【完結】狼は吠えない ー元アルファの少佐、副官のつがいにされるー

隙間ちほ

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13.祖父母

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 まだふわふわとする頭を振って、ヴィルは重厚な扉を開けた。ヴィルの元に「出頭命令」を持ってきた従者はまだ馬車から荷物を下ろしている最中だったが、気にせず家に入った。家令への挨拶もそこそこに、応接間へと通された。
 古いながらもよく掃除された応接室の奥にはパッと目を引く大きな暖炉がある。その前に向き合うように置かれた一揃えのソファーは、装飾も少なく堅実な見た目の年代物だが、十分に手入れされている。まだ一度も座られていないかのようにピンと張った座面は、けれど座ると驚くほど柔らかく沈み込むことをヴィルはよく知っている。ドアに近い側の長椅子の前には重厚なソファテーブルがあり、さらに向こうには一人がけのソファが二脚並んでいる。そこに、いつも通りお爺様とお婆様が座って待っていた。
 部屋に入って一番にヴィルはにこりと笑いかけたが、相変わらずお爺様は瞬き一つ返さない。お婆様だけが柔らかい微笑みを返してくれた。
「何故、呼ばれたかはわかるな」
 お爺様は前置きもなく言った。ヴィルは長椅子の横に立ったまま頷く。このタイミングでする話なんて一つしかない。
「つがいを見つけました」
 知らず、ヴィルは頬が緩んでしまうのを止められない。昨日の……いや、一昨日の記憶はまだヴィルの中に甘い余韻を残したままだ。そういえばロルフは慌てて部屋を出てしまったが、休み扱いにしてもらったことを知らせてなかったせいかもしれない。言う暇もなかったし。
「それは、まだ見つけただけなのかしら?」
「いいえ、ちゃんとつがいに成りました」
 祖母の問いに幸せそうに頬を染めてはにかむと、なぜか祖父母は同時にため息をついた。ヴィルはソワソワと指を絡めるように手遊びしながら、祖父母に少佐がどんな人かちゃんと話した方がいいのか迷った。ロルフは素敵な人なんです。側にいるとそれだけでなんだか嬉しくなるんです。ちょっと困ったような笑い方するのがすごくかわいくて。仕事もできるし部下にも優しくて、俺がちょっとくらい失敗してもそんなに怒らないし、あ、でも計算間違いはすごく怒る……。
 ヴィルの脳内はまとまりそうになかったが、結局、必要なかった。
「……お前の言う『つがい』とは、中央兵站司令部の戦略支援課長、ロルフ・ケラー少佐のことで間違いないな」
 お爺様が重くるしい雰囲気で口を開く。
「はい!」
 ヴィルはニコニコと元気よく返事をした。なんだ、やはり知っているじゃないか、と思いながら。
 昔から、なぜかやることなす事いつもお爺様には筒抜けなのだが、今に始まったことでもないし気にしても仕方ない。むしろ、いちいち説明しなくて済むので話が早くて助かるとすら思う。それで結局、自分は確認のためだけに呼ばれたのだろうか。ヴィルは内心で首を傾げた。
 お爺様は、なぜか額を抑えるようにしていた。
「彼は……人事の記録にはアルファと記載されている。勘違いではないのか?」
 続けて飛んできた問いにも、ヴィルはハキハキと答えた。
「いいえ、勘違いじゃありません。あの人は間違いなくオメガでした」
「根拠は?」
「えっ、ええと……身体の……」
 身体の特徴が、と答えようとしてヴィルは言葉に詰まった。途端にカッと顔が熱くなる。
 男性オメガは女性オメガと比べると、はっきりとわかりやすい特徴がある……外性器に。だがそれに言及するなど、閨事を公言するようなものだ。最も、つがいに成ったと宣言した時点で似たようなものだが。
 口籠もったまま頬を染めた孫の挙動で、お爺様はこちらの言いたいことを理解したらしい。何度目かのため息と共にますます俯いた。
「ヴィル」
 祖母が優しげに名前を呼ぶ。柔らかい微笑みを崩さないままだったが、その視線はヴィルに突き刺さるようだった。
「どうしてその方とつがいになったの? 向こうが貴方を無理に『そうさせた』のかしら?」
「いいえ、まさか!」
 相手が意図的にラウシュを利用したのかと、祖母はそう言いたいのだろう。ヴィルは即座に否定した。
「ロルフはそんな事しません」
 ふ、と祖母の瞳から険しさが消える。笑みが深くなったようにも見えた。
「じゃあ、つがいになりたいと言ってきたの?」
「え? ええと……」
 祖母から柔らかく問いかけられ、ヴィルはその時初めてロルフから何も聞いてないと気がついた。あの時はとにかく早く事態を納めなくてはと考えるのに必死で、初めて接するラウシュにどうしたら良いかわからなかった。それで結局、どうだったっけ、とヴィルは首を傾げる。
「では、貴方が申し出たのかしら?」
「えっ……と……」
 続く質問にもヴィルは口籠った。
「その、……はっきりとは……」
 言った覚えも、聞いた覚えもない。そうしたいとヴィル自身が強く思ったのは確かだ。でも、ヴィルが今言えるのはそれだけだ。
 どうしよう。なんだかこの状況はよくない気がする。ヴィルは必死で考えた。ロルフは優しかったし、名前呼んでくれたし、あと、あと、好きって、言ってくれたし……。
 内心の冷や汗を隠すためにヴィルはにこりと微笑んでみせた。
「えっと、あの、大丈夫です!……多分……」
「そう…………」
 祖母は薄く微笑んだまま相槌を打ち、それ以上何も言わなかった。祖父もまた、厳格な声で告げた。
「よくわかった。もういい」
「は、はい」
 たったこれだけ? とヴィルは思ったが、余計な事を言っても良いことはないだろうと口を噤んだ。珍しいこともある。何にせよ、これで追及が終わりそうな事に胸を撫で下ろした。



