リオン・アーカイブス ~休職になった魔法学院の先生は気の向くままフィールドワークに励む(はずだったのに……)~

狐囃子星

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商人と影たちの記録

パーティ会場へ

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 気がつけばだいぶ日が暮れている。
 カバンを新調したり、今晩泊まる宿を決めたり、オーリアが補ってくれていた旅の日用品を一通り揃えたり、水筒を選んだり、フィリアンを雇う報酬について話し合ったり、前払いを要求されたり、とにかく手を付け始めると次々に必要な出費が現れて、一通りを終える頃には世界は赤みを増していた。
 そしてその時間に至り、リオンはようやく一つ重大な問題に気がついたのである。
「レクシロン君との待ち合わせ、時間も場所も決めていなかった」
 宿の一室、簡素であるが生活感のあるベッドに座りながらリオンは溜息を一つ。
 流石に男女という事でフィリアンは別室を用意している。最初、宿の主人が何か勘違いをしていたようで大ベッド一つの部屋に案内されたが、直ぐに変更して貰い事なきを得た。
 他の部屋が全て埋まっていたら、きっとレクシロンとの約束よりも前にそちらで頭を抱えていた事だろう。
「連絡も取れないしなぁ」
 既に銀行は閉まっている。
 途切れることなく訪れ続ける客の相手は終わり、今は忙しく今日一日の膨大な記録を整理しているところだろう。
 流石にその邪魔になるような事はしたくない。
 ボンヤリと、どうしたものかなと考えていると「お客さん」と扉を無造作に開けたのは、宿の主人である老爺だった。
「何かありましたか?」
「いえ、お客さんを呼んでる方がいらっしゃったもんで」
 はたして誰だろうか。
 そう思っていると老爺の後ろからひょっこり考えていた件の人物が顔を出す。
「迎えに来ましたよ先生」
「レクシロン君! でも、どうしてここが?」
「先生に色々伝えるの忘れて途方に暮れて歩いていたら、偶然ここに入ってく姿を見かけたんです」
『嘘だな』
 やや演技っぽい調子で答えるレクシロンの言をミュールが即座に否定する。
『こいつは、お前が白い石ころを買った店から出た後、ずっと付けていたぞ』
「そうなんですか?」
「あー、バレてましたか。何か楽しそうだったから声がかけにくくて」
 嘘がバレた事に肩をすくめてレクシロンは続ける。
「先生、研究の時以外でもあんな顔するんだって新鮮でしたよ」
「……普段、教え子たちがどんな目で私を見ているのか、俄然気になるようになったな」
「あ、別に悪い意味じゃないですよ。ただ先生も俺と変わらない男なんだなって」
 はたしていったい何を見たらそのような感想になるのだろうか。記憶の限りでは何か勘違いを起こさせるような出来事も、やり取りも存在しなかったはずである。
 後ほど記憶の訂正が必要そうなだな。
 そんなことを思いつつ、フィリアンに出かけることを伝えてから外に出る。
 夕日に赤く染まる街と遠く伸びた黒い影が強烈なコントラストを作っており、道行く人々も何処か絵画的に見えた。
「じゃ、行きましょうか」
 先を歩くレクシロンに付いて行きながら、リオンもその動く絵画を構成する一員へと加わる。
 流石に日が暮れてくると人通りの落ち着いてくるのと同時に、仕事を終えて帰る疲れた顔の人の割合が非常に高くなっていた。リオンの記憶では、ただただ惰性で研究を行って寮へ帰る生徒にはこのような顔が多かったように思う。
 そんな何とも世知辛い中を進んでいった先、町の中心からは少し外れた所謂ところの成金と呼ばれるような人たちがクラス場所へやってくる。ここは日が落ちて来ても人の数はそれなりに多く、レクシロンは逸れないよう歩く速さを落としていた。
 そんな区域に入って少し歩くと、目的の建物へとやってくる。
 巨大な縦長の建物だ。四角形の塔というのがもっともしっくりくる表現だろう。
