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炎と竜の記録
落ちる影
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一斉に放たれた矢は、しかしその殆どがそのまま風を切っただけで地に落ちていく。
空へ向けての弓の使い方など彼らはほとんど知らない。矢がどれほど狙いよりも落ちるのか、地上よりも読めない敵の動きをどう捉えるのか。
ブレイスは空からの攻撃を想定していなかったわけではない。だが彼が想定していたのは自分やイーファが十分にカバーできる程度の数であり、目の前まで迫る空の怪物たちはあまりにも数が多すぎる。
何しろ、ざっと見た感じの目算ですら守備隊の総数を上回っているのだ。
地上の侵攻の際には影も形も無かったというのに、どうして今になって出てくると考えられるか。
「ああもう、言い訳なんか考えている場合か!」
弱気になっている自分に喝を入れる。
そしてブレイスは傍に控えていた伝達役に「下にある予備の木槍をありったけ持ってこい!」と命令して行かせた。慌てて下って行った伝令役は数人を伴って大量の木槍がブレイスの元に集まる。
「弓矢はそのままうち続けろ! 命中率が悪くても気にせずに撃て! 外れた矢はどうせ下の連中に当たるから無駄にはならん!!」
檄を飛ばしつつブレイスは槍の一本を手に取る。
それはただ先を尖らせただけの棒だ。ちゃんとした刃、包丁や鎌の刃を取り付けた急ごしらえの槍は刃物の数の関係で守備隊の使う分と少しの予備しかない。
だから余った棒はこうして先をとがらせておくように命令しておいた。
例え刃が無くとも先端が尖ってさえいれば、亀のように硬い鱗でも持たれていない限り武器として使えなくもない。
「だが、こんな使い方は想定していなかったがな」
ブレイスは槍を逆手に持つ。
そして担ぐような姿勢から半身を後ろへ逸らしつつ腕も併せて後ろへ。足を前後に開き、息を吸っては止め引き絞った全身のバネを使い――槍を投げた。
ただの木槍は周囲より飛ぶ矢を超え一直線に突き進む
そして避ける暇も与えず複数の怪物をくし刺しにして地上へと落とす。
「まったく、最近はガキの時の経験が活きる事が多すぎるな!」
己を鼓舞するよう豪快に自嘲の笑い、それからまた槍を手に取り投げる。
「私もやるよ!」
三本目を投げた瞬間に、弓兵の邪魔にならないよう身を低くして胸壁をかけてきたテルミスは隣に立つと直ぐに木槍を手に取った。
自家製の槍は背に背負ったまま、しなやかな体を鞭のように振るって槍が飛ぶ。
それはブレイスよりも正確に怪物の頭を、その真っ赤な口の中を貫き落とす。
流石の槍使いといったところだろう。
二人は猛烈な速さで槍を投げ続け、見届けていた伝令たちは慌てて下へ補充しに行く。
二度目の補給が底をつきた。
「まったく勘弁してくれよ」
「ホント、人気者は辛いねぇ」
怪物たちはもう目と鼻の先と言った所。数は二割ほどは減らせていると思うが、脅威と判断されたのかブレイスたちの元へ向かっている一団の数は明らかに他よりも多い。最初の時と比べて明らかにここだけ増えている。
「ま、近寄ってきてくれるなら戦いやすいか」
「後ろに向かうより私らを潰すの優先してくれると助かるね」
「……いい知らせだ、アイツらは頭が良くないらしい」
視界の端、空を飛んできた怪物たちと守備隊との戦いが始まる。
それの何処が良い知らせなのか。
怪物たちは壁の上の殲滅を優先して“村の内部に踏み込んでいない”のだ。
「まあ非戦闘員はずっと奥だからね。本能優先の連中だったら見え無い獲物よりも見える獲物を狙うでしょ」
「なるほど、だから弱い部分の各個撃破よりも明確な脅威の殲滅を優先するわけか」
ブレイスは剣を抜き、テルミスも背負っていた槍を構え胸壁に登る。
如何せん、壁の上は狭くて槍を振るうのには不都合だ。胸壁の上であれば、すぐ下は奈落で足場が多少悪い程度のデメリットで好きに槍を振るう事ができる。
「今回は怪我も直っているし、たっぷり休んで体調も万全。武器に不安はあるけど多分問題なし。……じゃ、鈍った体の慣らし相手としてドンドン来なさいな!」
テルミスは踊るように槍を振るい、一番最初に間合いに入ってきた怪物の頭を狙い過たず刺し貫いては、その勢いのまま跳び直後それまで場所に怪物たちは殺到する。
ここが狙い目と横薙ぎに振るわれた槍、その念入りに尖れた刃が黒い体躯を切り裂く。
「やるなぁ!」
そう言いつつ、ブレイスは後ろからの爪の一撃を避け仕返しの一撃で絶命させる。
