死刑囚ピエロ

近衛いさみ

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3話

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 3人の男が暗い森の中、焚き木を囲んでいた。髭を生やした男と小太りの男、それに金髪の男だ。どれも30代後半くらいだろうか。男たちは楽しそうに今日の収穫を話し合っていた。
「がはは。この森はすげーな。探せば探すだけ凶器が出てくんだからな」
「これは斧か。ちょっと小ぶりだけど使えそうだな」
「でも、一番の収穫はこれかな」
 そう言うと小太りの男が一際大きな銃を掲げた。
「ショットガン。俺もゲームの中だけでしか見たことねーよ」
「こんなお宝、この森を抜け出して持ち帰りてーな」
 金髪の男が言った。
「しかし、あの陰湿メガネのやつがごちゃごちゃ言ってたな。ここは広い島になっていて簡単には抜け出せねーよって」
「あぁ、昼間にあった奴な。癇に障るやつだったな。このショットガンで脅したら一目散に逃げて行きやがった」
 男達は顔を見合わせ、高笑いをあげた。
 そんな男達の背後に、道化が近づいていた。
 道化は気配を消し、ゆっくりと近き舌なめずりをしている。3人なんて、夜明けまでに全部楽しめるだろうか。
 道化の気配を感じ、小太りの男がショットガンの銃口を向けた。
 道化は茂みから出て立ち上がる。
 その、道化の姿をみて、髭の男が悲鳴をあげた。
「お、おい。コイツってあの。こ、氷日(こおりび)のピエロ?」
「氷日のピエロってあれだろ。東京か何かの都市伝説の。氷が張るような気温が落ちた寒い夜に現れる猟奇殺人鬼の伝説だろ? 作り話じゃないのか?」
「で、でもよ。あのピエロみたいな格好……」
「それに、氷日のピエロって二人組って話だぞ」
「ひ、一人だけがこの島に連れてこられたんじゃ……」
「どっちでもいい。やっちまえ」
 金髪の男の号令で小太りの男がショットガンを発射した。道化はその銃口の向きを見、弾道を予測しながら弾を躱した。
「か、躱した。ば、バケモンか」
 素人の射撃など避けるのはそこまで難しいことではない。道化はヒラリと身を翻し、小太りの男の懐に潜り込むとショットガンを弾き飛ばした。小太りの男は地面に転がる。
 すぐさま道化は視線を流し、金髪の男の足首に切りかかった。金髪の男は足に力入らず、その場に倒れ込む。アキレス腱が裂け、泡を吹いた血が滴り落ちる。見下ろす道化。その手には先程のショットガンが握られていた。
「腹を撃ち抜くのが楽なんだけどな……。楽しみが減るのは少しでも避けたい」
 そう独り言のように呟くと、道化は金髪の男の頭目掛けて引き金を引いた。男の顔がスイカのように弾けた。脳血で道化の仮面が赤く染まる。
 何が起きたかわからない。髭の男は呆然と頭のない、金髪の男の死体を眺めていた。もう金髪だったかどうかもわからない。髭の男は思考が完全に停止してしまったかのように動けない。
 男の胸にチクリと痛みが走る。それは紙にインクが染み出していくように体全体へと広がっていった。
 男は自分の胸に突き立てられたナイフを見る。大きいナイフだ。きっと心臓に到達しているだろう。その刹那、男の意識が途切れた。
 道化はナイフから髭の男を引き剥がすとキョロキョロと周りに視線を向ける。小太りの男の姿が見えない。
「くっ」
 逃げられた。まぁいい。道化は二つの死体に目を向けた。
 楽しみはまだふたつある。
 道化は狂ったように死体に飛びついた。

