夢想の本棚

きゐ

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1話 白い本棚

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 父の死を聞いたのは3年も後の事だった。というのも父とはもう10年以上会ったことがなかった。気づいたら母親ひとりに育てられていた。当時5歳の私はわけが分からず何度も母に理由を尋ねた。でも母はその度に濁して一向に口を割ろうとはしなかった。それから母親は働きながら私を育ててくれた。母には迷惑をかけたくないからバイトをしながら隙間時間は勉強をし、何とか給付で大学に行くことが決まった。父の事を知ったのはその後の、大学に行く準備をしていた1月末の事だった。勿論その話は母からではなく、久しぶりに会った母方の祖母の口からであった。
 聞いた当時は、一度は驚いたものの、特にそれ以上の感情はなかった。遠い過去のことで顔すらも覚えていない人に対して大した情もなかった。原因は車での事故だそうだ。
「それで、なんで今更そんなことを?」
「その時はユウキちゃん高校に入ったばかりだったし、本当はタイミングを見て教えてあげようとしたんだけどね。気づいたら受験も間近で、教えたらそっちに気が行っちゃうかなと思って、」
「いや、そんなことないけど。」
「あらそう。」
「でも、なんでおばあちゃんからそんな話を?」
父との連絡は一切なくなっていたが、父方の祖父母はまだ元気に暮らしていて、こちらのおばあちゃん達ほどではないが時々会うことはあった。父が亡くなってからも何度か会っているのに、このことを話すことはなかった。
「実は、別れた後あなたのお父さんはこの街にずっと居たの。だから私達はよく会うことがあったの。」
「でも、どうしてそのことを話してくれなかったの?」
祖母は難しい顔をして、
「私たちにはただ会いたくないとしか言ってくれなくって、理由なんかはあまり分からないわ。」
じゃあ、どうしてこの街に暮らしていて祖父母に会っていたのだろうか。一切の興味がなかった父に対して疑問が生まれた。
「お父さんはここで何をしてたの?」
「さぁ。それなら、後でお父さんの家に連れて行ってもらいなさい。おじいさんがもうすぐ帰ってくるから。」
そんなに遠い場所なのかと思い、私は祖父が帰ってくるのを待ち、15時過ぎ、帰ってきた祖父に話をして、家に連れて行って貰うことになった。車は田舎道を通り抜け、小さな山道をくぐった。そして暫くして、広い道に出た。目の前には大きな古い建物が複数並んでいて、私はそれ等がひとつの建物であることに気づいた。
「ここだよ。」
祖父は広い駐車場に軽トラを止めて私を下ろした。
「ほんとにこんなとこに住んでたの?」
「ああ、元々は市営の図書館だったんだけど、古いし立地も悪くってもう人も全然来なくてね。向こうに新しい図書館ができたからここはもう使われてなかったんだ。」
「使わないにしてもどうやって町の建物を貰えたの?」
「さぁ。廣田くん、何度も会ってはいたんだけど、じいちゃん達には仕事のことに関してはなんも教えてくれなかったからね。」
「そう。」
建物は、修理の後や中途半端に塗り直された壁の跡が目立つ。父は建物を治そうとしていたのか。ただ、三年も経っている。敷地内の草は無造作に生え、壁のペイントも色落ちや黄ばんでいるところがあった。すると、ひとりの小さな影が見えた。生えきった雑草に隠れるくらいの小さな子供が建物の柵の中で走っていた。
「子供、いるじゃん。」
「ん?子供?建物の中は誰も入れないはずだけど、」
「ほら、あそこ。」
「ごめんなユウキ。じいちゃん老眼で見えないよ。」
そんなはずはない。子供は柵から顔を覗かせている。全身がくっきりと見える。いくら老眼でも、影くらいは見えなるはず。子供はにっと笑い、また奥の方へ入って行った。
 それからユウキは気になって中に入りたいと言った。おじいちゃんはこの後直ぐに自治会があるそうなのでここで別れることになった。複雑な道だったが、おばあちゃん家からの距離は思ったより遠くなかったので、迎えは不要だと伝え、一応荷台に積んでもらっていたバイクをおろし、おじいちゃんは先に帰った。ユウキはその時貰った鍵で庭に繋がる門を開けた。庭の草を掻き分けながら、さっきの子供が走っていった方へ歩いた。ひび割れたレンガの道を辿って、濫りに歩いた。その途中、ひとりの影が草の裏で揺れているのが見えた。ユウキがその草を退けるとそこには何も無い。また自分の後ろを誰かが通った気配がしても、振り向いても何もいない。ユウキは気味が悪く、それでもその人影を追いかけてしまった。草木の道を抜けると、小さめの広間に出た。中央には机と椅子。周りには花壇が並んで倒れていた。左を向くと、建物のひとつ、ユウキの父の家だ。そしてここはテラスだ。他の建物が3階建てのなのに対し、ここだけが二階建てで、1階のここに面している部分はガラス張りで、中が覗けた。図書館なだけあって本棚が沢山あったが、何故かどれもドミノのように倒れていて奥がしっかり見える。窓ガラス越しに中の様子を除くと、さっきの子供が走って正面にある左側に向かっている階段を登っていった。二階に登った先はロフトになっていて、首を傾けるとギリギリ見えた。奥まではよく見えなかったが、そこにある本棚も1階同様倒れていた。が、ひとつだけ倒れていない本棚があった。ユウキは思い出したかのようにポケットから鍵を出し、建物の入口を探した。生い茂る草木の中から扉を見つけ、貰った鍵を差した。扉は開き、ユウキは中に入っていった。足元には大量の本がおちていて、慎重に足場を探しながらさっきの建物の場所を探した。1番奥まであるくと広いスペースに出た。目の前には窓ガラスの壁、後ろを向くとロフトがある。ユウキは階段を登った。そこには外からも見えたひとつの白い本棚があった。他の本棚は倒れているにも関わらず、別にその棚だけ特別固定されているわけでもなかった。しかし、その棚だけは本も1冊も置けるスペースがないくらいびっしりと敷き詰まっていた。
「どうしてこれだけ……。」
「ねぇ、お姉ちゃん。」
ユウキは声がするほうを向いた。さっきの子供が窓の縁に座っている。青いパーカーの少年だ。
「お姉ちゃんは読んでくれるの?」
「読んでって…、本のこと?」
「読んでくれる?」
少年はは不思議そうな顔で、でもどこか楽しそうにユウキを見ていた。そして本棚を見て、
「じゃあ、何がいいかな?」
と、本棚に手を掛けた。すると、本の隙間からひとつのメモ書きが落ちてきた。
「なにこれ?」

