死刑囚ピエロ

近衛いさみ

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5話

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 道化は狭い部屋の中で壁にもたれていた。薄い意識の中で遠くから声が響いてくる感じだ。どうやらあまり長いはできそうにない。道化は少し考えたが、やめた。早く人を、肉を切りたかった。しかし、夜はまだ。自分は覚醒していない。もっと、もっと、寒くならないものか。
 道化はそっと目を閉じた。

 ユーキ達の目の前に現れた地下への階段。その不気味な空間を前に、どう行動するべきか決めかねていた。
「何を躊躇してるんですか? この先に放送の男がいるかもしれないんですよ?」
 カノエが言う。しかし、不気味である。
「そんなこと言って、オメーがピエロの仲間で、俺たちを嵌めようとしてっかもしれねーだろ?」
 シタラはいまいちカノエのことを信用していない。
「確かに危険はある。けど、降りてみないことには状況はわからないからね」
 アランはこの状況が打開できる可能性があるなら、先に進むつもりのようだ。
「お、俺は……」
「オメーには聞いてねーよ」
 ノロが意見を言おうとしたが、イラついたシタラが叫んだ。
「で? オメーらはどうなんだ?」
 シタラが流れでユーキ達に聞いた。ユーキはまだ先刻の事で塞ぎ込んでいる。
「……僕らは、どうでもいい、です」
 ポツポツと喋った。
「……これだからガキは。わーったよ。とりあえず降りてみる。ただし、カノエ。オメーの事は俺が監視するからな」
「ご勝手に」
 話はまとまったようだ。アランを先頭にカノエ、シタラが続き、後ろをノロ、ユーキ、ヒョウがついていく隊列だ。6人は階段を降りた。階段の下は狭い通路のようなものになっている。左右に伸びた通路の先は暗く、見えない。
「ん~。困ったな。どっちに行こうか?」
 アランが左右を見比べて言う。
「二手に分かれるのはどうだ?」
 なぜか探索にノリノリになっているシタラが言った。
「いや、ここで分断されるのは良くないですね。ただでさえ私たちの中には信頼関係というものがないですからね」
 カノエが冷静な様子で反論した。シタラが食ってかかると思ったが、大人しく引き下がった。それだけ正論なのだろう。
「適当にどちらか進んでみようか? た、例えば右に行ってみて、行き止まりなら今度は左とか」
 ノロが珍しく意見を挟んできた。だが、それが気に食わなかったのか、シタラが大声を上げた。
「誰もテメーには」
 その怒号をアランが静止する。
「彼の言うことも一理あるかと……」
「バカやろー‼︎  こんなヤツの決めたことに従えるか! 俺はゴメンだ」
 アランの態度が火に油を注いでしまったようだ。シタラはアランの手を思いっきり振り落とした。その激しさにアランも顔をしかめる。
「は~。わかりました。貴方は違う方に行ってください」
 そう言ったカノエの顔を驚いたようにみんなが見た。合理的なカノエがそのような提案をするとは誰も思えなかったのだ。
「……かといって一人にするわけにはいきません。私が行きます。どうでしょうか? 心配ならあなた方のメンバーからも人を出してもらってもいいですが」
 アランとユーキは目配せをした。この状況でシタラを一人には出来ない。かといってカノエと二人も不安だ。今の怒りの状況でシタラはアランを受け入れないだろう。
 ユーキは頷いた。
「ぼ、僕も行きます」
 ユーキが名乗りを上げた。
 しかし、さすがカノエだ。テロリストとの話だが、もしかしたらテロ組織をまとめ上げていたのかもしれない。シタラの様な人間はこうでもしないと納得できないことを知っているのだ。現に、この状況を収めてみせた。
「では、私たち三人は左にいきましょう。残りの皆さんは右に。いいですね? シタラさん」
「お、おう」
 話はまとまったようだ。ユーキはナタを持つヒョウの手をぎゅっと握りしめた。
「ヒョウ。少し離れちゃうけど心配すんな。アランさんもついてる。それに、何かあれば大声でよべ。兄ちゃんがすぐに駆けつけるからな」
「うん」
 ユーキはヒョウと別れ、シタラたちの後を追った。

