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炎と竜の記録
魔物と遅すぎた助け……助け?
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「ほら、うちの村は年寄りばっかだから俺しかこういった買い出しとかは難しんですよ」
機嫌よく雑談を続ける男の名前はへカルトと言うらしい。
馬車を直したお礼に乗せて貰っている旅路、一緒に一晩を明かせば畏まった空気も無くなって気軽に身の上話などもぽつぽつと出て来るものなのだろう。
勿論、退屈がそれに一役買っているのは確かであるが。
そんな気楽な雑談に適宜相槌を打ちつつリオンは周囲の風景を荷台から眺めていた。
町を離れ枝道に入って暫くな事もあり、道幅は狭く往来する人の姿は周囲に見えない。
しかしそれだけ人の介入が行われていない美しい草原の姿が周囲に広がっていた。
新緑というには流石に成長しすぎている青々とした背の低い草が、風の吹くたびに波打つ水面のように光で縞模様を作っては動かしている。
花のような甘さは感じないが、代わりに空気は清々しさに溢れていた。
いくら広くても壁があり、人の手によって作られた学院の敷地では味わえない事だろう。
あちらも悪い場所というわけではないが、こういった環境から受ける刺激というのは中々再現では得られないものだ。
やはり外へのフィールドワークはもっと率先してやるべきだな。
そんな事をぼんやり考えていると、「あれ、向こうで何かやってるみたいですね」とへカルトが目を細めながら教えた。
まだまだ遠く点々のようにしか見えないが、複数のそれらが激しく動き回ったりピタリと止まったりと忙しなさそうな事だけはかろうじて分かる。
「なんでしょうか?」
「んー、俺にも分かりませんが近づくのは落ち着いてからの方がいいかもしれません」
「それはどうしてですか?」
「勘、というか経験ですね。こういうのは面倒事な事が多いんで――あ、ちょっとリオンさん!」
面倒事、と聞いた瞬間にはリオンは反射的に荷台から降りて走っていた。
困っている人がいるなら人を導く立場の者として見過ごすことは出来ない。
例え教え子がこの場にいなかったとしても、それは些細な事だ。
息を切らし走り、近づくにれてそこで何が起きているのかが分かるようになる。
緑色の体躯をした小人のような怪物。
いかにも邪悪であるという顔つきで棍棒や刃毀れとサビの酷いナイフを振り回す魔物。
言わずと知れた“ゴブリン”と呼ばれ嫌われる存在に囲まれた者たちが応戦をしていた。
「クソが! なんで今日に限ってこんな多いんだよ!」
「文句言ってないでさっさとそっち片付けて!」
「あわわわわ、私が“ツール”を使い切ってしまったばかりに、ごめんなさい……」
「イーファは謝らなくていいの! 元々を言えばこいつが後先考えずに使えって命令したのが全部悪いんだから!」
「ああもう分かったよ! 俺がどうにかすりゃいいんだろ!!」
遠くからでも聞こえるほど大声を出して喧嘩している様子だが連携は的確だ。
二人の女性の内、凛とした顔つきの女性は槍を奮って後ろに庇う少女を守り、そこから一人だけ少し前に出た鎧に身を包んだ男がバスターソードを振るって武器ごと魔物をまた一つ仕留めた。
未だゴブリンは20匹ほど残っているが、その安定感からイレギュラーさえ起らなければ全滅か闘争の何方かになるのは一目で分かる。
だがしかし、この残酷な世界でイレギュラーは常に息を潜めて獲物を待っているものだ。
おら! と気合の一線を叩き込むべく男は剣を振り下ろす。
渾身の一撃に貧弱な魔物が耐えるなど出来るはずもない。
普通はそうだ。
受け止めようとしたナイフは簡単に折れ目の前に死が迫る中、ニヤリと魔物が笑った。
キィィイイイイイイイイン。
甲高い、耳を刺すような音が鳴り響く。
剣はゴブリンの目の前で止まっていた。
驚愕の表情を浮かべる男の視線は、その狡賢い魔物の胸元へ向く。
――それは似つかわしくない銀色のネックレス。
灰色の石の嵌め込まれたペンダントが淡く光を放っている。
ほんの一瞬の出来事であるが、男には全てがゆっくり動いているように感じた。
不可視の壁、それに阻まれた剣が小刻みに震える。
震えて、震えて、震えて、気合の声と共に邪悪な笑みを浮かべていた魔物を一刀両断した。
「その程度の絡め手でなんとか出来ると思うんじゃねえ! 舐めんな!」
ゴブリンたちが明らかに動揺した。
こんな事は経験したことが無い。
あの罠が通じない相手がいるなんて知らない。
動揺は一気に広がり、戦意が急速に失われていく。戦士たちがその隙を逃すわけもない。
そこからはあっと言う間だ。
剣が振るわれ、槍が軌跡を描き、隙を見せた命はあっと言う間に失われていった。
全てが片付いた後、フーッと息を吐き出したところで一人気まずそうに立つだけだった女性が近寄ってくる人の姿に気がついた。
他の二人も、視線の先を追ってフラフラと走ってくる人の姿を認めた。
果たして走っているのか、歩いているのか、そんな事すら考えそうになるほどの足取りで走り切ったリオンは、その場で膝を付きながら咳き込んだ。
運動とは無縁の環境にあまりに長くいた弊害。
自分の体力を鑑みないペース配分と純粋な運動不足の合わせ技により、助けに走って来た方が今にも死にそうという珍妙な光景を作り出すのだった。
