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6桁の数字と幻影ビルの金塊
001 ロケット鉛筆
しおりを挟む「美玲さん、きみの頭はまるでロケット鉛筆のようだ」
透き通るような金属音が、ときおり部屋を漂う。
開け放たれた窓の外には、真っ青な空が広がっている。
「ロケット鉛筆……。どゆこと?」
緑色をした向かいの屋根から真っ白な入道雲が生えている様子は、まるで高原の景色のようだ。
でもそれは見た目だけで、この部屋はむせ返るほどに暑い。
「言葉の通りだ。ぼくは達成感がまるで得られない」
汗でずり落ちた眼鏡を指で押し上げながら、二十歳前後の青年が言った。
爽やかな見た目の彼の名前は、四聖進。
ぼくたちは「シショウ」と呼んでいる。
幽霊を退治できる不思議な力を持っていて、いまは訳あって美玲ちゃんの家庭教師をしている。
「……こんなに暑い最中に勉強したって、頭に入る訳ないよ!」
うわ~っと嘆き声を上げながら、学習机に向かっていた女の子が大きく仰け反った。
逆さまになった女の子の視線と、ベッドの上で仰向けに干からびていたぼくの視線が、ぴたりと合う。
「やいミッケ、ご主人様が大変な時にのんきに寝転んでんじゃないわよ!」
『杵で当たり杓子で当たる』とは、まさにこのこと。
と言ってもこんな難しいことわざ、誰も知らないだろうから教えてあげる。
何かにつけて周りに当たり散らし、八つ当たりするって意味だよ。
ぼくは『触らぬ神に祟りなし』とばかりに、ベッドの下に滑り込んだ。
「こら、逃げるなミッケ!」
追いかけようとした女の子の首根っこをノールックで掴み、シショウが学習机に連れ戻した。
母猫に捕らえられた子猫のように、しょんぼりと椅子に座りなおす女の子。
御察しの通り、彼女がぼくのご主人さま、黒崎美玲ちゃん。
小学五年生の女の子だ。
いつもはシンプルめなゴスロリファッションをしているけど、流石に真夏は暑いのか、今日は白のブラウスとストライプの入った黒のショートパンツを履いている。
「……今度おかずにアジフライが出ても、とって置いてやらないからね」
恨めしそうにぼくを睨んだ。
ベッドの下から上目遣いで見返すぼくを、横目で見ながらシショウが苦笑する。
「とんだとばっちりだね、ミケーレ」
シショウはなぜか、ぼくのことをミケーレと呼ぶ。
ぼくの過去を知っているみたいだけど、詳しくは教えてくれない。
てなわけで、ぼくの姿が見えるのは美玲ちゃんとシショウだけ。
いや違った。
あともうひとり……。
「異常気象もこう何年も続くと異常とは言えませんよねぇセンセ、……これどうぞ」
ノックもせずにママさんが部屋に入ってきた。
せわしなくうちわで扇ぎながら、シショウと美玲ちゃんにペットボトルを渡す。
「ひどいよママ、せっかくの夏休みにかわいい我が子を暑苦しい部屋に閉じ込めて勉強させるなんて、これは拷問だよ!」
ペットボトルを受け取りながら、涙目で訴える美玲ちゃんの顔をぱたぱたとうちわで扇ぎながら、ママさんはにこにこしながら言った。
「いま進くんに五教科分のテストを作ってもらってます。それを受けたら、丸一日プールでも何でも好きなところに行ってらっしゃいな」
涙に歪んでいた美玲ちゃんの顔が、ひまわりが咲いたようにぱぁっと明るくなった。
「ほんと!?」
「もちろん!」
ママさんが満面の笑顔で続ける。
「五教科全部、70点以上取れたらね!」
埴輪のように目も口を大きく開けながら、美玲ちゃんが天を仰ぐ。
その口からふわっと出ている白い煙は、噂に聞くエクトプラズムだろうか?
図らずも怪奇現象を目の当たりにしたぼくの目の前に、とんっとペットボトルが置かれた。
見上げると、ママさんはぼくと目を合わすこともなく、ハミングしながら部屋から出て行った。
きんきんに冷えたペットボトルの表面に結露した水滴を、ぺろりと舐める。
そう。
ママさんもぼくの姿が見えるのだ。
そしてぼくの姿が見えることを、ママさんは誰にも話していない。
なぜかぼくも、そのことを誰にも話せずにいた。
*
「今日はここまでにしよう」
机に置かれた目覚まし時計の針が、きっかり五時を指すと同時にシショウが席を立った。
そして、フルマラソンを走りきったかのごとく机に突っ伏した美玲ちゃんの背中に向かって、容赦なく続ける。
「例のテストは三日後の月曜に行う。ぼくのいない土日もしっかり復習するように」
「あ、あの……」
カバンを手に颯爽と部屋を出て行こうとしたシショウに、美玲ちゃんがすがるように訊ねた。
「このまえ言ってた、あなたの仕事を手伝う件は……」
美玲ちゃんはシショウと契約をしている。
それは仕方のない状況だったのだけど、シショウのオカルト絡みの仕事を手伝うというものだ。
「それには、まずきみに幽霊『対峙』、つまり幽霊と相対する時に必要とされる、自分の身を守る方法を教える必要があるのだが……」
振り返ったシショウが、眼鏡を人差し指で押し上げながら、冷めた視線で美玲ちゃんを見下ろした。
「ぼくの手伝いを理由にこの地獄から逃れると期待しているのなら無駄だ。ぼくはテストのハードルを下げるつもりもないし、家庭教師の時間を削る気も全くない」
わかりやすいほど見事に、美玲ちゃんの両肩ががっくりと落ちた。
「以前も言ったが、きみはまだ準備ができていない。ぼくが家庭教師としてきみに勉強を教えるのも、その準備のひとつと捉えてもらっていい」
踵を返したシショウが、背中を向けたまま続けた。
「何事も準備が大切だ。この地獄から逃れたいのなら、まずは三日後のテストに備えて、しっかり勉強することだね」
嫌味なのか、鼓舞なのか。
シショウはカバンから取り出した一本のロケット鉛筆を、後ろ手に美玲ちゃんに渡した。
「困難なときにこそ道は拓く。必要なのは魔力ではない。きみの智慧が、誰かを救うんだ」
そう言い残して、シショウは部屋を後にした。
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