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第4章 トモル

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 すっかり体調を戻したメグルは、前世の息子であるトモルのことが気になって仕方がない。が、前世の記憶が薄れている状態では、何を話せばいいのか全くわからなかった。

 とりあえず、きらきらと輝く瞳で見つめるメグル。

 どうにも気まずそうなトモルの方から、何気なにげない話題をふってきた。

 「あの……。メグルくんは前の学校で、ぼくに似てるっていう親友と、何して遊んでいたの?」

 「えっ、遊び? ええとねぇ……」

 メグルは前髪を指に絡ませながら、息子と何をして遊んでいたか必死になって思い出そうとした。トモルと再会したせいもあって、真っ白な霧に包まれた記憶の森にも風が通り、少しずつ前世の映像が浮かんでくる。

 (河川敷でトモルが空を見上げながら走っている……。はしゃぐ声。ときおり聞こえる笑い声はぼくの声だろうか? 青い空を黄色い何かが、滑るように横切って……)

 「よく……、河川敷の広場で飛ばしてたんだ。すーっとね、ええと……」

 「もしかして、模型……飛行機?」
 トモルが聞いた。

 「そう! 模型飛行機だよ!」メグルが叫んだ。

 夜空にはじけた大輪の花火のように、沈んでいたトモルの表情がパッと明るくなる。

 「ぼくもよく飛ばしてたんだ。お父さんと!」

 メグルの頭の中の霧が、草の香りを含んだ夏の風に吹き飛ばされた。

 河川敷での思い出が、はっきりとした景色へと変わっていく。
 真っ青な空にそびえ立つ入道雲。

 ゆるやかな弧を描きながら旋回する、黄色い模型飛行機。

 メグルとトモル。ふたりの頭の中に描かれている情景は、全く同じものだった。

 飛ばしては落ち、また飛ばしては落ちて、ようやく大空に浮かび上がった飛行機を追いかけ、ふたりで走った。

 メグルが現実の景色に目を戻す。思い出の中の明るく元気なトモルの姿が、保健室にこもって本を読みふける、目の前のトモルの姿と重なる。

 「どうしてトモルは、保健室にこもるようになってしまったの?」

 ふいに口をついたメグルの疑問に、まるで風船から空気が抜けるように、トモルの笑顔がしぼんでいく。

 (しまった。軽率すぎた……)
  自分の言葉に後悔するメグル。

 しかしトモルは、静かに口を開いた。

 「お父さんは病気で死んじゃったけど、お母さんと約束したんだ。ふたりで頑張っていこうって……。でも、夏休みが明けて学校に行ったら、みんながