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05 オメガ
しおりを挟む「オメガだ」
真凛のしばらくの放心状態の後、ようやく男は仏頂面ながらも、名前を教えてくれた。
「じじいはお前の部屋を遠隔透視して見つけたソフトの、内容までスキャンしたらしい。自信満々だったぞ」
「う、それは・・・」
もう取り返しがつかない元の世界のことは、吹っ切ったつもりでいても、複雑な思いがある。
悲しみや怒り、寂しさは今まででもあったが、今日さらに羞恥までが加わることになろうとは。
部屋に置き去りにしてきたゲームや趣味の本、日記、グッズなど色々、神様にじっくり見られてしまった。
アルファはもちろん、もしかしたら目の前にいるオメガまで。
さらに自分がいなくなった後、部屋を片付けてくれるだろう家族にも見られることを考えて、真凛は心の中でのたうち回った。
話は逸れたが、少し前にオメガが教えてくれたこの世界ーーーアルファが手本としただろうソフトに、真凛は心当りがあった。
それは真凛の兄が持ってきたシュミレーションRPG、『剣聖~バトルディメンション』
自由度が高いのが売りらしく、色々なことができる。性別、種族、戦闘スタイル、所属する勢力などが選べて、進め方も自由だ。
戦や戦闘に関わらず、平和に過ごすこともできる。生産職、技術職などもある。
しかしその場合、自分が所属する勢力や国のことは他の誰かやNPC任せとなり、ある日突然攻め込まれて全滅の憂き目を見ることになったりするのだ。
ゲームオーバーの条件は自分のアバターの死亡あるいは戦闘不能である。シュールだ。
ちなみに真凛はこのゲームは下手くそだった。
クリア条件は決められた期間を生き延びることか、敵殺傷数を規定分稼ぐか、である。
隠しパーフェクトクリア条件は、政治力、軍事力を駆使して世界の覇権を握ることだった。
真凛はアバター死亡か、良くて期間内(設定難易度によって変化する)なんとか生き残れるくらいだった。
ほとんど乙女ゲームか牧場や農場を経営するゲームで埋め尽くされた真凛の部屋で、よりによって一番ハードなゲームが選ばれたのか。
「何を考えてるのか手に取るように分かるぞ。言っておくが『似ている世界』だからな」
「・・・心を読まないでください」
「読めるが読むまでのこともない。読みたくもないしな」オメガは言った後少し考えて、「さっきのお前の理解不能な夢といい、読んでしまったことを後悔する」
「やっぱり読んでるし!てか覗いてるよね?」
聞かなければよかった。恥ずかしさ倍増である。
「見たくもないが見えてしまった。事故だ。ついでに言うと、見せられた俺の方が被害者だ」
「うっ」
ぐうの音も出ない。
もし逆の立場でオメガの夢を覗いてしまって、それが私の逆バージョン、女子に囲まれてキャーキャー言われるオメガを想像してみる。
「俺にそんな趣味はない」
「やっぱり覗いてますよね」
「俺の能力は高性能だからな。仕方ないだろう」
オメガは開き直った。
「お前の言いたいことも大体分かった。その身体が気に入らないなら、作り直してやってもいいぞ」
「えっ、本当に?できるの?」
「ただし、もう一度死んでもらう必要がある。俺が鍛えてしまったせいで、そう簡単には死ねないがな。丸腰で前線に送り出すか、魔王の城に置いて来るか、ぐらいしないとな」
「そっ、そんなの嫌に決まってます!無理です!」真凛は叫んだが、ふとある事に気づいた。「魔王?魔王がいるの?」
「ああ。魔族がいれば王くらいいるだろう。人間だって同じじゃないのか」
「ということは、勇者もいるの?」
「いる、というか勇者は他の世界から召喚されている。お前なんか特別扱いされて新しい身体だが、勇者は悲惨だぞ。生身で召喚されるからな」
オメガの言葉に、真凛の中で燦然と輝いていたRPGの印象が、一気に暗くなった。
「それは確かに恐ろしいですね」
「まったく、喚ばれる方はいい迷惑だ。お前もどれだけ俺が親切か分かっただろう。じゃあ上手くやれよ」
オメガはそう言うと、小さく手を振って部屋を出て行こうとする。
「待ってください!どこ行くんですか!?」
思わず駆け寄り、カラスを止まらせていない方の腕を、むんずとつかんだ。
「ああそうか、忘れてた」
オメガは懐からシャラシャラ音のする、膨らんだ皮袋を出し、真凛に押しつけた。
「当座の金だ。お前の腕っぷしは鍛えてあるからここでも十分生きて行ける。俺の仕事は終わりだ。じゃあな」
去って行こうとするオメガだが、真凛はさらに腕にしがみついた。
「もうサポート終わりなんですか?こんなのサポートって言いませんよ!こんなところに一人で放り出さないで下さい!」
オメガはうんざりした顔をしているが、ここで折れるわけにはいかない。
こんな恐ろしげな世界に、ひとりぼっちは一日だって無理である。
「・・・待ってろ」
オメガは懐に手を入れて、皮紐で吊るした美しい石を取り出した。耳に当てている。
隙を見て逃げられてはかなわないので、真凛はオメガの腕が命綱であるかのように縋りついていた。
「俺だ。例の件だ」
オメガが石に向かって喋っている。
あれは電話?携帯なのか?
なんだかサラリーマンみたいに見えてきた。
「・・・は?おい、ふざけるな。俺はごめんだぞ。なんで俺なんだ!くそ!」話の雲行きが怪しくなってきたらしく、オメガは首から革紐をもぶっちぎると、床に投げ捨てた。「あのくそじじい!!」
貴重そうな石なのにいいのかな、と目で追っていると、オメガの肩に止まっていた八咫烏がバサバサ舞い上がり、石をくわえて戻ってきた。
「お利口さんね」
正直な感想を口にすると、オメガにギロリと睨まれた。
「いいか。お前がここに慣れるまでだぞ。それまでは遺憾だが面倒を見てやる」
「あ、ありがとうございます。すごく嬉しいです。助かります。たとえ遺憾でも」
「フン。そう思うなら早く俺から独立しろ。俺は他にも仕事があるんだからな」
「はい・・・なるべく努力します。あと、オメガさんってやっぱり、アルファ様の部下なんですか?」
「部下、とはちょっと違うな・・分身というか、御使いというか。」オメガは少し考えこんだ後、口を開いた。「お前が分かりやすいように説明するには・・・やはりお前の部屋にあるもので例えるのがいいだろうか。ちょっと待て、今、お前の部屋を遠隔透視する」
「ええーッ!もう透視するのはやめて下さいってば!」
やはり聞くのではなかった。
オメガが口の中で何かを呟くと、空中に光の魔法陣が浮かび上がった。
「分かったぞ」
オメガが自信ありげに、ニヤリと笑った。
「使徒だ」
なにを透視したんですかーーー?
真凛の頭に有名なアニメソングが流れてくる。
「なんだ、その奇天烈な音楽は。お前の部屋も、頭の中もおかしなものばっかりだな」
「だから心の、いえ、頭の中を読まないで下さいってば!!」
真凛の怒鳴り声は、砂漠の街の喧騒に溶けて消えた。
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