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第3章 奇異な転校生

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 静まり返った廊下に、教室から漏れてくる教師たちの声と、黒板にチョークを走らせる小気味よいリズムが漂っている。
 メグルは桜子先生のあとについて、すでに授業が始まっている校舎内を歩いた。
 すると、帰ると言っていたはずのモグラが、いつまでもふたりのあとをついて来る。


 「いつまでついてくるんだアンドレ。もう帰れよ」

 メグルのつれない言葉にも、

 「ははは。これが反抗期というやつですかねえ、桜子先生?」

 と、まったくこたえていなかった。


 桜子先生はふたりの掛け合いなど一切耳に入っていない様子で、かすかに香水の甘い香りを漂わせながら、にこやかな笑みを浮かべて歩いている。


 やがて六年三組という札のかかった引き戸の前で立ち止まると、

 「さあメグルくん。ここがあなたのクラスよ。先生が名前を呼んだら入ってきてねぇ」
 と、教室の中へ入っていった。

 その姿を見送ってから、メグルがモグラに噛みついた。


 「お前の役目は終わったんだ。もういいかげん帰れったら、モグラ!」

 「何を言うのかね?! パパはお前を心配しているんだろうが!」

 言い争うふたりの耳に、メグルの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 「おい息子よ、緊張してないか? パパも一緒について行ってやろうか?」

 「うるさい! 人間界をたった一度で卒業した超エリートは、自己紹介のときにどうすればいいかなんて、心得ているんだ!」


 メグルは自信満々にそう言うと、あふれんばかりの笑顔をつくって教室に足を踏み入れた。

 が、いままで向けられたことのない怪訝けげんな表情で迎えられ、メグルはぎょっとする。

 (ありえない! 初対面の相手には、飛び切りの笑顔で接するのが、良好な人間関係を作る第一歩のはずなのに……!)

 あせったメグルの笑顔が引きつる。

 子どもたちがいぶかしげな視線を向けるのも無理なかった。メグルのすぐうしろに、怪しげな格好をした、胡散臭うさんくさい男がついて来ているのだから――。

 しかしその怪しげな男が、手にしたステッキをくるっと回して、自慢の口髭をぴんっと弾き、

 「メグルの父、六道リクドウ 土竜ドリューでぇ~す。みんな、アンドリューって呼んでね!」

 と、頓狂とんきょうな声を張り上げたとたん、教室は爆発したような笑い声に包まれた。

 蝶ネクタイでシルクハットを被ったモグラの姿は、子どもたちにはお笑い芸人そのものに映ったのだ。

 「いやぁ、子どもって最高ですね、桜子先生! ぼくも教師になろうかな!」

 メグルの紹介も済まぬままに、大はしゃぎするメグルの父親オヤジ


 (このおかしな状況をどう思いますか……?)

 メグルが同情の念を込めて桜子先生を見つめるも、桜子先生までが 

 「あっはは、変なの!」
 と生徒と一緒になって笑い転げていた。


 転校初日から、気の重いメグルであった。


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