【完結】狼は吠えない ー元アルファの少佐、副官のつがいにされるー

隙間ちほ

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10.陶酔期 ※

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【注】不同意描写があります
【注】両性具有描写があります




 必死な顔の少尉から覗き込まれている記憶がある。眉根を寄せて、どこか苦しそうに息をしている。泣きそうにも見える。どうしてそんな顔してるんだろう。見開いた薄灰色の瞳は影の中でいつもより濃く見えた。綺麗だなと思った。それから不意に、強い愛おしさが込み上げてきた。ああ、これは俺の――。
 胸に湧き上がった言葉が上手く認識できないけれど、気がつくと口角が勝手に上がっていた。
「……!」
 途端に口付けられた。唇を喰まれ、こじ開けられ、ちゅうちゅうと舌を吸われる。急いた仕草が可愛く思えて、ロルフは知らぬ間に含み笑いをこぼしていた。ぼんやりしたまま右手を伸ばして背に回す。左手は強く掴まれてベッドの上に押さえつけられている。手首を掴む手のひらがやけに熱っぽい。ロルフはほんの少し唇が離れた合間に息を吐いた。
 あつい。
 首筋に流れる汗を感じた。
 気がつくと、上着もシャツも大きく開かれていた。汗ばんだ肌に空気が触れて身震いする。そのたび、頬に、こめかみに、なだめるように唇を当てられた。触れる掌が熱くて、肌をなぞられるとそこに火がついたような気分だった。
 熱が、吐息が、汗が交じる。甘い匂いが頭の中をぐずぐずに溶かしていく。――これが誰か、わからなくなっていた。なのに自覚はなかった。
 ただ、愛しているような気がしていた。
 
「――っ、いた、ぁ、? ぁあ」
 腹を貫かれ、下腹部にじくりとした違和感を覚えた途端、急激に頭が冷えた。
「――!」
 睫毛の見える距離にいるのがファルケンハウゼン少尉だと気づいて、息を呑んだ。目を見開いたロルフは組み敷かれたまま混乱する。自分は一体何をしている? びくりと体が震え、思わず身じろぎする。
「なんで……何、あ、やだ、や」
「――お願い、逃げないで」
 熱に浮かされ掠れた声に懇願されて、なぜか一瞬体の動きが止まってしまった。あれ、と思う間もなく腰を掴まれ引き寄せられ、口を塞がれた。
「ん! ん゙っ゙、ん゙~~~!!」
 制止する間もなく揺さぶられた。ぐちゃぐちゃと鳴る音が耳を犯し、羞恥が湧いた。混乱しているのに、気持ちよさが腹の奥から上がってきて逃げられない。宙で浮いた爪先に、知らず力がこもった。口付けの合間に漏れる荒い息がどちらのものかわからない。腹の中を捏ねられるたびに理性まで突き崩していく。
「あ゙っ、ァ゙! っ! んん゙――……!」
 喘ぎを飲み込まれるように何度も口付けられる。思わず少尉の背中に手を回しシャツをきつく掴んだ。止めたいのか縋りたいのか、自分でももうわからない。
 ぎゅう、と強く抱きしめられた。中に強く押し付けられる感触に、知らず、内股が震える。舌を強く吸われてくらくらした。
「――あ、ァ」
 腹の内に吐き出されたと気づいても、感じたのは強い陶酔感と飢餓感だった。もっと欲しい、まだ足りないと体が訴える。何が足りないのかわからない。ただ汗だくの体に抱きすくめられると匂いが濃くなって、わけがわからなくなる。頭の中が、ドロドロにとろけてしまったみたいだ。ずっとこうしていたい。
 誰と、こうなってるのか、思い出せなかった。

