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第1話 再始動
05
しおりを挟む「全然……待っておりませんよ。そう、わたしが九階の内見をお願いした神宮寺雅貴(偽名)です。さあ、参りましょう!」
丁度そこにエレベーターが降りてきた。
モグラがエスコートするように二条美華を先に乗せる。
エレベーターのなかで二条美華は操作ボタンの前に立ち、ふたりに微笑みを向けていた。
「いやぁ嬉しいな、こんな美しい方に案内していただけるなんて……。美華さんって、若そうに見えるけどおいくつなんですか?」
目尻をだらしなく垂らしたモグラが頰を紅潮させながら訊ねると、張り付けたような微笑みを一切崩すことなく、二条美華がおだやかにこたえた。
「二十四歳です。中途採用の新人ですが、どうぞよろしくお願いします」
メグルはふたりの会話をうしろから見上げながら二条美華を観察していた。
口角が上がった口元は笑みを浮かべているように見えるが、アイシャドウの濃い目元はときおり無機質な冷たい光を宿している。
「電話じゃ、門田って男のひとが来ると聞いてたんですけど……」
メグルが探るように質問した。
「申し訳ございません。門田は体調を崩しまして、急遽私が代役で参りました」
「ふ~ん。……名刺もらえますか?」
「申し訳ございません。名刺を忘れてしまいまして……」
「名刺忘れたの? 営業なのに?」
「申し訳ございません。急いでいたのでつい……」
メグルの挑発的な言葉にも、口元の微笑みは決して崩さない。
「こらミツオ(偽名)! 子どものくせに出しゃばるんじゃない! すみませんね、大人ぶりたい年頃なんです」
「いえいえ、とても利口そうなお子様をお持ちなんですね」
上目遣いでモグラを見つめる。
「とんでもない、わたしは独身貴族です! これは身寄りのない不幸な子でして、不憫なのでわたしが引き取ってあげたのです。邪魔ならどっかに放りましょうか?」
モグラが大声で笑うと、二条美華も静かに笑った。
そうこうしているうちに、エレベーターが九階に止まった。
「この九階のフロア全体が物件になりまして、右へ進めばフィットネスジムの入り口があります。鍵は開いていますので、どうぞご自由に見ていてください」
そういってモグラを先に行かせると、あとに続こうとしたメグルの前に二条美華が立ち塞がった。
口元にこそ微笑みをたたえているが、その瞳はとても冷たくメグルを見下ろしている。
戸惑うメグルと視線を合わせながら、ゆっくりと腰を下ろし、ささやく。
「ねえきみ、おいくつ?」
「えっ、十二歳……。小学六年生ですけど……」
二条美華は瞳の奥まで覗き込むような鋭い視線でメグルを見つめながら、手にしたファイルの隙間からすばやく名刺を取り出した。
「わたしのじゃないけれど、きみにあげるわ。大事になさい」
差し出された名刺を受け取りながら、そのただならぬ雰囲気にメグルの背筋が凍りつく。
「それからもうひとつ。女性に年齢を訊くのはとても失礼とされているの。きみは覚えておきなさい、これからも人間界で生きるなら……」
変わらず口元に微笑みをたたえながら立ち上がると、二条美華は素早く踵を返しエレベータを降りた。
呆然とするメグルの目の前で、ガコンと音をたててエレベーターのドアが閉まり始める。
あわてて降りたメグルは、気が付いたように手にした名刺に目をやった。
「門田熊雄……」
体調が悪くなったという男の名刺――。
裏返すと、そこには血しぶきのような真っ赤な滲みが点々とついていた。
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