「勝手につがいを見つけてくるなんて、全く。似なくても良いところに限って父親似だこと」
 長い溜息のあと、老婦人は呟いた。半ば諦めたような、どこか懐かしむような声色だった。老人は不機嫌そうな表情のまま呟く。
「アレは、流石につがいにする前に報告してきた」
「あら、まぁ! 何年振りでしょうね、貴方が息子を評価するなんて」
「……」
 不本意そうに黙ったままの夫を横目で見やりながら、夫人は続けた。
「それで、どうなさるおつもり? あの子、反対されるなんて微塵も考えてない顔でしたわよ」
「つがいに成ったというならもう引き離せまい」
「まぁ……貴方がそんなにも信心深いことを仰るなんて」
「……」
 柔らかい椅子の上に似合わぬほどまっすぐ背筋を伸ばした軍服の老人は、整えた白髭の下の唇を固く引き結び、手元の紙にサラサラと何かを書きつける。
 夫とは対照的に、夫人は椅子に深々と背を預けて天を仰いだ。
「強引につがいにしてしまったと考えた方が良いでしょうね、まったく……。相手に責を負わせるようなことを言わなかったから、そこは及第点としましょう。何もわかってないのはあの子らしいけれど……」
 夫人が、頭痛を堪えるように眉間に皺を寄せる。良家の子女相手でなくて助かった、と苦々しくこぼす。
「大きな問題にはならないと思うけれど、出来るかぎりの対処はすべきね。それにしても、男性のオメガとは……本当に、稀なものを探し当てる嗅覚は、父親譲りと言っても良さそうね」
 ため息をつきながらも、夫人はどこか寂しそうに笑った。
「軍人なのはこの際、幸いと思うことにしましょう。少なくとも、あの子の母親と違って間違いなく丈夫な方だわ」
 夫人の口調に深く漂う諦めは、もはや苦笑に近い。
「それにしても、オメガでも男性なら軍務に就けるのかしら。長い間、誰にも気づかれずに……?」
 夫人の独り言に、書き付けのペン先が止まる。厳しい表情を変えないまま、老人は口を開いた。
「本当に誰も知らなかったか、あるいは知っていたが隠して囲っていたか……そんなことをする意図も利点もさっぱりわからんが」
 口にした端から、首を振った。
「いや、やめよう。現状での推測は無意味だ。そもそも入隊検査があるのに特異性別の虚偽申請など可能とは思えん」
 再びペンを動かしメモを完成させると、部屋の端で立ったままの従者を、視線だけで呼び寄せた。心得た従者が足元に膝をつく。
「情報部長にこれを」
 小さな紙面には、流麗な文字が書き付けてあった。
 ――ロルフ・ケラー少佐及びその周辺の調査求む。入隊から現在までの全ての記録、医師の診察記録、人間関係、士官学校での記録も入手されたし。ごく個人的な頼みゆえ、内密に。
 従者は物々しい内容に一瞬だけ目を見開き、けれどすぐに恭しく返事をした。
「はい、旦那様」
 従者が出ていくまでの間、夫人は侍女に渡されたティーカップを傾けながら黙って夫を見ていた。カップから少しだけ唇を離し、夫人は小声で言った。
「情報部! 高くつきましてよ。……また随分と甘やかしますわね」
 老人は、己の妻へと薄氷に似た灰色の瞳を微かに向け、そしてすぐに戻した。
「つがい、となれば家の大事だろう。妙な人間を我が家に入れる訳にはいかん。当然の措置だ」
「それで、もし何か出てきたら、どうなさるおつもり? あの子を納得させるのはお任せしていいのかしら?」
「……」
 黙り込んだ夫をちら、と見遣って夫人はカップを侍女に渡す。
「必要な手配は進めておきますわ。お止めになられる時は早めに仰って」
「……そうしよう」
 目を逸らしたままの老人に向かって、夫人は肩をすくめてみせた。
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