 少女はその花を探しに行くことにした。バケットにパンとりんごとコップ。それとお母さんに貰った黄色い傘を持って…

メモはこれしか書いてなかった。なにかの小説の1ページだろうか。しかし、手書きで書かれていたことには何かかかるものがあった。窓を通って風が吹いた。メモ紙は部屋の奥に飛んでいった。ユウキはメモが飛んでいった方を向いた。途中さっきの少年のいた窓が目に入った。そこにはもう誰もいなかった。頭を傾げながらも、ユウキは部屋の奥に向かった。その奥に、ひとつのドアがあった。紙はその扉の隙間を通り中に入ってしまった。
「これ、開くかな?」
ユウキは扉を引いたが、その扉はビクともしなかった。逆に押しても開かなかった。が、押しているうちに急に扉が開いてユウキは前に倒れた。どうやら本棚が扉を塞いでいたらしい。部屋の中は例のごとく大量の本と、机と椅子が置いてあった。床いっぱいに落ちてる本のせいで足場がない。ユウキは退かしながら椅子に座った。本以外にはペンと原稿用紙が何枚も重なっていた。1枚ずつめくったが、どのページも白紙だった。その途中、メモが書いてある原稿用紙か一枚混じっていた。箇条書きで、

 ・ジャンル:物語
 ・子供向け
 ・ファンタジー

それと、

意外性が欲しい。子供向けの本を読んだことがないのでよく分からない。

これは父のメモだろうか?さっきの本棚のメモ書きはこの作品の下書きだったのだろうか?そしてこの用紙だけちぎれていた。まだ続きが書いてあるのだろうか?ユウキは夢中で部屋の中を探った。途中気になる本が目に入り、ついつい読んでしまっていた。探しては読んで、探しては読んでを繰り返し、気づけば日は沈みきっていた。
 狭い空間は空気が重かった。でもそんなことを忘れてしまうくらい没頭してしまっていた。何冊か短い話を読み切った頃に、ふと我に返り、部屋を出た。ロフトはさっき少年のいた窓から月の光が差し込んでいた。唯一立っていた白い本棚が光に照らされていた。そして、その本棚に並ぶ本が全て、何か特別なものに見えるように光り輝く。ユウキはそれに見入ってしまっていた。つい無意識にその棚の本に手をかけてしまいそうになった。ユウキはポケットに入れていたここで拾ったメモを広げた。このメモはいったい何なのだろうか?父はここで何をしていたのだろうか?ここにはまだ、気になることは沢山あった。一度顔を上げもう一度本棚を見て、また目をメモにやった。月明かりに透けて、裏にもメモが書いてあることに気づいた。裏返すと、

 傘を広げ、暗い…川…渡っ……傘……星…の……天…っ。

文字が滲んでいてなんて書いてあるのかよく分からない。ユウキは窓から顔を覗かせた。空にはたくさんの星が、光り輝いていた。この周りには建物がなかったため、邪魔な光や視界を遮る建物もない。今まで見た事のないような満天の星空にユウキは自然と笑みがこぼれていた。
 それからユウキは暫く余韻に浸ってたから、バイクで祖父母の家に帰った。そして、あの図書館に住みたいという旨を伝えることに決めた。
 図書館の屋根の上にはひとりの少年の影が、月に照らされその背中は何かを楽しみに待っているようだった。
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