「しかし、不思議なところだね。地下室とも違うし、洞窟とも違う。明らかに人間が作った地下道だ。こんなもの何のためにあるんだろうね」
 用心深く進みながらアランが言った。しかしそれに返事を返すものはいない。ノロは先程の一件以来、俯いて黙ったままだ。ヒョウは、まぁ答える気がない。
 アランは小さく息をはき、気を取り直して歩き出した。少し行くと左手の壁沿いに一つ、奥の突き当たりに一つ、ドアが見えた。
 3人は息を呑んだ。どちらかのドアを開けなければ先はない。しかし、ドアがあるということはどこかにつながっているということなのだろうか? もしくは部屋があるのか? どっちにしても不安なことにはかわりはない。
「い、行くよ」
 アランは近い方、左手のドアを開いた。そのさきは何もない小さな部屋だった。4畳もないだろう。物置か何かだろうか。しかし、今は何もない。ただの狭い部屋だ。
「ふ~」
 誰ともなく息を吐く。
「よし。次に奥のドアに進んでみよう」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。少し休憩しないか? 幸いここは安全なようだし……」
 ノロが情けない声を上げた。しかし、この緊張の連続で疲労を溜め込んでいるのも事実だろう。
「わかった。休んでいいよ。僕は少し先の様子をみてくる。5分で戻るから」
「5分……。もう少し休みたいけど。わかった。待ってるよ」
 ノロはヘナヘナと地面にしゃがみ込んだ。
「ヒョウもな。すぐに戻るから」
 アランはヒョウに言った。ヒョウは小さく頷いた。

「クッソ! あのデブ! 自分の立場を忘れてんのかよ。あークソ‼︎  あのデブよりすげーもん見つけてやる。行くぞ、オメーら」
 デカめの文句を垂れ流しながらシタラが先頭で進む。シタラは少し目的がすり替わってしまったようだが……。シタラの後をカノエとユーキが進む。
「……この先には、部屋があるんですかね?」
 ユーキが周りを見渡してぽつりと言った。
「どうだろうね。地下道のような作りになっています。隠し通路のようになっていて、外に逃げる時に使うものかもしれないですね。はたまたこの先に地下室があり、放送の男が隠れているのか。後者であって欲しいものですが」
 ユーキは背筋が寒くなるのを感じた。この通路が外とつながっているかもしれない。ユーキたちが中を散策している間に誰か入って来る危険を考えて、入ってきた入り口にトラップを仕掛けてきたが、この通路が外につながっているなら、誰かが先回りして待ち伏せしているかもしれないのだ。
 そんなユーキの表情を読み取り、カノエはポツリと言った。ユーキにだけ聞こえるように。
「氷日のピエロ……」
「えっ?」
 ユーキはカノエの顔を見た。
「氷日のピエロが隠れいるのか心配しましたか?」
「い、いや」
「確かに外とつながっていた場合、ピエロが隠れている可能性はありますね。しかし、私はその可能性は少ないと思っています」
 カノエは前だけを見ながら淡々と言った。
「なんで?」
「私の組織の掴んでいる情報です。裏社会では氷日のピエロは有名ですからね。私たちも一応マークはしていました。私たちの掴んでいる有力な情報です。数少ない目撃証言。ズバリ、氷日のピエロの正体は……少女です」
「少女?」
 ユーキは嫌な汗を感じていた。こんな話を今、このタイミングですることが意味することは……。
「ええ。これは間違いない情報です。まぁ、この島にいるピエロが本物の氷日のピエロならですがね。そして、おそらくこの島に、少女は一人しかいないでしょう」
 ユーキは後ろを振り返った。闇の先にいるはずのヒョウを探そうとする。
「お察しの通り、私は氷日のピエロはヒョウちゃんだと睨んでいるのですよ」
「カ、カノエさん?」
 ユーキはカノエの顔を睨んだ。
「そう怒らないでください。これもこの島のみんなを守るためです。疑わしきは罰せよ。私はそうして生きてきました。今回も、その教えを実践するだけです」
「ヒョウをどうするんですか?」
「実は、私にはもう一人協力者がいましてね」
 カノエの目は笑ってはいない。

