死刑囚ピエロ

近衛いさみ

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1話

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 闇夜に青白く鋭い光が輝く。それはまるで月がふたつ夜空に輝いているように錯覚する。しかし、目を凝らして見れば、それが研ぎ澄まされたナイフだと気が付く。
 カンカンカンと遊ぶかのように、その大きなナイフを木々に打ちつけながら夜の森を歩いていた。本当にそれが人なのだろうか? 不気味な姿を月明かりが照らしていた。
 まるで道化のような姿をしている。真っ白い仮面を被ったその顔には涙のマークが描かれている。片方は凍りそうなほど冷たい青。もう一方には血のような赤。目はまるで感情を失ったかのように不気味に揺れていた。その目が、遠くの一点に獲物を見つけた。まるでカメラのレンズのように、その一点に視界がフォーカスされる。
 道化はすごい勢いで駆け出した。身軽な動きで木々や地面から突き出した根を躱していく。その動きはまるで体重の少ない子どものようだが、大きいマントですっぽりと体を覆っているので、その体格は計り知れない。
 道化の視線の先には、一人の男が歩いていた。ナロという名の男だ。この男は何人もの女を騙し、多額の借金を背負わせた後に殺していった凶悪犯だった。しかし、そんなことは道化には関係がない。道化はナロが気が付く前にすぐ後ろまで接近していた。足払いをかける。
「うぉ」
 情けない悲鳴をあげ、ナロが地面に転がる。少しうるさいな。そう感じた道化は躊躇なく、ナロの喉にナイフを突き立てた。
「ーーーー!!」
 あまりの衝撃にナロが悲鳴をあげようとするが、喉に空いた大きな穴から空気が漏れるだけで、叫び声は口にまで達することがなかった。ナロが何かを叫ぼうとするたびに、喉の傷からジュワジュワと血が噴き出してくる。
 道化はそのナイフの感触に浸っているようだった。手に伝わる久しぶりの感触にブルブルと身を震わせていた。
 そんな道化の様子を見て、ナロは距離を取ろうともがいた。しかし、一向に前には進まない。ナロの足をしっかりと道化が踏みつけているのだ。気持ちのいい余韻を邪魔された道化は次にそのバタつく腕が邪魔になってきた。道化はナロの脇にナイフの刃を入れた。骨の関節をうまく避けながら一息に断ち切る。体から離れたナロの腕はもう動かなかった。
 少し遊びすぎたかな? 道化は後悔していた。ナロの血をふんだんに浴びたナイフは、血糊でベトつき始めていた。このままではすぐにその鋭い切れ味を失ってしまう。そうすれば、道化の一番の楽しみに辿り着けなくなってしまう。
「……楽しい時間はあっという間なんだな……」
 道化はぽつりとつぶやく。その声は少女のように高音だった。
 道化はゆっくりとナイフの刃先をナロの喉元に動かす。鎖骨の間、その一点にゆっくりとナイフを沈み込ませる。痛みでナロの顔は歪んでしまい、ぐちゃぐちゃだ。しかし、道化はもうナロの顔など、見てはいなかった。
 道化は鎖骨から真っ直ぐにナイフを下に下ろす。肋骨の中心をゴリゴリと削りながら胸の皮を剥いでいく。鮮血が鮮やかに流れる。手に当たる生暖かい血の感触。骨、肉、皮を裂く感触。道化の1番好きな解体だ。ナイフから伝わる感触を十分に味わいながらナイフを切り進める。柔らかな腹の部分に差し掛かった時だった。道化の頬に少し生暖かい風がかかる。もうじき夜が明ける。急に道化の目つきが変わる。目の前の解体作業にまるで興味がなくなったようだ。道化はナイフを抜きとると立ち上がり、ゆっくりと森の奥へと歩き出した。

 ユーキが目を覚ました。隣では妹のヒョウが可愛い顔で眠っている。少しは昨晩の疲れが癒えただろうか? ユーキは起こさないようにそっとヒョウの頬を撫でた。
 視線を感じてユーキは顔をあげる。向かい側で1人の男がこちらを見ている。刈り上げられた短髪に鋭い目つき。筋肉流流のガッチリとした体格をしている。
「起きたか? ガキ」
 目の前の男はぶっきらぼうに言った。
 昨晩森を歩き彷徨っていた3人は、偶然に今いる廃墟のような古びた煉瓦造りの建物を見つけたのだ。しかし、その建物には先客がいたのだ。今目の前にいる男シタラだった。