「えっと、大丈夫ですか?」
優しく声をかけた女性から、どことなく同族に向けるような憐みの視線が注がれていた。
機嫌よく雑談を続ける男の名前はへカルトと言うらしい。
馬車を直したお礼に乗せて貰っている旅路、一緒に一晩を明かせば畏まった空気も無くなって気軽に身の上話などもぽつぽつと出て来るものなのだろう。
勿論、退屈がそれに一役買っているのは確かであるが。
そんな気楽な雑談に適宜相槌を打ちつつリオンは周囲の風景を荷台から眺めていた。
町を離れ枝道に入って暫くな事もあり、道幅は狭く往来する人の姿は周囲に見えない。
しかしそれだけ人の介入が行われていない美しい草原の姿が周囲に広がっていた。
新緑というには流石に成長しすぎている青々とした背の低い草が、風の吹くたびに波打つ水面のように光で縞模様を作っては動かしている。
花のような甘さは感じないが、代わりに空気は清々しさに溢れていた。
いくら広くても壁があり、人の手によって作られた学院の敷地では味わえない事だろう。
あちらも悪い場所というわけではないが、こういった環境から受ける刺激というのは中々再現では得られないものだ。
やはり外へのフィールドワークはもっと率先してやるべきだな。
そんな事をぼんやり考えていると、「あれ、向こうで何かやってるみたいですね」とへカルトが目を細めながら教えた。
まだまだ遠く点々のようにしか見えないが、複数のそれらが激しく動き回ったりピタリと止まったりと忙しなさそうな事だけはかろうじて分かる。
「なんでしょうか?」
「んー、俺にも分かりませんが近づくのは落ち着いてからの方がいいかもしれません」
「それはどうしてですか?」
「勘、というか経験ですね。こういうのは面倒事な事が多いんで――あ、ちょっとリオンさん!」
面倒事、と聞いた瞬間にはリオンは反射的に荷台から降りて走っていた。
困っている人がいるなら人を導く立場の者として見過ごすことは出来ない。
例え教え子がこの場にいなかったとしても、それは些細な事だ。
息を切らし走り、近づくにれてそこで何が起きているのかが分かるようになる。
緑色の体躯をした小人のような怪物。
いかにも邪悪であるという顔つきで棍棒や刃毀れとサビの酷いナイフを振り回す魔物。
言わずと知れた“ゴブリン”と呼ばれ嫌われる存在に囲まれた者たちが応戦をしていた。
「クソが! なんで今日に限ってこんな多いんだよ!」
「文句言ってないでさっさとそっち片付けて!」
「あわわわわ、私が“ツール”を使い切ってしまったばかりに、ごめんなさい……」
「イーファは謝らなくていいの! 元々を言えばこいつが後先考えずに使えって命令したのが全部悪いんだから!」
「ああもう分かったよ! 俺がどうにかすりゃいいんだろ!!」
遠くからでも聞こえるほど大声を出して喧嘩している様子だが連携は的確だ。
二人の女性の内、凛とした顔つきの女性は槍を奮って後ろに庇う少女を守り、そこから一人だけ少し前に出た鎧に身を包んだ男がバスターソードを振るって武器ごと魔物をまた一つ仕留めた。
未だゴブリンは20匹ほど残っているが、その安定感からイレギュラーさえ起らなければ全滅か闘争の何方かになるのは一目で分かる。
だがしかし、この残酷な世界でイレギュラーは常に息を潜めて獲物を待っているものだ。
おら! と気合の一線を叩き込むべく男は剣を振り下ろす。
渾身の一撃に貧弱な魔物が耐えるなど出来るはずもない。
普通はそうだ。
受け止めようとしたナイフは簡単に折れ目の前に死が迫る中、ニヤリと魔物が笑った。
キィィイイイイイイイイン。
甲高い、耳を刺すような音が鳴り響く。
剣はゴブリンの目の前で止まっていた。
驚愕の表情を浮かべる男の視線は、その狡賢い魔物の胸元へ向く。
――それは似つかわしくない銀色のネックレス。
灰色の石の嵌め込まれたペンダントが淡く光を放っている。
ほんの一瞬の出来事であるが、男には全てがゆっくり動いているように感じた。
不可視の壁、それに阻まれた剣が小刻みに震える。
震えて、震えて、震えて、気合の声と共に邪悪な笑みを浮かべていた魔物を一刀両断した。
「その程度の絡め手でなんとか出来ると思うんじゃねえ! 舐めんな!」
ゴブリンたちが明らかに動揺した。
こんな事は経験したことが無い。
あの罠が通じない相手がいるなんて知らない。
動揺は一気に広がり、戦意が急速に失われていく。戦士たちがその隙を逃すわけもない。
そこからはあっと言う間だ。
剣が振るわれ、槍が軌跡を描き、隙を見せた命はあっと言う間に失われていった。
全てが片付いた後、フーッと息を吐き出したところで一人気まずそうに立つだけだった女性が近寄ってくる人の姿に気がついた。
他の二人も、視線の先を追ってフラフラと走ってくる人の姿を認めた。
果たして走っているのか、歩いているのか、そんな事すら考えそうになるほどの足取りで走り切ったリオンは、その場で膝を付きながら咳き込んだ。
運動とは無縁の環境にあまりに長くいた弊害。
自分の体力を鑑みないペース配分と純粋な運動不足の合わせ技により、助けに走って来た方が今にも死にそうという珍妙な光景を作り出すのだった。
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