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3章 とある魔王の運命

魔王の運命1

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 一人の少年が夜の世界を歩いている。棒付きのキャンディを口でコロがしながら、トボトボと歩いている。しかし、普通の道を歩いているのではない。暗闇が広がる夜の空。その広大な空間を少年は歩いていた。少年の足元には大きなビルが立ち並び、光の海とでも表現しようか、光り輝く都会の街並みが広がっている。眠らない街。そんな街の上空を、人知れず少年は歩いていた。そろそろ、世界が変わるな。少年はそんな気配を感じていた。そろそろ辿り着けるだろうか。世界樹の図書館に。


 ハトはボーっとした意識の中で目覚めた。一瞬、自分がどこで眠っていたのかわからない。自分の部屋ではない、ということだけはハッキリとわかった。身体に柔らかな毛布が巻かれていることに気がついた。ふと、隣に人の気配を感じ、顔を向ける。アルブルヘムが優しい笑顔を向けていた。

 アルブルヘムはいつものように、世界樹の図書館中心部のカウンターに腰掛けていた。ハトは自分がカウンターの隅で丸まって寝ていた事に気がついた。

「おはようございます。ハトさん」

 いつものアルブルヘムの笑顔に、ハトは心地よさを感じている。

「おはようございます。すいません。僕、また、気がついたら……」

「かまいませんよ」

 ハトの頭にアルブルヘムの手がそっと触れた。『仕事』のため、カウンターを動けないアルブルヘムのために、最近は、ハトもカウンターで一晩を共に過ごすことも多くなっていた。と、言っても、ここには時間の概念がない。そのため、晩という概念でなく、長い時間を二人で過ごしていた。

「アルブルヘムさんも、休めましたか?」

「ええ。私も先ほどまで、休んでいましたよ」

 アルブルヘムはそう言ったが、ハトはアルブルヘムが睡眠をとっているところを見たことがなかった。ここ、世界樹の図書館にはトイレや入浴施設など、生活に必要な施設はほとんど揃っている。ハトは木の精霊の力を借りながら、それらを自由に使っていた。しかし、アルブルヘムが使っているのをハトは見たことがなかった。


「アルブルヘムさん?」

「はい?」

 ハトは少し不安になって、アルブルヘムの名前を読んだ。いつもと変わらない、優しい笑顔を向けてくれる。その表情も、頭から流れ込んでくる、少し冷たいけど柔なかな温もりを感じる掌も、アルブルヘムが生きた人間の証のように感じる。

「な、なんでもありません」

 ハトは咄嗟に恥ずかしくなって視線を外した。アルブルヘムは答える代わりにハトに微笑みかけると、空いている片方の手をヒラヒラさせて木の精霊に合図を送った。

「それでは、食事にしましょうか?」

 今日、精霊たちが用意してくれたのは木の実のパイだった。赤く熟したその実は、甘さの中にもしっかりと酸味を残しており、とても美味しかった。いったいこのパイはどんな材料を使い、どのように焼かれているのだろう?そんなことを考えながら、ハトがパイを食している時だった。

「おや?お客様ですね」

 コトリと木のマグカップをカウンターに置きながら、アルブルヘムは言った。
 これで3人目だ。ハトも訪問者の存在には、慣れて来ている。

「そういえば、ハトさんは初めてですね。違う世界の住人と会うのは」

 違う世界。ハトも運命の書のなかで、その存在を認識していた。しかし、実感はなかった。自分の住んでいた、ハドホックの世界以外にも、無数の世界が存在していることに。

 ハトは、じっと、世界樹の図書館の入り口を見つめていた。
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