6桁の数字と幻影ビルの金塊 〜化け猫ミッケと黒い天使2〜

ひろみ透夏

文字の大きさ
2 / 66
6桁の数字と幻影ビルの金塊

001 ロケット鉛筆

しおりを挟む
 
「美玲さん、きみの頭はまるでロケット鉛筆のようだ」

 透き通るような金属音が、ときおり部屋を漂う。
 開け放たれた窓の外には、真っ青な空が広がっている。
 
「ロケット鉛筆……。どゆこと?」

 緑色をした向かいの屋根から真っ白な入道雲が生えている様子は、まるで高原の景色のようだ。
 でもそれは見た目だけで、この部屋はむせ返るほどに暑い。

「言葉の通りだ。ぼくは達成感がまるで得られない」

 汗でずり落ちた眼鏡を指で押し上げながら、二十歳前後の青年が言った。
 爽やかな見た目の彼の名前は、四聖進。
 ぼくたちは「シショウ」と呼んでいる。
 幽霊を退治できる不思議な力を持っていて、いまは訳あって美玲ちゃんの家庭教師をしている。

「……こんなに暑い最中さなかに勉強したって、頭に入る訳ないよ!」

 うわ~っと嘆き声を上げながら、学習机に向かっていた女の子が大きく仰け反った。
 逆さまになった女の子の視線と、ベッドの上で仰向けに干からびていたぼくの視線が、ぴたりと合う。

「やいミッケ、ご主人様が大変な時にのんきに寝転んでんじゃないわよ!」

きねで当たり杓子しゃくしで当たる』とは、まさにこのこと。

 と言ってもこんな難しいことわざ、誰も知らないだろうから教えてあげる。
 何かにつけて周りに当たり散らし、八つ当たりするって意味だよ。

 ぼくは『触らぬ神にたたりなし』とばかりに、ベッドの下に滑り込んだ。

「こら、逃げるなミッケ!」

 追いかけようとした女の子の首根っこをノールックで掴み、シショウが学習机に連れ戻した。
 母猫に捕らえられた子猫のように、しょんぼりと椅子に座りなおす女の子。
 
 御察おさっしの通り、彼女がぼくのご主人さま、黒崎美玲ちゃん。
 小学五年生の女の子だ。

 いつもはシンプルめなゴスロリファッションをしているけど、流石さすがに真夏は暑いのか、今日は白のブラウスとストライプの入った黒のショートパンツを履いている。

「……今度おかずにアジフライが出ても、とって置いてやらないからね」

 恨めしそうにぼくを睨んだ。

 ベッドの下から上目遣いで見返すぼくを、横目で見ながらシショウが苦笑する。

「とんだとばっちりだね、ミケーレ」

 シショウはなぜか、ぼくのことをミケーレと呼ぶ。
 ぼくの過去を知っているみたいだけど、詳しくは教えてくれない。

 てなわけで、ぼくの姿が見えるのは美玲ちゃんとシショウだけ。

 いや違った。
 あともうひとり……。

「異常気象もこう何年も続くと異常とは言えませんよねぇセンセ、……これどうぞ」

 ノックもせずにママさんが部屋に入ってきた。
 せわしなくうちわで扇ぎながら、シショウと美玲ちゃんにペットボトルを渡す。

「ひどいよママ、せっかくの夏休みにかわいい我が子を暑苦しい部屋に閉じ込めて勉強させるなんて、これは拷問だよ!」

 ペットボトルを受け取りながら、涙目で訴える美玲ちゃんの顔をぱたぱたとうちわで扇ぎながら、ママさんはにこにこしながら言った。

「いま進くんに五教科分のテストを作ってもらってます。それを受けたら、丸一日プールでも何でも好きなところに行ってらっしゃいな」

 涙に歪んでいた美玲ちゃんの顔が、ひまわりが咲いたようにぱぁっと明るくなった。

「ほんと!?」
「もちろん!」

 ママさんが満面の笑顔で続ける。

「五教科全部、70点以上取れたらね!」

 埴輪はにわのように目も口を大きくけながら、美玲ちゃんが天を仰ぐ。
 その口からふわっと出ている白い煙は、噂に聞くエクトプラズムだろうか?

 はからずも怪奇現象をの当たりにしたぼくの目の前に、とんっとペットボトルが置かれた。
 見上げると、ママさんはぼくと目を合わすこともなく、ハミングしながら部屋から出て行った。

 きんきんに冷えたペットボトルの表面に結露した水滴を、ぺろりと舐める。

 そう。
 ママさんもぼくの姿が見えるのだ。
 そしてぼくの姿が見えることを、ママさんは誰にも話していない。
 

 なぜかぼくも、そのことを誰にも話せずにいた。
 


       *



「今日はここまでにしよう」

 机に置かれた目覚まし時計の針が、きっかり五時を指すと同時にシショウが席を立った。
 そして、フルマラソンを走りきったかのごとく机に突っ伏した美玲ちゃんの背中に向かって、容赦なく続ける。

「例のテストは三日後の月曜に行う。ぼくのいない土日もしっかり復習するように」

「あ、あの……」

 カバンを手に颯爽と部屋を出て行こうとしたシショウに、美玲ちゃんがすがるようにたずねた。

「このまえ言ってた、あなたの仕事を手伝う件は……」 

 美玲ちゃんはシショウと契約をしている。
 それは仕方のない状況だったのだけど、シショウのオカルト絡みの仕事を手伝うというものだ。

「それには、まずきみに幽霊『対峙たいじ』、つまり幽霊と相対あいたいする時に必要とされる、自分の身を守る方法を教える必要があるのだが……」

 振り返ったシショウが、眼鏡を人差し指で押し上げながら、冷めた視線で美玲ちゃんを見下ろした。

「ぼくの手伝いを理由にこの地獄から逃れると期待しているのなら無駄だ。ぼくはテストのハードルを下げるつもりもないし、家庭教師の時間を削る気も全くない」

 わかりやすいほど見事に、美玲ちゃんの両肩ががっくりと落ちた。
 
「以前も言ったが、きみはまだ準備ができていない。ぼくが家庭教師としてきみに勉強を教えるのも、その準備のひとつととらえてもらっていい」

 きびすを返したシショウが、背中を向けたまま続けた。

「何事も準備が大切だ。この地獄から逃れたいのなら、まずは三日後のテストに備えて、しっかり勉強することだね」

 嫌味なのか、鼓舞こぶなのか。
 シショウはカバンから取り出した一本のロケット鉛筆を、後ろ手に美玲ちゃんに渡した。

「困難なときにこそ道は拓く。必要なのは魔力ではない。きみの智慧ちえが、誰かを救うんだ」


 そう言い残して、シショウは部屋を後にした。


しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

霊能探偵レイレイ

月狂 紫乃/月狂 四郎
児童書・童話
【完結済】 幽霊が見える女子中学生の篠崎怜。クラスメイトの三橋零と一緒に、身の回りで起こる幽霊事件を解決していく話です。 ※最後の方にあるオチは非常に重要な部分です。このオチの内容は他の読者から楽しみを奪わないためにも、絶対に未読の人に教えないで下さい。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

大人にナイショの秘密基地

湖ノ上茶屋
児童書・童話
ある日届いた不思議な封筒。それは、子ども専用ホテルの招待状だった。このことを大人にナイショにして、十時までに眠れば、そのホテルへ行けるという。ぼくは言われたとおりに寝てみた。すると、どういうわけか、本当にホテルについた!ぼくはチェックインしたときに渡された鍵――ピィピィや友だちと夜な夜な遊んでいるうちに、とんでもないことに巻き込まれたことに気づいて――!

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...