 ◇

 熱い。身体の中が。背中が。腹が。わずかに指を掻くと固いシーツの感触がある。清潔な白いリネンの上にロルフは頬をぺたりと押し付けた。熱を持った体に当たるひやりとした布の感触が気持ちいい。
「あ、ぁう……」
 ため息を溢したつもりが、何故かあられもない声に取って代わられた。
 シーツの上、うつ伏せのままロルフはくったりと手足を投げ出していた。覆い被さる体温を感じているだけでくずぐずと力が抜けてしまう。
 がぶ、と首の後ろを噛まれる痛みで体がこわばる。同時に、きゅう、と腹の奥がせつなくなった。
「ァ、ぁ……」
 甘く尾を引くような呻き声が、どこから出ているのか始めわからなかった。ぐじゅぐじゅと濡れた音も、荒い呼吸も。
 ヒリヒリと痛む首後ろの皮膚を、舌でべろりとなぞられた。それだけなのに、首から背中まで粟立つような感覚に囚われ、また息が乱れる。胸が苦しい。喘ぐように呼吸するたびに甘い香りで酔っていく。
「ひ……」
 初めに噛まれて、体はとっくにつがいを認識している。それなのに、しつこく噛みつかれた。何度も上塗りして消えなくするかのように。意味なんてないはずなのに、ロルフの体はその度に悦楽に染まっていく。
 背中にピタリとくっついたまま腰を抱きすくめられた。中に埋まった塊が内臓を押し上げるのを感じて体が震えた。内側から広げられるせいか、腰骨がジンと痺れた。いつから中を侵されているのか、わからない。ただ体が歓喜して与えられる熱を享受しているのはわかる。それどころか、もっと欲しいとでもいうように上擦った喘ぎがのどから押し出されている。
「あ、あ……」
 違う、これは、こんなのはどうかしてる……そう思う理性とは裏腹に、快楽に沈んで行くのが止められない。
「少佐、ねぇ、まだ噛みたいです、噛ませて」
 切羽詰まった懇願は少尉のものだ。首に顔を埋め、ひりひりと痛む首の傷を舐める。その間も腰を掴んだ手が力の抜けたロルフの体を揺さぶる。腹の奥を突かれると甘ったるい痺れに襲われてされるがままになってしまう。
「あぅ、ァ、ん゙」
「お願い」
 耳の近くで、小さな子供がするようにねだられる。甘えた声を聞いてるだけで、開きっぱなしの口が勝手に許してしまいそうだ。ロルフは奥歯を噛んだ。
 別に良いじゃないか、と誰かが思った。愛しいつがいが望むことなんだから。ロルフでない誰かが考える。
 良くない、とロルフは強く奥歯を噛み締める。なにがつがいだ。これ以上はダメだと言わなくては。
 返事を待ちきれなかったのか、頸にそっと歯が当てられる気配がした。熱く湿った吐息が首の傷を包む。
「……!」
 静止の声をあげるより前に、体内に陣取った熱がグニュグニュと内側を捏ね回した。知らず身体の力が抜けていく。
「っあ゙、!!」
 じくりしたと痛みに襲われて、ロルフは思わず強張った声を上げた。こちらの答えなどはなから聞く気もなかったのか、良いとも嫌だとも言わないうちから歯を立てられてしまった。
 ――さっきからずっとそうだ。いちいち哀れっぽい声で懇願するくせに答えを聞かない。片手落ちの早とちりもいいところだ。何度説教しても、この悪癖は一向に治らない……頭の隅の現実離れしたところにいる自分が、他人事のように考える。その間も、首元からは重く鋭い痛みが絶えない。
 ひっきりなしに上がる情けない悲鳴がどこから出ているのか、ロルフは考えたくなかった。頭の奥から痺れていくような感覚に溺れている。傷ついた場所に歯を立てられる痛みがほんの一瞬だけロルフを引き戻し、けれどすぐにまた沈めてしまう。
「い、たァ、……や……やめ……」
 本当に痛いのかもわからないまま、うわごとのようにロルフは呻く。
「……ごめんなさい、ねえ、ごめん、これ、痛いの?」
 耳朶を噛まれ、宥めるような物言いと共に頬にキスを落とされた。
「ア、あぁ……違う、ちが、ぁっ、あ、あ」
 その間も、腹の奥をこじ開けるように、何度も強く押し込まれる。腰から下に力が入らず、されるがままになっている。腹に回された腕は、ロルフをきつく抱きしめたまま、少しも離してはくれなかった。
 あんなに細く頼りなく見えていたのに、実際には引き剥がすことすらできない。それは思いの外ロルフを動揺させた。
 呆れるくらいの長身で、その上軍馬が嫌がるほど体重があるという。夜明け前から宿舎のドアをバタンバタンと鳴らして駆けていくような体力の有り余ったやつだ。少尉は、間違いなくきちんと鍛錬した兵士だ。それをどうして自分は鍛え足りない新兵のように思い込んでいたのだろう。ひょろっと背丈だけ伸びて手足を持て余した、思春期の子供のような印象を抱いてしまったのがそもそもの間違いだったのだ。
「はなせ……こんなの、おかしい」
 必死に理性が言葉を紡ぐ。なのに。
「やだ、嫌です、できない……」
 悲痛さすら滲ませた甘え声が耳元でする、それだけのことで頭がくらくらした。ぎゅうぎゅう抱きつかれてまるで抵抗できない。
 ――これの気が済むまで自分は逃げられないのだ。
 背筋の凍るような諦観が、坂を転がるようにロルフの意思を削っていく。それを嫌じゃないなんて、矛盾したことを考えてしまう。どうかしている。
「だめだって、もう、だめ、だめ……ぁ、あ゙」
 額をシーツに押し付けた。擦り付けるようにしながら首を振っても、身を侵す快楽の波からは逃れられなかつた。背中から覆い被さるようにして押さえつけられているせいで、ロルフが自由に動かせる部分は少ない。その上、押し潰すように重く腰を揺すられると頭の中は一層ぐちゃぐちゃになってしまう。
「っ、ん゙、――っ、ゔ、!、!」
 少尉の手がビクビクと痙攣する太腿を撫でていく。掌の荒れた皮膚の感触だけで、ゾクゾクと背筋を這うような震えが走った。
 熱い、何も考えられない、どうして。
 自分の境界線がわからない。
「ァあ゙、あ゙っ゙――」
 追い立てられ、また頭の中が弾けて、それでもまだ足りないとばかりに揺らされて、溶けた声が喉から勝手に溢れていく。心臓の音が耳の中でする。脈打つ鼓動があまりにも早くて、このまま破裂してしまうと思った。それなのに背中に吸い付いている肌の熱を感じているだけで何もかもを委ねてしまいたくなる。まるで心から望んでそうしてるみたいに。
「……な、んでぇ……?」
 ロルフは何もできなかった。体は一つも言うことを聞かない。バターにも似た濃い匂いに包まれてしまうと、一呼吸ごとに何も考えられなくなっていく。執拗に首を咬まれ、啄まれて、指の先の神経までぐにゃぐにゃに溶け消えてしまったように体に力が入らない。心地よさに埋もれてしまう。このままがいい、と勝手に身体が決めてしまうのに抵抗できない。ふんわりと蕩けていく意識の中で、ロルフはとうとう自分を保てなくなった。

