リオン・アーカイブス ~休職になった魔法学院の先生は気の向くままフィールドワークに励む(はずだったのに……)~

狐囃子星

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炎と竜の記録

失ったもの

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 勝利を確信した。
 獰猛な本能が喜びの賛歌を奏で、目の前に横たわる冒険者の絶望する顔に酔いしれる。
 目障りな連中は遂に圧倒的な力によって潰えた。
 もはや反抗するものはいなくなり、暴力により全ては支配されるのだ。
『キシシシシシシ』
 思わず笑いが込み上げてくる。
 さあ、最後の一手間だ。目の前にいる心折れた人間を血祭りにあげるだけである。
 アレほど怒りに燃えて無駄に暴れていたというのに、随分と大人しいものだ。
 ああそうだ。その顔が見たかったのだ。
 いつまでも諦めず戦い続けるなんて馬鹿のする事、世界に蔓延る理不尽に飲み込まれて心折れ、二度と立ち上がれないほどの傷を負うだけなのだから。
 だが、他人がそれに打ちひしがれる顔を見る事の何と愉快な事か。
 大きく口を開ける。
 その絶望のさなかに死んだら、魂はどうなるのだろうな。
 自分と同じような怪物になり果てて世界を呪い続けるのだろうか?
 ああ考えるほどに愉快だ。
 世界を守るなんてチンケで滑稽な夢を追いかけている、反吐の出る冒険者どもが逆に世界に仇なす怪物になり果てるなんて最高じゃないか。
 体を屈めながら、本能の求めるままに血肉を喰らうのだ――。

「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!?!?!?!」

 何が起きた? 何があった?
 全身を駆け抜けるのは経験にないほどの強烈な激痛。
 まるで細かな針で体中を隙間なく一挙に刺し貫かれたかのような悍ましい感覚。
 目の前は真っ白に染まり、痛みに体が反り返る。
 なんだ? なんなんだ!
 答えてくれる相手はいない。
 まるで視覚を失ってしまったかのように、いくら首を回しても自分の姿すら見る事はできない。
 何が起きている!
 言葉は不可思議な怪物の遠吠えにしかならず、答えてくれる部下の声は一つも聞こえない。
 俺を置いて逃げたのか? 何故? どうして?
 何も分からない。自分が何をやったかも、今まで何が行われていたのかも。
 ピシリ、と何かのひび割れるような音がきこえた。
 間もなくガラスの割れるような音が続き、真っ黒な塊が沢山自分の回りの落ちて散らばる。それらも白い光に飲み込まれると直ぐに消滅した。
 へドランは、それが炎であると理解しゾッとする。
「ふざけんな!」
 その手に握った水色の短刀を振るう。
「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなあああああああああ!!」
 恐怖に引きつった裏返った声で叫びながら短刀を振るう。
 炎が迫ってくる! 
 また俺から全てを奪おうと迫ってくる!
 俺はもう二度と奪われないために、奪う側になったのだ。
 二度と燃やされないように力も手に入れたのだ。
 だというのに、どうしてまた迫ってくる。
 どうしていつまでも俺の邪魔をする!!
 叫びながら水の壁を作り出す。何度も、何度も、炎と自分を分かつ境界を作り続けるために担当をがむしゃらに振り続ける。

 ――水色短刀はついに力を失った。

 色を失った。罅割れた。崩れていった。
 自分を守ってくれていた力が消えていき、へドランは叫び声を上げながらその残滓を掬おうと蹲って地面をひっかくようにかき集めた。
 黒い粒子をかき集めて、かき集めて、かき集めて――。
 水の壁が破られた。
 白き炎が押し寄せて哀れな盗賊を飲み込む。
 ああ、本当に世界はクソったれた。
 最後に盗賊は悲鳴に似た咆哮を上げ世界を呪う。
 誰にも届かない、激情を吐き出しつくし、そして世界は静寂に包まれた。
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