「す、すいません」
 ユーキは咄嗟に謝ってしまう。自分でも何に謝っているのかわからない。
「はぁ? なんだそれ。俺はガキを痛ぶる趣味はねーよ。それに、状況がわかるまでは協力しようって協定を結んだろーが!」
 シタラは少し身を乗り出しながら興奮気味に言った。ユーキの態度が気に入らなかったようだ。
 ユーキは目を伏せ、次のすいませんを飲み込んだ。
「あれ? みんなもう起きていたのかい? 早いね。いや、僕が遅いのかな?」
 気まずい雰囲気の中、アランが助け舟を出すように目を覚ました。
 みんな? ユーキがふと隣に目をやるとヒョウもいつの間にか目を覚ましていた。まるで人形のようにユーキの隣にチョコンと座っている。
「とりあえずみんなゆっくり休めたようだね」
 アランが一通りみんなの顔を見渡して言った。
「じゃあ、さっそく今置かれてる情報を整理すっぞ。まずは自身の身の上話からだ。俺たちが囚人ってなら訳ありの奴らばっかのはずだしな」
 シタラは勢いよく立ち上がった。
「まずは俺からだ。俺はシタラ。28歳だ。俺は根っからの極悪人だからよ。強盗団の幹部をやってんだ。今までにぶっ殺した人数も片手じゃ数えらんねぇ」
 シタラは自分が話終わると目の前のユーキに顎で合図した。
 ユーキは重い口を開き、ポツポツと話し始めた。
「僕はユーキ。僕の両親は死んだ。僕が5歳。妹、ヒョウはまだ3歳だった。殺されたんだ。泥棒に。そこからは自分達だけで生きていかなくちゃいけなくなった。わ、悪いことも沢山したよ。食べ物を盗んだり、財布をスッたり。……生きていくためには、これしかなかった」
 ユーキはそれっきり俯いた。決して人に話す内容ではない。
「で? オッサンは?」
 シタラはユーキの話など興味ないようにアランの方を見た。
「僕も同じだ。し、し、仕方なかった。生きていくためには」
「チッ」
 急に泣きべそ声になったアランをシタラは軽蔑を込めた目で見た。
「金を盗んだ。それだけだ。たった100万ぽっちだ。会社の金を100万ほど盗んだだけだ。それだけで殺されんのかよ?」
 アランは今にも泣きそうな顔をしていた。
「もういい。こんな話聞いてても胸糞悪くなるだけだからな」
 話が終わってもグズグズしているアランにシタラがピシャリと言い放った。
「けどよ? 俺はともかくとして、こんなガキが殺されなきゃなんねーのはおかしくねぇか? この状況が刑ってことは、執行人に殺されることが刑なんだろ? お前達言ってたよな? 執行人に男を殺されるのを見たって」
「あ、ああ。アキラという男だ」
 少し冷静を取り戻したアランが答えた。
「何者だ? アキラって?」
「知らん。偶然森で会っただけだ」
「クソ使えねー。結局何もわからずかよ」
 シタラは投げやりな態度で言った。
「そんなことないかもしれない……です」
 ユーキは思っていたことを話そうと、恐る恐る言い出した。
「ああ?」
 シタラ話は聞くようだ。
「間違ってたらすいません。僕の仮説なのですが……。執行人も刑を受けていた人だとしたらどうでしょうか?」
「あ? どういうことだ?」
「もしも執行人がいて、一人ずつ殺していくなら、こんな森に放り込んで、なんて面倒なことするでしょうか? もっと狭い部屋に一人ずつ閉じ込めて、殺して行けばいい」
「確かにそうだね」
 アランもユーキの話に納得している。
「で? 執行人じゃなくて犯罪者だったらどうなんだ?」
「う、うん。僕たちと同じようにこの森に入れられた殺人鬼が、偶然森で武器を見つけた。その武器で他の人を殺そうと思ったんじゃないかな? 昔そんな映画を見たんだけど」
「よくある手の映画だね。集団を一つの空間に閉じ込め、武器を与えて殺し合わせる……。今の状況はそれに似ているのかもしれないね」
 アランがうなずく。シタラはよくわかっていない様子だ。
「で、それならどうなんだよ」
 シタラは自分だけよくわかっていない状況に苛立った様子だった。
「確かめたいことがあるんだ」
「他にもあるかだね」
 ユーキとアランは見つめ合い、お互いの意見を確認し合った。
「だから何がだよ」
 シタラはイラつき、今にも掴みかかりそうだ。