 ◇

 熱の籠った空間で、不意に意識が浮上した。
 明るかった部屋の中はいつのまにか暗い。目を細め、ロルフは小さく喉を鳴らして身を捩った。未だ腹の中にぎゅうぎゅうにおさまったものが、奥にある場所を突いて、容赦なく拓こうとする。
 奥に……ある、何?
 ロルフは困惑した。
「……ぁ、ぁ、?」
 知らない、これは何、どうなってる? 狭い中を広げるようにして、緩く出入りしている……どこを?
 その腹の奥にもっと知らないものがある。
 今更の混乱に襲われ、ロルフは回らない頭で必死に考えようとした。
「? ひぅ、ゔ、? 押さ、な、ぃで……」
 ぐにゅ、と押し上げられると、ぞくぞくと背筋が粟立つ。ぬるま湯がひたひたと量を増してくるような、逃げ場のない感覚に絡め取られていく。気持ちいい、が、怖い。
「……な、に? ぁ、?……それ、ゃ、だめ、ぁ、あ、あ」
「気持ちいいの?」
 混乱した声を上げると、柔らかい声に尋ねられる。たったそれだけだけで、胸に甘い痺れが広がる。足の爪先までびくんと震えてロルフは一層困惑した。
「ちが、いや、やだ、あ、ぁ、ア゙、あ゙っ゙」
 緩く、強く、決して逃がさないように、腹の奥を淡々とこねられる。じわじわと体に熱がこもっていく。狼狽えて宙を掻いた手は、あっさりと捕まえられた。ぎゅっと握られ、途端に満ちていく安堵感に縋りつきたくなる。
「ひ、――――」
 口を開けてのけぞったのに、悲鳴は出なかった。ただ、はくはくと空気を求めるように唇が震える。早鐘を打つ心臓の音がうるさくて、耳を塞ぎたい。なのに体はひくりとも動けない。こんなにも必死なのに、腹の中を押し広げていく動きは変わらない。ぐちゅん、と奥を嬲っていく。ゆるく、柔く、執拗に。
「――、――、!……」
 握られた手の指までひくひくと震わせ、ロルフは繰り返し襲いかかる途方もない快感の前に完全に屈服していた。耐えられない、おかしくなる。とうに枯れたと思った涙がまたじんわりと染み出してくる。気持ちいい、気が狂いそうなくらい。こめかみを流れ落ちるのが汗か涙かもうわからない。
 声もなく喘ぎ震えているのをどう思ったのか、哀れなくらいビクビクと揺れる指先に優しく口付けた少尉は、静かに微笑んだ。
「かわいい、ロルフ」
 窓からわずかに入る月明かりで仄かに照らされた顔を見上げて、ロルフは身震いした。
 熱に浮かされた目が、ロルフをうっとりと見下ろしていた。まるで獲物を追い詰めた獣のように。
「……、っ」
 ロルフは整わない息を一瞬飲み込んだ。ぞくぞくと背筋が震えてしまうのを止められない。薄暗がりの中、灰色の瞳は溶けた氷のように透き通って、淡く青を帯びているようにすらみえた。吸い込まれそうだ、と酸欠の頭でぼんやり思う。そうなってもいいような気すらしていた。
 少尉は身体を倒して、涙の浮いた目尻に唇を柔らかく押し当ててきた。ちゅ、ちゅ、と何度も啄む。目尻に、こめかみに、頬に、それから額にも。
 もう少しものを考えられたら屈辱感を覚えていたかもしれない。だけどロルフはうまれて初めて味わう発情期の大波で溺れている最中なのだ、全くそんな余裕はなかった。ただ息をするだけで精一杯だ。
 「――はぁ、は、は……、ァ、は……」
 自分の声がうるさい。聞こえなくなれば良いのに。考えた途端に深く口付けられ、ロルフの願いは一応叶った。

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