった混乱は、いま、一時の凪を迎えていた。
空気にはまだ、雷の残り香と火花の名残が漂っていた。
一面に倒れ伏す兵士たちを見下ろしながら、クロムは肩で息をしつつ前へ歩み出る。
「……はぁ、はぁ、…あらかた片付いたか。あとはあの軍勢を抑えれば――聖堂門下は制圧できる!」
視線の先では、沈黙の牙の部隊が、なおも凄まじい勢いでシャドウレギオンの残兵を押し返していた。
その中心には、ナイルワニ獣人――ガルマークが指揮する精鋭の軍勢が踏みとどまっていた。
そこへ、別の方向から突撃を仕掛ける影があった。
クラヴィス率いる看守隊だ。側面からの強襲を受け、シャドウレギオンの隊列が一気に崩れる。
「行けー!このまま押し切るぞーッ!」
咆哮と共に大剣が振り抜かれ、数人の敵兵が吹き飛ばされる。その勢いは、まさに波のように戦場を飲み込んでいった。
一進一退の激戦を繰り広げていたガルマークのもとに、焦燥を浮かべた部下が駆け寄る。
「ガルマーク様!……このままでは我が軍は崩壊し、立て直しがきかなくなります!」
「……チッ!ゼルバ様とヴァイス様は何をやっているのだ!」
怒声を放つガルマークに、巨大な影が襲いかかる。
斧を振りかざし、猛然と突進するウルス。
「ヘッ、テメェら……逃がさねぇぞ!!」
凄まじい衝撃音と共に、地を這うような一撃がガルマークを襲う。
大剣で辛うじて受け止めたその瞬間、足元の瓦礫ごと吹き飛ばされる。
「…クソッ、こんなサメ一匹に手こずっている場合ではないぞ……!」
裂けた石畳、巻き上がる土煙。
そして、崩れかけた戦列――
聖堂門下の戦場は、アビスロック兵団の優勢に確実に傾き始めていた。
イェーガーは戦場の名残を見渡しながら、額の汗をぬぐった。
「……よし、こっちはもういい、ダンプ!モルド!俺たちもあの門の上に向かうぞ!」
「おう!」
巨大棍棒を肩に担ぎ、ダンプが勢いよく応じる。
その隣で、不気味な笑みを浮かべながらモルドが毒々しく囁いた。
「へへへ……ゼルバ・フォーンも、ついでにドゥームも……毒の海に沈めてやろうか」
三人はそれぞれの武器を構え、瓦礫の積もった場所から聖堂門をよじ登り始める。
その眼差しには、敵将の首を狩りに行く獣のような光が宿っていた。
――そのすぐ横では。
崩れた聖堂門の影、タイタンの傍らに集まる仲間たちの姿があった。
未だ意識の戻らぬ戦士を見下ろす表情には、憂いと決意が入り混じっている。
モーリスがその場に膝をつき、じっとタイタンの顔を見つめながら口を開いた。
「タイタンは俺とレクスで見ておく……お前らは戦ってくるんだ」
「おう! 蟲の王とやらを拝みに行くか!」
アルデンが拳を鳴らし、いつもの調子で気合いを込める。
「よし! ジルたちも心配だ! 行ってくるぜ!」
バレルは真っ直ぐに門の上を睨みつけ、背中を丸めて駆け出す。
そのあとをゴルザも無言で追い、強く握った拳が決意を語っていた。
タイタンの肩を抱えるレクスが、小声でぼやく。
「……タイタン。いつまで寝てんだ、起きやがれ……!」
そう言って、ぺしぺしと額を叩く。
そして、いくつもの想いが交差し、戦場の熱は最終局面へと突き進んでいく――。
旧軍司令所・地下――
荒れ果てたコンクリートの床に、鉄と怒声が交錯していた。
カイン率いるアビスロック兵団と、解放された捕虜たちが戦列を組み、ヴァイス率いるシャドウレギオン南部拠点の別働隊と激突していた。
轟音と共に巻き上がる塵煙の中――
その場の混乱に紛れるように、ひとりの男が気配を消す。
グレイ・スコルザ。
蒼白い光を放つ研究区画の奥へ、誰にも気づかれぬまま、ふっと姿を消した。
「さて、ここからが本番だ…」
低く呟き、闇に紛れるように、彼はその場を離れていく。
一方、その戦場では、激しい攻防が激化していた。
デューガンが雄叫びを上げながら金属製の大斧を振るい、モンバロの大斧がそれを受け止める。
一撃ごとに鈍い火花が散り、床の石板が砕ける。
ネフラッドの両腕が獣のように唸り、ダラン・クルスの短剣とぶつかり合う。
荒削りな中にも研ぎ澄まされた連撃が、互いの装甲を削る。
「おらあっ!」
ラッカーも鉄杭を構え、デューガンの援護に踏み出す。
だが――
その行く手に、鋭い殺気が立ちはだかる。
「ハハハ……お前のような小物は、ここで終わりだ」
レザックが嗤いながら、長身を揺らし、長剣を肩の位置に構える。
ラッカーとレザック――両者が勢いそのままに再び激突し、空間が裂けるような衝撃音が響いた。
その混乱の中――
カインが戦場を見渡す。
(……!? グレイ・スコルザが消えた……?)
