上 下
31 / 188
1章 王国編

30話

しおりを挟む
「ごは、ローニャ、様。ご無事ですか?」

気が付いたときにはフィーナに押し倒されていた。
そして、私の左手には温かい液体が接触していた。

「ふ、フィーナ?」

私はその温かい液体が何かを考えずに、彼女の名前を呼んだ。
その声から、私が無事だとわかったのか、安心した顔をして、フィーナは立ち上がった。

そして、その時初めて、私はフィーナの右脇腹が彼女の握り拳程の大きさで、抉り取られているのを見た。
しかし、フィーナはそんな事は無関係だと言うばかりに剣を抜き、執事長と対峙した。

「ふぅ、まさか、ただの執事が発現剤を持っているとは思いませんでしたよ」

私はフィーナが『発現剤』という言葉に驚き、執事長の足元に転がっている物を見た。
足元に転がっているのはただの瓶だが、その瓶に入っていたものが問題になる。

まず簡単に『発現剤』の説明をすると、これは体内に取り込めば魔眼が発現する可能性がある薬である。
しかし、発現する魔眼は大体が毒系統か水又は氷系統の魔眼、稀に回復系統も出現するが、そもそも魔眼が発現する確率自体があまりにも低い。

この『発現剤』で魔眼を発現させる人間はおおよそ10人に1人程。
これだけを聞けば、魔眼を発現させる人間が多いように思うかもしれないが、この『発現剤』は1000人使って1人生き残れば良い方という最悪の薬なのだ。

しかも、例え魔眼を発現させられても、『発現剤』の毒性に耐えられずにそのまま死ぬことが殆どで、運良く生き残っても長くは生きられない。

そんな『発現剤』を飲んだ人間が目の前には居ることが信じられず、私は執事長に目を向けた。
すると、執事長は地面から立ち上がりつつあった。

「ぶ、ぶぶ、ぶばば!!ごれだ!!ごれごぞが、ぢがら!!もばやだれにも、わだじをどめられない!!」

執事長は顔を天井に向け狂気に染まったように笑いながら、そう叫んだ。
しかし、執事長がすぐに死ぬのは傍から見ても、簡単に分かるほどだった。

何故なら執事長が顔を上げた時、執事長の顔の穴という穴から血が吹き出していた。
そのせいで分かりづらかったが、執事長は右目に魔眼を発現させており、魔眼の系統は毒で色は不明ではあるが、顔色は真っ白になっていたからだ。

しかし、すぐに死んだとしても、相手は『発現剤』を使用し魔眼を、正確には毒系統の魔眼を得た狂人。
そんな狂人相手に、いくらフィーナとはいえ、右脇腹を抉り取られた状態で勝てるとは思えない。

それに執事長に近付いていた段階であった筈のフィーナが、遠距離から右脇腹を抉り取られるほどの攻撃を受けたならば、執事長はそれ相応の魔眼を発現させた筈。
それならば下手に何もしなければ、私とフィーナはられてしまう可能性もある。
特に毒系統の魔眼である今回は、慎重かつ的確に動かなければならない。
しおりを挟む

処理中です...