緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

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第12話 ゆがんだ月

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「トモミはもういませんよ」

 暗闇からゆっくりと姿を現したのは、キリル王子だった。

「昨夜、あなたが銀河連合の船で夜空に消えたあと、再び彼女はこの洞窟にやってきて、あなたの名前を何度も何度も呼んでいました。あの子は健気けなげにも、懐中電灯の明かりだけで、この暗闇におびえながら一夜を過ごしたのです」

「ステネコ! いえキリル王子、トモミはいまどこです?」

 キリル王子は肩をすくめて、小さく首を横にふった。

「それより博士、感謝します。博士の小型宇宙船の部品と、優秀なメカニックのおかげで、イヴはなんとか飛ぶことができます。わたしはあの船に乗せる地球人の男女をふたり選びだし、数日中にこの星から脱出するつもりです」

 わたしは耳を疑った。

「たったふたりだけですか? もっとたくさん助けるはずでは!」

「残念ですが、あの小型宇宙船の部品では昔のようには飛べません。それに今回は、銀河系外へ新たな故郷となる星を探す長い旅。たくさんのキリ星人を押し込み、爆発する輸送船から地球へ降下した、あのときとはわけが違うのです」

「しかし、それではあまりにも多くの地球人たちが……」

「仕方ないのです!」

 キリル王子が、悲痛な面持おももちで叫んだ。

「地球人というしゅを絶やさぬためには、生きて次の星にたどり着かなくてはなりません。どれほど長い旅になるかわからないのに、たくさんの地球人を乗せるわけにはいかない。わたしだって、つらいのです!」

「そんな……」

「博士、この恩は必ず」

 呆然ぼうぜんと立ちすくむわたしをおいて、キリル王子は暗闇に姿を消した。


         *


 洞窟から出て小型宇宙船にもどってみたが、トモミの姿はどこにもなかった。

 きれいなえんを描く大きな月が夜空に浮かんでいる。
 今夜は満月なのだ。

 トモミの家、地下の泉、そしてこの小型宇宙船……。ほかにトモミが行きそうな場所をわたしは知らない。この丘の上でしか、トモミとは会ったことがないのだから――。

 わたしは船体の上に大の字に寝転んで、白銀に輝く満月を見つめた。
 トモミがきれいとつぶやき、愛おしそうに見つめた月。

 数日後に地球人は全滅させられるというのに、いま、トモミが無事でいることを願っている。わたしは学者として、ずいぶん論理性ろんりせいに欠けているようだ。以前のわたしなら、もっと冷静でいたはずだ。

 トモミもアユムも、トモミをおいて姿を消した両親も、あの傷だらけの顔の男も、どうせ数日後には、この星から消える運命なのだから。

 わたしは考えるのをやめようとした。
 すべての思考を停止しようと努力した。
 しかし努力すれば努力するほど、あのはじけるようなトモミの笑顔が心の中に浮かんでくる。

 夜空に輝く満月が、ぐにゃりとゆがんで見えた、そのとき――。

 ひらりと白いワンピースをひらめかせて、小型宇宙船をかけ上がる姿が目に入った。

 トモミはまるで何もなかったかのように、いつも通りわたしのとなりに座った。


「ハカセ、泣いてるの?」



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