「武器です。みんなで殺し合わせるなら、他にも武器が置かれている可能性が高いです」
「なるほど。武器が見つかりゃ、少しは敵に対抗できるな」
 シタラも武器を探しに行くことに同意してくれた。
「まずはこの屋敷から探そうか」
 アランの提案で4人はひとまずこの屋敷の中を探すことにした。自分たちが身を置いている場所の詳細を把握したいとの思いもあったのだろう。
 煉瓦造りの古い建物だ。1階に2部屋、2階に2部屋ある小さな屋敷だ。驚くことに窓は1つもない。4人は初めにいた屋敷の出入り口のそばにある部屋を出て、奥の部屋に進んだ。初めの部屋と同じような空間が広がっていた。古びた木の棚があるが物は何も入っていない。部屋の隅には2階へと続く急な階段がかけられていた。4人は細心の注意を払いながら階段を登っていった。
 2階の部屋は1階とは打って変わって物が溢れていた。一つ目の部屋には沢山の本が散らばっていた。動物か何かが荒らしたような形跡で、ほとんどの本がボロボロに破かれている。隣の部屋は重たい鉄の扉で繋がっていた。
 隣の部屋は寝室のような作りだ。柔らかそうなベッドが置いてあった。この部屋は手前の部屋のように荒らされてはいない。このままここで暮らすことも可能なほど、整っている。ベッドの脇には小さなテーブルがあり、古いランプが置かれていた。
「これ、使えるかな?」
 アランが試しに持っているライターでランプに火をつけてみた。小さな灯りがランプに灯った。
 優しい光が部屋全体を包んだ。
 部屋にはベッド以外の家具として、引き出し付きのテーブルが置かれている。ランプを持ったアランはその引き出しに手をかけ、ゆっくりと引いた。
 4人は引き出しの中を覗き込む。中には小型のナタが入っていた。本来は薪を割るための道具だが、今のこの状況下では、このナタは人を殺す凶器以外の何者でもないように4人の目には映った。
 4人はナタを見て息を呑んだ。武器があった。やはり、この森の中で殺し合いを促しているのだろうか。しかし、今のこの状況は非常にまずい。信頼関係などない間柄の4人の前に、一つの武器があるのだ。武器を手にした物のイニシアチブが上がり、優位に立ててしまう。その気になれば、武器を持つものが他の者を従えたり、皆殺しにしたりすることができてしまうのだ。
 そんな状況を4人は瞬時に悟った。
「なぁ、これどうするんだ?」
 一番最初に口を開いたのはシタラだった。自分が主導権を握ろうと考えた訳ではなく、純粋に皆に意見を求めている感じだ。
 その問いにアランが答えた。
「正直に言うよ。僕は選べるなら、この武器を手にしたい。この状況で不安なのは皆も同じだろ? 少しでも力を手に入れたいと思うはずだ。けど、今僕が武器を手にしたら信頼関係は築けず、この中で傷つけあってしまうかもしれない。それは良くないことだと思ってる」
 正直に意見を言ったアランをシタラは睨みつける。
「そこでだ。この武器はヒョウちゃんに持っていてもらうのはどうだろうか? この中で一番弱いのは小さな女の子のヒョウちゃんだ。正直、このナタを持っていたところで僕たちのような大人の男だったら負けない自信もある。どうかな? シタラ?」
 アランはシタラに同意を求めた。
「俺は、別に構わないぜ」
 シタラも同意したのでナタはヒョウが持っていることになった。とても小さなナタだが、小柄なヒョウが持つととても大きい物のように感じる。
「この部屋が一番過ごしやすいな。入口からも遠い。これからはこの部屋で過ごすことにしようか。ちょっと怪しいが、ベッドもある」
 アランの提案に皆がうなずく。
 その後、アランとシタラは侵入者が来た時のために入口に音が鳴る仕掛けを作った。と言ってもドアが外から開けられると立てかけてある棒が倒れ、金属の板とぶつかって音が鳴るといったシンプルな仕掛けだ。幸いこの建物に窓はないのでこれでほとんどの侵入者には気が付けるはずだ。
 4人は明日以降少しずつ外の探索も行うことを確認し、その日は休むことにした。ヒョウがベッドを使い、ユーキとシタラ、アランが床で休む。ヒョウはしっかりとナタを抱き抱え、眠りに着いた。
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