リオン・アーカイブス ~休職になった魔法学院の先生は気の向くままフィールドワークに励む(はずだったのに……)~

狐囃子星

文字の大きさ
3 / 64
炎と竜の記録

研究室で

しおりを挟む
 思ったよりも少なかった荷物をリオンは見下ろし、腰を落とした。
 忘れ物は無いか、見落としは無いか、事前に書いておいたチェック表を確認しているのだ。
 休職の帰還は短くて1年、長ければ延長となり最高で3年となる予定である。
 つまり、それまでの期間は全て外でやって行かなければいけないわけで、一つの忘れ物が重大な問題に発展しかねない。最悪を想定して徹底的に対策を練るのは研究者として当然の振る舞いだ。
「よし、一先ず大丈夫そうだ」
 7度に渡る確認の末に、納得して立ち上がる。
「あとは研究室の方の確認だけか」
 既に何人かに危険な道具の管理をお願いしているが、それでも少しばかり不安は残る。
 情報の共有が不十分であり事故が起きるなどあってはならないことだ。
 荷物を背負い、手に持ち、立ち上がる。
 旅装というには些か真新しく見える衣服で部屋を出た。
 早朝な事もあって擦れ違う者に生徒はおらず、教員たちは「大変だな」とねぎらいの言葉をかけてくる。
 それに苦笑いで答えて七回ほど角を曲がり、二つ階を降りていくらか歩いた先。今日も何事も変わらない様子で研究室の閉じられた扉がそこにあった。
 勤め始めて6年にもなると、流石に愛着も湧いてくる扉を潜って薄暗い部屋に入る。
 細かな道具は全て正確にあるべき場所に収められ、大きな道具は床に書かれた目印にピッタリと合わせて置かれていた。
 荷物を置いて、更に奥のほうにある小部屋に入る。
 壁いっぱいの本棚にギッシリと並べられた本には埃の一つも無く、管理している人間の几帳面さとマメさが手に取るように分かるようだ。
 リオンは本棚の一つ、そこに収められた本を一冊手に取った。
 真新しいドラゴン(ワイバーン)の皮による装丁と、対照的な痛みボロボロの紙が連なった本。
 何も言わず、リオンはそれをジッと見た後、戻すことなく持って小部屋から出た。
「先生」
 奥から出てくると同時にかけられた声。
 研究機材の並ぶ部屋の真ん中に一つの影が立っていた。
「生徒が勝手に研究室に入ってはいけませんよ」
 それが誰であるか即座に察したリオンは、先生として優しく注意をした。
 歩み寄る事は無く、置かれた荷物の方を向いて持ってきた本を何処に仕舞おうか思案する。
「先生、行ってしまわれるのですか?」
「ええ、止まっている研究もだいぶあるので」
「嘘です」
「嘘ではありませんよ」
「いいえ、先生は私のせいで出ていく。そうなのですよね?」
 違う、とすぐには言えなかった。
 いつの間に近寄って来たのか、分かったのは甘い香りが鼻孔をくすぐった時。背中に柔らかな体温を感じ、肩へ額が押し付けられた時。
「ごめんなさい」
「……」
「私、分かっているんです。先生は凄く優しくて、真面目で、とっても魔法に一途だって。まるで空を愛する鳥のように息を吸うだけで、ただ羽ばたくだけで魔法への溢れる気持ちを表せてしまう。籠の中でただ望まれるままに歌う私とは大違いで」
 体を抱く細い腕の力が強くなる。
「分かっているんです。私のこれはただの羨望で本物じゃない。だからこうして迷惑をかけることになってしまって、それなのに私は罪悪感よりも別の物を感じてしまう。困らせる事ができるほど、こんな自分が先生に影響を及ぼしたという事実に、心の何処かで喜んでしまっている」
 背を向けたままであっても分かるほど、その体は震えていた。
 ゴチャゴチャに混ざり合い、己ですら理解できなくなった気持ちを表すように。
「分かっているんです。こんなこと言っても何も変わらない。こんな事をしても何も変えられない。ただの自己満足だって、でも私には今しかないから……だから、断ってください。ハッキリと私を拒絶してください。そうすれば、もう未練も後悔もなくなりますから。……私は先生のことが――」
「そこまで、ですよ」
 その手を優しく体から外し、リオンは立ち上がる。
「そこから先を言ってはいけません。もしも言えば、私は答えざるを得なくなる。そしてきっとアナタは酷く傷つく事になるでしょう。その傷がどれほど深いものになるか、何も知らない私には到底わかりません。ただ、きっと取り返しのつかない恐ろしい事になるというのはわかります」
 リオンは毅然とした顔で少女に向き直る。
「私の思い違いであればそれでいい。ですから一つです。“自分を捨てないで下さい。”」
 少女は何も返さない。
 ただ涙の溢れる目で、困ったように微笑む。
 リオンはバツが悪そうに頭をかき、それから研究室の出口へと向かう。
「……これがアナタに乗って祝福となるか呪いとなるか、はたまた何の価値も見出すことがないか、私には分かりません。教師でありながらなんて無責任なんだ、とでも恨んでおいてください」
 薬と笑い声が聞こえたような気がした。
 いったい彼女が最後にどんな表情を浮かべていたのかは分からない。
 ただ、きっと笑ってくれたのだろうろ思い、振り返らずにリオンは部屋をでたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...