周囲を一瞬で見渡すが、彼の影はどこにも見当たらない。
(…だが、今はこの敵を何とかしなければ……!)
槍を強く握りしめ、前を睨むが、敵の連携と気迫に隙を見いだせず、踏み込むに至らない。
その時だった――
ピリ、と背筋を走る殺気。
ヴァイスが眉をひそめ、背後に意識を向ける。
「……!? 何っ!」
すぐさま振り返ったその先に――
静かに佇む二つの影が、月光のような冷たい気配を纏って立っていた。
「そこまでだ」
そう言って前に出たのは、霧の幻影隊・隊長、シェイド。
その隣には、元ブルータイドの戦士――ゼオンの姿もあった。
「シェイド隊長……!」
カインは思わず声を上げ、安堵の表情を浮かべる。
その瞬間、トキシードが音もなく前に出た。
その巨大な体躯が、まるでヴァイスを守る盾のようにシェイドとゼオンの前に立ちはだかる。
対するシェイドは、ゆっくりと歩み出る。
瞳に冷えた光を宿しながら、短剣を逆手に構える。
「……ヴァイス。貴様らの計画は――ここで終わる」
静かな声音に宿る、揺るぎなき殺意。
その一言を合図に、ゼオンの足が地を蹴った。
風を裂くような勢いで、トキシードの首へと蹴りが放たれる。
だが――
「チッ……!」
ゼオンの目が、僅かに見開かれる。
トキシードの全身に走る棘が、まるで反射的に逆立ち、まるで刺々しい防壁のように変化していた。
ゼオンは跳躍中に体勢を制御し、足を止めて着地する。
鋭い眼差しでトキシードの全身を観察し、分析を巡らせる。
(……こいつはヒトデ魚人の一種か。ローレンスよりさらにタチが悪そうだな…)
ゆっくりと背中からデュランダルソードを引き抜く。
その音が静寂に響き、獰猛なトラザメ魚人の気配が一気に解き放たれた。
剥き出しの牙と殺気に、トキシードがわずかに身を引いたその瞬間――
シェイドの姿が、霞のように揺らめいた。
「……ッ!」
トキシードの横をすり抜けるように現れたその刹那、シェイドの短剣がヴァイスの首元へと迫る。
「……クッ!」
ヴァイスが顔をしかめ、身体を捻る。鋭く閃いた刃は、首筋をかすめて通り過ぎ、血の代わりに冷や汗を残す。
間一髪の回避。
その場の空気が、ピンと張り詰めた糸のように緊張感を高めていく――。
トキシードはヴァイスの援護に回ろうと一歩踏み出しかけたが、目の前の男から放たれる尋常ならざる殺気に、足が止まる。
ゼオンの眼差しが、獣のように光を宿していた。
トキシードの額に、冷や汗が滲んだ。
その隙に――
「チッ……舐めるなよ!」
ヴァイスが低く唸り、動いた。両手に構えた刀が交差し、その片方でシェイドの短剣を押さえ込む。そして、もう一方の刀を閃かせ、シェイドへと斬りかかる!
しかしその一瞬、背後から疾風のように突き出された槍がヴァイスを襲う――
カインの奇襲だった。
だが、ヴァイスは一瞬で反応し、シェイドの短刀を受け流しながら、片腕を捻ってカインの槍を受け止める。
「カイン――そのまま押さえてろ」
そう言ったシェイドの目が光り、彼の腰から伸びた細くしなやかな触手が、ヴァイスの足元へと走る!
だが――
ヴァイスは地を蹴って跳躍。触手が掴まんとした瞬間、軽やかに空中へと舞い上がる。
その滞空の間に、彼の刀が唸った。
――バギッ!
まず一刀でカインを槍ごと打ち抜き、吹き飛ばす。
「ぐあっ……!」
そして体を捻ると、もう一方の刀でシェイドに逆袈裟に斬りかかる!
「ッ……!」
シェイドがギリギリでその斬撃を受け流すも、ヴァイスの一刀が続けざまに足元の触手を斬り裂いた――
ザンッ!
