リオン・アーカイブス ~休職になった魔法学院の先生は気の向くままフィールドワークに励む(はずだったのに……)~

狐囃子星

文字の大きさ
21 / 64
炎と竜の記録

先生の先輩

しおりを挟む
 そよ風の吹く中、村の端に作られた墓地の前で多くの人が黙祷を捧げる。
 グルリと囲むように作られている柵はまるであの世とこの世を区切る境界線のように感じた。
 リオンは外に立って向けていた視線を目の前の人物たちに戻す。
「助かりました」
 感謝の声の先は白髪交じりの銀髪に顔のシワが少々増えてきた様子の女性。
「まったくだ。聞いて飛んできてみれば、話と随分と違ったからね」
「あの、この方は?」
 イーファが尋ねる。
 ところどころ怪我を負っていたが、彼女は決死の覚悟で守ってくれた者たちのお陰で致命傷と呼べる傷は負わずにすんでいた。一方ブレイスとテルミスは命にこそかかわらなかったが絶対安静を言いつけられて今は療養所で寝かされている。
「この方はクリフ・レファイナ。私の先輩にあたる人です」
「先輩……」
「今は引退したが、リベリオ魔法学院で教師をしていたんだよ。専門は魔力制御回路……要は魔法陣や魔法紋だね」
「入ったばかりの時は色々とお世話になりました」
「少しは成長したかと思ったが、誘った頃からちっとも変わってないなんて、困ったもんだね」
「誘った?」
 リオンは困ったような顔で力なく笑う。
「私がリベリオに入ることが出来たのは、クリフさんが推薦してくれたからなんだ」
 かつて、初めて出会った時の事を思い出してリオンは懐かしさと苦労の両方を思い出す。
 独学で研究を行っていたある日、唐突に掘っ立て小屋の研究室へ訪れて来たと思ったら書きなぐられていた魔法陣や紋に関するダメ出しの嵐。続けて不貞腐れるリオンに対して無理矢理に正しい魔法制御回路の理論と描き方を仕込んだのだ。
 連日連夜、繰り返される過酷な日々の経験は今のリオンを助ける力の一つとなっている。
 ――もう一度経験したいとはまったく思わないが。
 そんなリオンの気持ちと、誤魔化すような笑いで妙な笑顔になってしまいイーファが不思議そうに見ていたが、特に追及されることは無かった。
「まあ、私が入って1年ほどで教師をやめてしまったんだけどね」
「バカな貴族と、自分を特別と思っているガキども、無駄にプライドの高い同僚たちに嫌気がさしてね。だから今はほそぼそと研究成果だけ提出している、ただの魔法使いの研究者さ」
「それは良いんですが、書いた論文を毎回僕に確認させるのはちょっと……」
「他の太鼓持ち連中じゃ信用できないから当然だ。それにアンタも勉強になって一石二鳥だろ? 今回も描いたもんは稚拙だったが役に立ったみたいだしね」
 カカカカと控えめな声でクリフは笑う。
 確かに言う通り確かに役に立った。
 イーファが使った魔法陣、本来ならちゃんとした設備や機材が必要な魔法石の作成を可能としたアレはクリフが少し前に考案し、その論文を読んでいたからこそ描くことが出来たものだ。
 もっともアレは完全なものでは無い。
 時間の関係だが、制御部分を省略し代わりに安全面を補強するように改変したものだった。
 イーファは扱いの難しくなったそれを見事に使いこなして見せたわけだ。
 墓地へ向かう途中、使用されたその魔法陣を見たのだがクリフは不満だったらしい。
「イーファさんは初めて描いたんですから、その評価は少し厳しすぎるのでは?」
「何言ってんだい。私が言ってるのは真ん中のアンタが描いた部分さ! 昔っから曲線の流しに力が入り過ぎる癖、全く直ってないじゃないか」
「それは……時間が無くて…………」
 痛いところをつかれ、ぼそぼそと呟くような声でしか反論ができない。
 しかし、そんな言葉にクリフが納得するわけもなく。
「だから焦って上手く描けなかったと? そんなのは教師として恥ずかしい言い訳だ。私の言い分に納得できないなら、もっと正確に素早く描けるよう精進しな」
 ぐうの音も出ない。
 時間がない時ほど焦らず冷静に、というのはリオン自身が生徒たちに度々言っている言葉だ。
 その叱られる子供のような姿を見てイーファがクスリと笑う。
「ま、そういうわけでこの子は少し与るよ」
「それはどういう?」
「そこの不出来な後輩の尻拭いをしてやるって事さ。アンタが見た出来損ないじゃなく本物の魔法回路を教えてやる。勿論、手取り足取り全部というわけにはいかないがね」
 このクリフの言葉にイーファは勿論、リオンも驚いた。
 クリフの厳しさは指導の部分だけではない。
 自分のお眼鏡にかなう素質が無ければあっさりと見放し、相手にすらしてくれなくなるという性格の気難しさ、そして容赦の無さが教えを乞う多くの生徒を挫折させたものだ。
 これに対する貴族たちの抗議で何度学院が頭を抱えた事か。
 だからこそリオンは、見る価値があるとクリフが言った事にとても驚いた。
「別に嫌ならいいよ」
「是非お願いします!」
「よし、決まりだね。さて坊主、お前さんにもたんまりやって貰わなきゃならない事があるんだ」
 浮かべられた意地の悪い笑みにリオンは嫌な予感がする。
 こういった顔の時、だいたいクリフは面倒な事を押し付けてくるのだ。
「実は私としたことが横着して送るのを後回しにしていた論文とその資料が大量にあってね。是非、そいつらの評価を頼むよ」
「……それはどのくらいの量でしょうか?」
「たんまり、だ。正確な数をいた方がいいかい?」
「あー、いや大丈夫です。頑張ります……」
「それじゃあ、お手柔らかにお願いするよ。とは言っても甘いもんはいらないがね」
 そう言うとクリフは墓地に背を向けて歩き出した。
 部外者がいつまでも近くで話し込んでいるのも鬱陶しいだろう。そう判断したのか、それとも本当に凄まじい量の論文があって、急がないととても終わらないのかは分からない。
 だが、なんとなく早く新しい教え子候補の素質を見たいという気持ちは感じられた。
 リオンたちは後に続く。
 嬉しそうなイーファとは対照的に、今晩は眠れるだろうかという不安でリオンは苦い顔をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...