リオン・アーカイブス ~休職になった魔法学院の先生は気の向くままフィールドワークに励む(はずだったのに……)~

狐囃子星

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炎と竜の記録

剣は折れ

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 まだ生きている。
 体が鉛のように重い。
 右手を付こうとして、もうその手は無かった事に気がついた。
 代わりに左手を付いて状態を持ち上げる。
 でも足に力が入らない。まるで腰から下は千切れて無くなったかのように感覚がない。
 ダメなら諦めようか。
 そう思った時に悲鳴に似た声を聞いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 掠れた視界の中で動く人影がある。
 それは光の軌跡を描きながら巨大な黒い影に突き進み、その腕に簡単に振り払われて地面にたたきつけられた。二度、三度と跳ね、ゴロゴロと転がる。
 もう動かないのかな。
 そう思っていたのに人影は立ち上がった。
 細長い棒を、先端に光を宿したそれを杖のように突いて立ち上がり、再び咆哮と共に影へと向かっていく。
 何度やっても同じ事だ。
 その光は、あの巨大な闇を相手にするにはあまりにも小さすぎる。
 その程度の光一つでは暗黒を切り裂くことはできない。

 ――なら、二つだとどうだ?

 誰かが言った。
 俺は振り返りその相手を見る。立っていたのは自分だ。
「変わらねぇさ」
 俺はそっけなく答える。
 そう、松明が一つから二つに増えた程度で夜の世界を照らせないのと同じだ。
 相手は余りにも強大で、俺たちは余りにもちっぽけだ。
『嘘だな』
 もう一人の俺はハッキリそう断言した。
「嘘じゃない」
『いいや嘘だ。夜の世界を照らせない? 本当にそう思うか?』
「思うさ」
『いいや、お前は知っている』
「知っている? 何を?」
『夜の闇を照らす者たちを』
「夜の闇を照らす者たち?」
『ああ、いつもそいつらは夜に現れて大地を照らす。儚く弱く消えそうな癖に、飽きもせず諦めもせず地上に暮らす連中に、ささやかな安らぎを与えるために』
 俺には分からない。
 頭は泥水の詰まったように重く不明瞭で、目の前の俺が何を言っているのか分からない。
『いいや、分かってるさ』
 目の前の俺はそう断言する。
 いったい、俺は何を分かっているというのだろうか?
『いい加減に目を背けるのは止めろよ、みっともない。それともお前の覚悟はその程度だったのか? 家を飛び出したのは、稽古が辛くて嫌だっただけなのか?』
「それは――」
 違う。そうじゃない。
 頭の中から泥が抜けていく。忘れていたものを思い出す。
「俺は憧れたんだ」
 夢のような物語に。そこに数多と現れる勇敢な者たちに。
 力の大小は関係ない。頭の出来だって、それがどうしたと突っぱねる。世界の理不尽に果敢に挑み己の信念をもって闇に怯える者たちの光にならんとする者たちに。
『そうだ。お前は憧れたんだ。偉大な奴らに。地位も名誉も関係ない、その高潔な生きざまを知り、末端の席に自らも並びたいと強く思ったんだ』
 体に力が溢れてくる。
 体を起こす。言う事の聞かない足を無理矢理に従わせて立ち上がる。
 左手に剣を持ち不格好に構える。
『光が二つじゃ意味がない? そんなの――』
「決めるのは俺じゃねぇ。俺はただ、その光に意味があると世界に訴えるんだ!」
 目がハッキリとした。
 テルミスは未だ一人で戦い続けている。
 左の足は満足動かせておらず、槍の柄を使う事で何とか不足を補っていた。
 それに比べて自分はどうだ?
 全身の感覚が薄い? 右腕が無い? たかがその程度で何諦めてんだ!
「おらぁああああっ!!」
 テルミスを弄んでいた怪物に向け、ブレイスは跳び込みながら剣を振りぬく。
 完全に意識外からの一撃、怪物は避ける事も防ぐことも出来ず、背後からの斬撃を受けた。
 バチバチと剣と黒い体躯の間に火花が散り僅かな時間、二つは拮抗する。
 
 ――そして剣は折れた。
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