死骸の変化する黒い液体は地面でもない石の床に染み込むが、水のように滑るような感覚はなかった。これはこれで不気味な事であるが、今は動きを縛る要素にならない事を幸運に思い身体能力の全てを発揮して戦う事にする。
近くで邪魔にならないよう槍や剣代わりのナタを振るう守備隊たちは、周りから見えなくなるほど大量の敵を前に、その隙間から時折除く冒険者たちの戦いに驚愕し勇気づけられる。
黄金級の冒険者は伊達ではないのだ。
ほぼ万全と言える彼らは盗賊相手の防衛戦の時とは見違える者で、凡そ常人の理解を超えた素早さと華麗な技が圧倒的な数の不利をものともしていない。次々に打ち取られては数を減らしていく怪物たちは最初こそ余裕のように見えたが、想像を遥かに超える二人の実力者に有効打を一つも見つけ出せず焦り始める。
焦りが動きの繊細さ、そして仲間との“互いの攻撃の邪魔はしない”という最低限の連携すら崩して足を引っ張り始めるようになっていく。
所詮は殺戮しか知らない知恵持たぬ怪物。数以外は魔物の方が遥かに厄介だ。
下は壁に無力で、上は守備隊よりも冒険者を優先し始め一ヵ所に集まった結果、ブレイスの「俺たちに構わず矢を放て!」という命令を受け数の減少は加速していく。
この空の怪物たちをなんとか出来れば――。
ブレイスは戦いの風向きが変わるはずだと確信する。
「っ! なんだ?!」
振り下ろした剣が空を割く。
それと同時に一気に覆うように密集していた空の怪物たちが距離を取り始めた。
諦めた、とは下から聞こえる怨念たちの声から考えられない。
空の怪物たちは唐突に壁の下へと急降下する。そして複数匹がかりで、巨大な怪物を持ち上げ始めた。どんどんと彼らは天高く上がっていく。掴まれた怪物は困惑したように、自分を持ち上げている相手を見るように頭を動かす。
上昇が止まった。
次に行ったのは急降下だ。猛烈な速さで彼らかブレイスたちの方へ向かってきている。
「マズい、全員下がれ!」
命令するのが先か、これから行われる行為を理解して怪物が暴れ始めたのが先か。
パッと手を離された巨体は尚も加速し、砲弾のようにその正面に、壁の上にいた者たちへ降り注ぐ。
“グシャリ”
それが怪物か、怪物に巻き込まれた者のものかは分からない。
しかしゾッとするような音に変わりはなく、飛び散る黒か赤か分からない雫が顔につき吐き気が込み上げてくる。
壁は揺るがない。しかしこの一撃は明確に守る者たちの心へ暗い影を落とした。
空へ向けての弓の使い方など彼らはほとんど知らない。矢がどれほど狙いよりも落ちるのか、地上よりも読めない敵の動きをどう捉えるのか。
ブレイスは空からの攻撃を想定していなかったわけではない。だが彼が想定していたのは自分やイーファが十分にカバーできる程度の数であり、目の前まで迫る空の怪物たちはあまりにも数が多すぎる。
何しろ、ざっと見た感じの目算ですら守備隊の総数を上回っているのだ。
地上の侵攻の際には影も形も無かったというのに、どうして今になって出てくると考えられるか。
「ああもう、言い訳なんか考えている場合か!」
弱気になっている自分に喝を入れる。
そしてブレイスは傍に控えていた伝達役に「下にある予備の木槍をありったけ持ってこい!」と命令して行かせた。慌てて下って行った伝令役は数人を伴って大量の木槍がブレイスの元に集まる。
「弓矢はそのままうち続けろ! 命中率が悪くても気にせずに撃て! 外れた矢はどうせ下の連中に当たるから無駄にはならん!!」
檄を飛ばしつつブレイスは槍の一本を手に取る。
それはただ先を尖らせただけの棒だ。ちゃんとした刃、包丁や鎌の刃を取り付けた急ごしらえの槍は刃物の数の関係で守備隊の使う分と少しの予備しかない。
だから余った棒はこうして先をとがらせておくように命令しておいた。
例え刃が無くとも先端が尖ってさえいれば、亀のように硬い鱗でも持たれていない限り武器として使えなくもない。
「だが、こんな使い方は想定していなかったがな」
ブレイスは槍を逆手に持つ。
そして担ぐような姿勢から半身を後ろへ逸らしつつ腕も併せて後ろへ。足を前後に開き、息を吸っては止め引き絞った全身のバネを使い――槍を投げた。
ただの木槍は周囲より飛ぶ矢を超え一直線に突き進む
そして避ける暇も与えず複数の怪物をくし刺しにして地上へと落とす。
「まったく、最近はガキの時の経験が活きる事が多すぎるな!」
己を鼓舞するよう豪快に自嘲の笑い、それからまた槍を手に取り投げる。
「私もやるよ!」
三本目を投げた瞬間に、弓兵の邪魔にならないよう身を低くして胸壁をかけてきたテルミスは隣に立つと直ぐに木槍を手に取った。
