リオン・アーカイブス ~休職になった魔法学院の先生は気の向くままフィールドワークに励む(はずだったのに……)~

狐囃子星

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炎と竜の記録

決定と気晴らし

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「落ち着きな!」
 慌ただしくまとまりのない言葉が口々に飛びかう部屋の中、ついに我慢の限界がきたクリフは怒鳴り声でもって全員を一喝する。
 途端に静寂が訪れ、全ての視線が立ち上がったクリフに集まった。
「まずは情報の整理だ。坊主がいなくなって今日で何日だ?」
「既に三日も経っています。あのドラゴンを空に見たかもしれないとの証言もありますし、連れ去られた可能性が高いでしょう」
 答えたのはブレイスだ。
 険しい顔となっているのは、ようやくまともに動かせるようになった腕が誰にやられたものかというのでも思い出したのだろう。
 彼の言葉にクリフは首を横に振る。
「それはお前さんの憶測だ。分かっているのは坊主が消えたのは三日前、その時にこの村の空に件のドラゴンの影を見たってだけで繋げて考えるには根拠が薄い。そもそも偶然時期が重なっただけで全く別である可能性だって否定できないだろう?」
「でもクリフさんだって探しているじゃない! あの大きな鳥を使って――」
「口を慎みな、あの子は友人であって私の道具じゃない」
 静かに、凍えそうな程の冷たさでクリフはテルミスに注意する。
 これまでに見た事の無いような雰囲気の急変化、そこから受ける圧力にテルミスの続けようとした言葉はのどに詰まり出てこなかった。
 きっとこれが本能からの恐怖と呼ぶものなのだろう。
「――今、この私が残っているのは逃げた盗賊連中がまた襲ってくるかもしれないからだ」
「……もう来ないかもしれないじゃん」
「そいつは希望的観測ってもんだ。復讐、報復、仕返し、もしかしたら自棄を起こして自爆みたいな事をしでかす可能性だって、連中の今の動向をつかめていな今は否定できない。常に最悪に備えるのが冒険者ってもんじゃないのかい?」
 ポツリと不満顔で漏らしたテルミスの言葉をクリフは一喝する。
 別におかしなことは言っていない。冒険者という生きるか死ぬかの世界にいる者であれば常識と言われている事、それを指摘されては反論の声などあげられようもない。
 ムッツリと不機嫌そうな顔のままテルミスは口を閉じるしか無かった。
「続けるよ。私は友人にドラゴンが飛んで行った先を調べて貰っている。勿論、相手に見つかるわけにいかないから慎重にだがね。しかし、この捜索範囲はとても広い。巣に持ち帰ったか、それとも適当な場所に降ろしたのか。彼らが獲物を隠しそうなポイントは麓の森から山までいくらでもあるからね。だが少なくとも持ち物も体の一部も見つかっていないから、食われたとまでは言えない。絶望的な事に変わりはないがね」
 だから人の足で探しに行くのは無駄である。
 クリフはそう断言した。
「先生は――」
 ずっと黙っていたイーファが俯けていた顔を上げた。
 目が赤く塗れているのは、彼女の中より込み上げてくる感情を表しているのだろう。
「先生は心配じゃないんですか?!」
 おおよそ彼女から聞いたことのないほどの強く攻める声に、長く共にいるブレイスとテルミスですら驚きの表情を浮かべる。
 しかしクリフは涼しい顔で、顎を少し上げその様を見下ろす。
「坊主は一人前の教師、リベリオ学院に属するもんだ。生きてんなら自分の身は自分で何とかするだろうさ。一朝一夕を一緒にいた程度の付き合いで知ったような口を聞くもんじゃないよ」
「それでも――」
「そんな事より、荷物の方は無事に回収できたんだね?」
 イーファが言い返しかけたところ、クリフはわざと別な話を割り込ませて機会を奪う。
 突然の使命にへカルトは一瞬ポカンとし、それからおずおずと頷いた。
 不思議とドラゴンどころか魔物とすら道中は出会う事が無かったらしい。それがただの幸運なのか異常の前触れなのかは分からないが、へカルトたちが無事に帰って来たことは非常に喜ばしい事だ。
「ですが、リオンさんの荷物はありませんでした」
「目ざとい連中に見つかれば金目のものと見抜かれて持っていかれてもおかしくはない。ちゃんと対策をしておかなかった自分のミスとして、戻って来てから叱ればいいことさ」
 そう言いつつもクリフは落胆を隠しきれない。
 中には最新の研究成果や実験器具が少なからずあったハズだ。この面倒な状況を打破する助けとなったであろう物たちが手に入らなかったのは残念でならない。
 そんな様子も、冒険者たちには気に入らないらしく明らかに機嫌の悪そうな顔を作っている。
「そういうわけで、捜索に出る話は無しだ。今まで通り壁の中で大人しく戦いの傷を癒すしかない。建物の修繕だってまだ終わっていないんだ、仕事はいくらでもあるんだから怪我がもういいなら手伝ってやりな」