 古煉瓦の家でユーキは目を覚ました。と言うより、覚まされたと言う方が適切かもしれない。古煉瓦の家の入り口に設置してある侵入者用の警報が作動したのだ。室内にけたたましい金属音が鳴り響く。その音で全員が目覚めた。
(シッ!! いいか? 様子が確認できるまで、物音を立てるんじゃないぞ)
 アランがヒソヒソ声を立てる。
(俺も確認に行こう。ヒョウ。ナタを貸してくれるか?)
 シタラはそう言うとヒョウに向かって手を伸ばした。ヒョウは肌身離さず持っているナタをシタラに手渡した。アランは弾の入っていない拳銃を構え、ドアを出て言った。
 ユーキとヒョウはベッドに身を潜めた。

 アランとシタラは階段を降り、建物の入り口へと向かった。物陰から入口を確認する。侵入者は手作りの警報に驚き、戸惑っているようだ。小太りの男で、かなり切羽詰まったような雰囲気だ。何者かに追われてでもいるのだろうか。
 アランとシタラは武器を見えるように構え、小太りの男の前に出て行った。
「後ろを向いて手を上げろ」
 銃を構えたアランがそう言い、詰め寄る。小太りの男は言われた通り、背を向け、手を挙げた。その隙にシタラが男の身体を調べる。武器のような物を持っている形跡はない。
「た、頼む。信じてくれ。どこかに隠れなきゃ。こ、殺されてしまう」
 男はしどろもどろに言った。
「殺される?」
 アランの問いに男は奇声のような叫び声で答えた。
「氷日のピエロだ!!」

 二人は小太りの男をユーキ達の待つ2階の部屋に連れて行った。念のため武器を構えたままだ。
「とりあえず話を聞こう。説明してくれ」
 アランは男に質問した。
「あ、あぁ。俺はノロ。仲間と3人で行動していたんだ。けど、昨晩殺された。一人のピエロみたいな格好をしたやつに。あれは噂に聞く氷日のピエロだ」
「氷日のピエロだぁ?」
 シタラは眉を顰めた。
「聞いたことあるな。東京を中心に出回っている都市伝説のような物だ。氷日のピエロっていう二人組の殺人鬼だ。確か……、霜が降りるような寒い夜だけ犯行を行うって。人間の皮を剥いだり、内臓を引きずり出したりって結構酷い殺し方をするんだってね」
 アランが説明する。
「だから氷日ですね」
 ユーキもぽつりと呟いた。
「で、何をそんなにビビってんだ? お前ら3人もいたんだろ?」
 シタラがノロにつっかかっていった。
「だ、だけど殺された。しかもこっちは沢山の武器があった。ショットガンだってあったんだ。なのに……。あいつは人間じゃない」
 その時アランは一人の男の死体を思い返していた。龍堂組とやらの男の死体。腹がズタズタに切り裂かれた姿。あれはもしかしたら……。
「と、とにかく匿ってくれ。何もいらないから。ただ、ただここに置いてくれるだけでいい」
 ノロは頭を低く下げた。
「どうする?」
 シタラは呆れたように聞いた。
「ん~。正直、面倒ごとは持ち込んでほしくはないな。氷日のピエロってのが本当にやばい奴だったとして、匿うことにより、僕たちも危険になるわけだろ?」
 アランはノロを見捨てる気のようだ。
 ユーキが口を開いた。
「僕はノロさんを匿ってもいいと思ってます。ここが何処がわからない状況で、誰だって不安なんです。僕たちもそうでした。アランさんやシタラさんと会うまでは生きた心地もしませんでした。こんな状況だからこそ、助け合いたいです」
 ユーキはアランとシタラの顔を見つめた。
「だけどよ、ここにいるってことはコイツも犯罪者ってことだぞ?」
 そう言うとシタラはノロをキツく睨みつけた。ノロはその丸い身体をさらに丸める。
「僕は信じます」
 ユーキはシタラを見つめた。
「わーたよ。俺は従うよ」
 そう言うとシタラは拗ねた子どものように手にしていたナタをヒョウに手渡した。
「しょうがないね」
 アランも納得してくれたようだ。
「そのかわり、こっちの指示には従えよな。デブ!」
 シタラはノロを怒鳴りつける。ノロは小さくなって頷いた。
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