 そろそろ5分経つかな? ヒョウは目の前のドアを見た。そろそろこのドアからアランが戻ってくるはずだ。しかし、時計を持っていないヒョウには時間がわからない。
 その時だった。ノロが音もなく立ち上がった。
「?」
 ヒョウは首を傾げた。もう休憩は終わりなのだろうか?
 ノロがヒョウとの距離を詰めてくる。ヒョウは思わず後ずさった。
「ちっ。ガキが」
 ノロはそう吐き捨てた。ノロはヒョウに手を伸ばす。ノロはナタを構えた。
「いい反応だな。だけどな~。ダメだ! 俺はまだ武器を隠してるんだな~」
 ノロは自分の腹に腕を突き刺した。パツンパツンのTシャツに血が滲む。
「痛てーからあんまりやりたくはないんだけどな~。ぐへへ。お腹には爆弾が沢山なんだ」
 ノロはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら黒く丸い物体を取り出した。詳しくはないヒョウにもそれが手榴弾の類なのはわかった。
「そ、そんなものなんで?」
「なんでって、こういった時のためだろ? お腹の中に爆弾ってのは意外と便利なんだぜ。これのおかげで何度命を救われたかな」
 そう言いながらノロは自分のお腹を愛おしそうにさすった。
「簡単な話さ。俺を殺したら爆弾が爆発するぞって脅せばいいんだから。まぁ、そんな機能はないんだけどね。ゲヘヘ。後はムカつくヤツをこの爆弾でぶっ殺すこともできるからな~」
 豹変していくノロ。それに呼応するようにヒョウはどんどんと青ざめていった。怖い。怖くて声も出せない。
「ムカつくヤツ。そうだよ。あの筋肉ゴリラヤンキー‼︎  俺のコトを散々コケにして小突きやがって。殺す。殺す。ぶっ殺してやりてー。あーあー。ガマンしてきたんだ。ずっと我慢して」
 ノロは怒りに任せて自身のズボンを破り捨てた。
「そうだよ。我慢してきたんだ。この時のために。お前をめちゃくちゃにしてやれるこの時ためだー‼︎」
 ノロの下半身は露わになり、欲望がそそり立っている。
 ヒョウは震えのあまり握りしめていたナタがカタカタと泣いた。
「たまんねぇ。俺はよぉ。お前みたいな幼女を嬲るのが大好きなんだよ。9歳から12歳くらいがベストだけどよ。そうだよ。俺の罪は幼女の誘拐、強姦、殺人だ。我慢できねぇんだ。お前みたいな幼気な少女を前にするとよ」
「い、いや」
「しっかし、あの筋肉バカは本当にバカだったな。あんな安い挑発に乗ってくれるんだからな。俺の思うように事が運んだよ。いつもべったりだったお兄様も処理できたのはラッキーだったがな。まぁ、お兄様くらいなら殺してしまいだけどな~」
 詰め寄るノロ。ヒョウは必死で後ずさるが狭い部屋の中では逃げれる場所などないのだ。
 ノロはヒョウのナタを蹴り飛ばした。力の入ってないヒョウの手からは簡単にナタが弾き飛んだ。
「このままやっちまうか? なぁ? 俺としては殺した後でもかまいやしないんだがよ? でも爆弾はダメだ。お前のキツキツの穴ごと粉々に吹っ飛ばしちまうからよ~」
 ノロはヒョウの腕を動けない様に踏みつけた。
 ヒョウは諦めたようにぼーっと壁を見つめていた。しかし、その視線がある一点で釘付けになった。

「き、協力者?」
「ええ。この地下道に先回りさせました。制御するのは難しいですが、私ならわけないです」
「な、なんの事を」
 イヤな予感がする。
「君も見たと話していたでしょ? あなたが初日にあったあの大男ですよ。彼はコードネームジェイソン。私が作った殺人マシーンです」
 ユーキはすぐさま駆け出した。ヒョウが危ない。
「ヒ、ヒョウー‼︎」

 ヒョウの目に赤い線が入る。いや、正確には線状の血液がヒョウの目の前を走ったのだ。綺麗に壁に赤い線を刻む。視線の先には、この島に来た日に会った大男がいた。鋭い刃物からは血が滴っている。誰の血か。ヒョウはなんとなくノロの血だろうと確信していた。不思議な感覚だった。
(あ、あれ?)
 ノロの視界が急に歪み、落下していく。
(お、おかしい。誰かの攻撃か? は、早く手榴弾を起爆させないと)
 ノロは手を動かし、手榴弾のピンを外そうとする。しかし、手はピンをつまむことはできない。
 それもそのはずだ。ノロの身体に指令をだす脳と手足は、もう神経一本もつながってはいないのだ。瞬く間にノロの視界は途切れ、意識が沈んだ。
「あ、あぁ……」
 ヒョウはその大男を見つめた。大きな体は小さな部屋の中では余計に大きく見える。頭が天井にぶつかりそうだ。
 助けてくれた? いや違う。ヒョウは都合のいい思い込みをすぐに引っ込めた。この男はそんなことはしない。目の前にいたものを殺すのだ。たまたま目の前にノロがいたから殺しただけただ。そして、今男の目の前にいるのはヒョウなのだ。
 ヒョウはノロの肉体を見つめる。ノロだったモノだ。無惨にも首が切り取られている。あたりは真っ赤な血の海だ。しかし、不思議と恐ろしくはない。感覚が麻痺しているのだろうか。
「オマエ を コロス」
 カタコトな日本語だ。外国の人なのか、育ちの問題なのか、頭がおかしいのかはわからない。しかし、この言葉は明らかにヒョウを殺す宣言だった。
 多分この男には何を言っても通用しないだろう。ヒョウは神に祈るように目を閉じた。
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