「そんなこと、言われなくなってやりますよ」
「そうかい? ならいい」
 話はお終いだと言うようにクリフは背を向けて部屋から出ていく。
 そのままの勢いで外へでて、軽く伸びをしてから一度空を見上げた。
 昼を少し過ぎた頂上近くよりの強力な日差しは夏のような暑さを齎しているが、遠くに浮かぶ黒い雲は不穏に膨れ上がっているかのように見える。
「まだ戻ってこないか」
 そこに友人の姿を見つけられず、溜息を一つ。
 自分は安全な場所にいながら友へ危険な仕事を押し付けている事への後ろめたさ、そしてまた優秀な後輩を一人失うのではないかという不安。
 それを飲み込んでクリフは顔を上げる。
 まずは出来る事から始めるべきだ。
「おや、どうしたんですか? えっと、先生の先生」
「先生の先生じゃなくて、先生の先輩だよ」
 向かった先は外の防壁、へカルトたちを迎えるために開かれた門は閉じられようとしているところだった。
「ここ、少しだけ開けといてくれないかい? 外に少し用事があってね」
「多分大丈夫ですが、もしかして一人で助けに?」
 どうやらリオンの事は村人たちの中で噂となっているようだ
「いいや違うよ」クリフはハッキリ否定する。
「少しばかりここの守りを固めて置こうと思ってね。どうにも今は研究をする気分になれないから、ちょっとした気晴らしようなもんさ。特に意味はないと思うがね」
「はあ……」
「ま、せいぜい魔物避け程度のもんだがね」
 そう言った後、クリフは見張りの一人に頼んで一本の棒を受け取る。
 長さはクリフの身長程度の長い物で、テルミスの要望に応えて作っていた槍の素材の余りだ。
「そんなに時間はかからないと思うから、このまま開けておいてくれよ。敵やら魔物やらが出て来たってんなら別だがね」
「分かりました」
 クリフは荒野へと出る。
 ここは激しい戦いの行われた場所ではないが、流れる風には血の臭いが混じっているような気がして顔をしかめる。気のせいだと分かっていても不快感はなかなか消えないものだ。
 気を取り直して適度に門と壁から離れると、そこに棒を突き立てる。
 硬質な石と砂の大地に突き立てた棒の先をそのまま引きずるようにしてクリフは後ろ向きに歩き始めた。
 まっすぐ、迷いなく、崩れることなく。
 一見して直線に見えるそれは上空から見れば美しい曲線を描いている事が分かるだろうが、地上にいるクリフにその光景は見えない。ただ感覚のみを頼りに線を引き続けた。
 日が傾く、影が伸びる、日が暮れる、影が黒く染まる。
 やがて世界の全てを闇が飲み込み、その闇に抗うように星々が輝き始める。
 大きな月が空の端より登って太陽の代わりと地上を薄く照らし、それも次第に傾いては地平の彼方へとその身を横たえていく。
 そして空の端が白くなり始め太陽がゆっくりと顔を出し始めた。
「ふぅー」
 クリフは大きく息を吐く。
 始まりの点へ戻って来た棒が、一本の線の終わりと始まりを狂いなく繋げて離される。
 途端、一つの曲線。村を取り囲んだ円が薄っすらと光を放ち始めた。
「ま、取り敢えずはこんなところだね」
 肩をグルグル回して村の方へ戻れば、律儀に少しだけ開いたままの門がある。
 潜れば昨日とは別の男が立っておりクリフは軽く会釈を交わして擦れ違うと、後ろから門を閉める重い音が聞こえた。
 大きく欠伸を一つ。だいぶ置いて来た体には少々過剰な労働だったと後悔。
「キュイー」
「おや、ちょうど戻って来たんだね」
 空から聞こえた友の声に欠伸をしながら顔を上げる。
 始めは手の平程度の大きさだった影は、あっという間にクリフを超えるほどに大きくなり、バサリと力強き羽ばたきが巻き起こす風に砂が舞い上がった。
 その変わりない雄々しき姿にクリフは安堵する。
「それで、何か分かった――」
 友の頬に触れようとした時、クリフは言葉を失う。
 合わせた瞳は不安と恐怖に揺れている。触れた体は怯えたように震えている。
 柔らかな羽毛は逆立ち、筋肉は緊張し硬く石のように――。
 いったい何が?
 それを聞こうとクリフが口を開いた時だった。

 “カンカンカンカンカンカンカンカン!!”

 けたたましく鐘の音が鳴り響く。
 場所は自分の入って来た門ではなく襲撃を受けた側とは逆側、リオンが村人たちと脱出に利用した側からのようだ。
「すまない、あの音の方へ行ってもらえるかい?」
 真剣な顔で問いかければ、鳥はぎこちなさのある動きながら背に乗れるよう体を沈めてくれる。
 クリフを乗せて鳥は空高く舞い上がった。
「これは――」
 眼下の光景に言葉を失う。
 遠く見える森が黒い何かに覆われ、そこから染み出すように影が村の方へと徐々に近づいてきているのが見える。
 近づくに従ってそれが一つの塊ではなく無数の“何か”であることを理解し、クリフは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
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