自家製の槍は背に背負ったまま、しなやかな体を鞭のように振るって槍が飛ぶ。
それはブレイスよりも正確に怪物の頭を、その真っ赤な口の中を貫き落とす。
流石の槍使いといったところだろう。
二人は猛烈な速さで槍を投げ続け、見届けていた伝令たちは慌てて下へ補充しに行く。
二度目の補給が底をつきた。
「まったく勘弁してくれよ」
「ホント、人気者は辛いねぇ」
怪物たちはもう目と鼻の先と言った所。数は二割ほどは減らせていると思うが、脅威と判断されたのかブレイスたちの元へ向かっている一団の数は明らかに他よりも多い。最初の時と比べて明らかにここだけ増えている。
「ま、近寄ってきてくれるなら戦いやすいか」
「後ろに向かうより私らを潰すの優先してくれると助かるね」
「……いい知らせだ、アイツらは頭が良くないらしい」
視界の端、空を飛んできた怪物たちと守備隊との戦いが始まる。
それの何処が良い知らせなのか。
怪物たちは壁の上の殲滅を優先して“村の内部に踏み込んでいない”のだ。
「まあ非戦闘員はずっと奥だからね。本能優先の連中だったら見え無い獲物よりも見える獲物を狙うでしょ」
「なるほど、だから弱い部分の各個撃破よりも明確な脅威の殲滅を優先するわけか」
ブレイスは剣を抜き、テルミスも背負っていた槍を構え胸壁に登る。
如何せん、壁の上は狭くて槍を振るうのには不都合だ。胸壁の上であれば、すぐ下は奈落で足場が多少悪い程度のデメリットで好きに槍を振るう事ができる。
「今回は怪我も直っているし、たっぷり休んで体調も万全。武器に不安はあるけど多分問題なし。……じゃ、鈍った体の慣らし相手としてドンドン来なさいな!」
テルミスは踊るように槍を振るい、一番最初に間合いに入ってきた怪物の頭を狙い過たず刺し貫いては、その勢いのまま跳び直後それまで場所に怪物たちは殺到する。
ここが狙い目と横薙ぎに振るわれた槍、その念入りに尖れた刃が黒い体躯を切り裂く。
「やるなぁ!」
そう言いつつ、ブレイスは後ろからの爪の一撃を避け仕返しの一撃で絶命させる。
死骸の変化する黒い液体は地面でもない石の床に染み込むが、水のように滑るような感覚はなかった。これはこれで不気味な事であるが、今は動きを縛る要素にならない事を幸運に思い身体能力の全てを発揮して戦う事にする。
近くで邪魔にならないよう槍や剣代わりのナタを振るう守備隊たちは、周りから見えなくなるほど大量の敵を前に、その隙間から時折除く冒険者たちの戦いに驚愕し勇気づけられる。
黄金級の冒険者は伊達ではないのだ。
ほぼ万全と言える彼らは盗賊相手の防衛戦の時とは見違える者で、凡そ常人の理解を超えた素早さと華麗な技が圧倒的な数の不利をものともしていない。次々に打ち取られては数を減らしていく怪物たちは最初こそ余裕のように見えたが、想像を遥かに超える二人の実力者に有効打を一つも見つけ出せず焦り始める。
焦りが動きの繊細さ、そして仲間との“互いの攻撃の邪魔はしない”という最低限の連携すら崩して足を引っ張り始めるようになっていく。
所詮は殺戮しか知らない知恵持たぬ怪物。数以外は魔物の方が遥かに厄介だ。
下は壁に無力で、上は守備隊よりも冒険者を優先し始め一ヵ所に集まった結果、ブレイスの「俺たちに構わず矢を放て!」という命令を受け数の減少は加速していく。
この空の怪物たちをなんとか出来れば――。
ブレイスは戦いの風向きが変わるはずだと確信する。
「っ! なんだ?!」
振り下ろした剣が空を割く。
それと同時に一気に覆うように密集していた空の怪物たちが距離を取り始めた。
諦めた、とは下から聞こえる怨念たちの声から考えられない。
空の怪物たちは唐突に壁の下へと急降下する。そして複数匹がかりで、巨大な怪物を持ち上げ始めた。どんどんと彼らは天高く上がっていく。掴まれた怪物は困惑したように、自分を持ち上げている相手を見るように頭を動かす。
上昇が止まった。
次に行ったのは急降下だ。猛烈な速さで彼らかブレイスたちの方へ向かってきている。
「マズい、全員下がれ!」
命令するのが先か、これから行われる行為を理解して怪物が暴れ始めたのが先か。
パッと手を離された巨体は尚も加速し、砲弾のようにその正面に、壁の上にいた者たちへ降り注ぐ。
“グシャリ”
それが怪物か、怪物に巻き込まれた者のものかは分からない。
しかしゾッとするような音に変わりはなく、飛び散る黒か赤か分からない雫が顔につき吐き気が込み上げてくる。
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