肉が裂ける生々しい音。切断された触手が地面に落ち、うねりながら消える。
「――!?」
シェイドの表情がわずかに歪んだ。
「……クッ」
ヴァイスは着地し、わずかに膝を沈めながら構え直す。
ヴァイスの眉がわずかに動く。敵ながら、目の前の二人が只者ではないことを直感で見抜いていた。
(……この二人は手練だな。無駄に時間を食うわけにはいかん)
鋭い目線を戦場の奥へと向けると、声を張り上げた。
「レザック! モンバロ! ネフラッド! 早く終わらせろ!」
その言葉に応じて、三人は、動きを変える。
レザックが眉を吊り上げ、不機嫌そうにラッカーを見下ろす。
「……ヘイヘイ、遊びは終わりかよ」
次の瞬間、足が振り上げられ、ラッカーの腹部に強烈な蹴りが炸裂――
ドゴォッ!
空中を回転しながら吹き飛んだラッカーが、通路脇の瓦礫の山に激突した。
一方――
モンバロがニヤつきながら肩越しにヴァイスを振り返る。
「あ~ん?せっかく楽しんでるのによぉ?もう終わらせんのかよ!……なぁ?クソ魚ァ!」
顔面に返り血を浴びながらも、楽しげに歪んだ笑み。
デューガンは獣じみた唸りを吐きながら、モンバロを睨みつけた。
「フン、ボケ猿が……!動物園に帰って、飼育員に餌でももらってろ!」
グギギギッと斧が軋み、デューガンの全身の筋肉が爆ぜるように膨れ上がる。
互いに大斧をぶつけ合う狂獣と狂獣のぶつかり合い。鉄と鉄が火花を散らす。
「――ッ!」
その瞬間、モンバロが重心をズラし、足元を滑るように一回転――巨体とは思えぬ軽やかさで力の流れをいなすと、まるで曲芸師のような動きで斧をひねり返した。
「フンッ!!」
続けざまに腰を落とし、反動を利用して跳ね上がるように一撃!
デューガンの斧ごと、そのまま巨体を弾き飛ばし、後方の壁面に――
ゴシャアッ!
石壁が砕け、デューガンが崩れ落ちた。
埃が舞う中、ガレキを押しのけるように、デューガンがゆっくりと立ち上がる。
顔や肩に付着した砂埃を乱暴に払いつつ、歯噛みして唸る。
「チッ……猿まわしの猿みてえなマネしやがって……!」
怒りを滲ませながら斧を構え直し、血走った目でモンバロを睨み返した。
モンバロは鼻を鳴らし、口角を吊り上げた。
「フン……燃えてきたぜ!焼き魚にして喰ってやろうか?」
歪んだ笑みを浮かべながら、舌で唇を舐める。
デューガンの血走った眼光とぶつかり合い、空気が火花を散らすように張り詰めていく――。
そしてもう一人――
ネフラッドはその仮面の奥から、何も感情の見えない気配を放っていた。
一つ一つの動作に無駄がなく、冷酷なまでに研ぎ澄まされた刃が襲い来る。
「っ……!」
ダラン・クルスは、すでに何度目かの連撃を辛うじて受け流していたが――
「ぐっ……! な、何っ!?」
ネフラッドの動きが、さらに一段階速くなる。
今まで読み切れていたはずの軌道が、完全に視界から消え――
ジャッ!
防いだはずの刃の外側から、ネフラッドの刃が滑り込むように迫ってくる!
ダラン・クルスの表情に、焦りが浮かんだ。
(こいつ……っ、本気を出してなかったのか!?)
シャドウレギオンの猛者たちが、確実に局面を掌握し始めていた。
その気配が、じわりと全体に緊張を走らせてゆく――。
一方――
戦場の喧騒から少し離れた通路の奥、破損した壁の影に身を潜めていたバラスト、セリオ・ダルヴァン、そしてドクトル・ハイゼンは、ただその場を動けずにいた。
激化する戦闘の音が、建物全体に響き渡る。
バラストは静かに目を閉じると、自身の触手の一本――研究所の奥、制御室へと忍び込ませていた感覚に意識を集中する。
その瞬間――
(……!)
ぴくりとバラストの肩が動く。
(グレイ・スコルザ……!? なんでこんな所に――!?)
視覚情報が脳内に伝わってくる。
暗がりの制御室。その中心に立つ一人の男――グレイ・スコルザ。
鋭い眼が、無駄のない動きで研究データの束を次々と収集している。
そして……部屋の奥、隔離された繭から立ちのぼる紫がかった瘴気。
グレイはそれを、特殊な試験管のような器具で丁寧に採取していた。
どの動作にも迷いはない。まるで“知っていたかのように”作業を進めている。
(……瘴気の採取? こいつ、最初からこの研究所の目的を把握して動いていたのか?)
バラストの触手がわずかに揺れる。
(元ブルータイドだとは言っていたが……何者なんだ、あいつは……)
その疑念が、静かにバラストの中に芽生えていく。
闇の中で動く者――
表の戦場とは別に、水面下で“何か”が確実に進行していた。
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
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第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
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