 ただ塔と違うのは各階に作られたのであろう窓は大きく、壁も態々塗装を行って独創的な絵が描かれている。地の底より這い上がってくる人々が、金を払って船に乗り天上へ向かっていくというものだが、なんと身も蓋もない絵だろうか。
 そんな、なんと感想に困る大きさだけは一人前の建物には、見るからに金持ちであるという風貌の人々が入って行っていた。
 そこへ今、二人は向かっている。
「先生にはあまり趣味の合わないところかと思いますが、そこはまあ目をつむって頂ければ」
 レクシロンは力なく笑いながら言った。どうやら引き気味で顔を引きつらせたリオンの様子に気が付いたようだ。なお続けて「俺もあんま近寄りたくない場所なんですけどね」と本音を漏らしていたが、聞こえたのはリオンだけだろう。
「これはレクシロン様ではありませんか! ようこそいらっしゃいました!」
 開かれた扉の前で、強面で見るからに強そうなガタイの良い男が恭しくレクシロンを迎える。
 続けてその視線はすぐ後ろを付いてきていたリオンの方へ向けられた。
「そちらの方は?」
「私の友人でね。大丈夫、君のとこのオーナーには許可を取っているよ」
「畏まりました」
 短い返答の後、男はジロジロと全身を舐め回すように見たあと鼻で笑う。
「では奥へ、最上階よりパーティ会場へ入れます」
「わかった。……では行きましょうか」
 相手によってコロコロ態度を変える男を二人は笑顔で通り過ぎる。
 そして十分離れるとレクシロンは不機嫌そうに舌打ちをした。
 ブツブツ漏れ聞こえる独り言から察するにリオンを笑った事が気に入らないらしい。
 もうとっくに手を離れた教え子だというのに、今でもそのように慕ってくれていると思うと嬉しいやら照れ臭いやら。
 緩んだ顔をペチペチ叩いて『だらしがないぞ』と注意するのはミュール。
 ただ何だか眠そうで欠伸を大きく一つ。炎が漏れ出ないかと少し心配したが、流石に時と場所は考えるようでちゃんと抑えてくれていた。
 風の魔法を利用した昇降機を使い屋上へ一気に登る。
 そして外へ出ると、そこには多くの人でごった返していた。
「あれ、ここからパーティ会場へ入るんですよね?」
 なのにどうして、これだけの人がこの場に集まっているのだろう。何処かで何か不都合が起きて流れが止まってしまっているのだろうか。
 そんな疑問が浮かぶリオンに、答えを告げる声が頭上より鳴り響く。
『ようこそいらっしゃいました紳士淑女の皆さま。ではこれよりアーティファクトを利用しパーティ会場へと一挙にご招待いたします!』
 見上げても黒く染まりポツポツと数を増やし始める星の空しか見えず、語り掛けてくる者の姿は何処にも見当たらない。
 それにアーティファクトと言っていたが何をする気だろうか。
 考えている間に、すでに周囲は変化を始めていた。
 薄っすらとした桃色の膜のようなものが足元から湧き出し、それがその場にいた一人一人を包み込んでいく。そうして出来上がった泡はふわりと浮き上がって、そのまま空高く上がっていってしまう。
 突然の事にリオンは身構えるが、既に体は膜に覆われ泡の中だった。
『大丈夫だ。これは危険な物じゃない』
 そうミュールがリオンを落ち着かせる。
『危ないようなら即座に我が即座に割って、背に乗せてやるから期待しておけ』
 冗談なのか本気なのか分からない事を言い始めた。
 少なくとも落ち着いたミュールの様子から、即時に危機に晒されるというわけではなさそうだ。
 果たして何が待ち受けているのか。
 そう不安を抱く間にも泡は空高く、そして風に流されるように同じ方向へと向かっていく。
 やがて何かが夜空に巨大な影として現れた。
「あれは……?」
『ふん、人間は相も変わらずつまらない物を作る』
 影から光が点々と漏れる。さらに近づいて行けば明かりに照らされた広場のような場所も見えてきた。そうしてドンドンと近寄って行き、それが巨大な建造物であると分かる。

 ――土台ごと空に浮かび上がらせた城、それがリオンたちの運ばれた先だった。
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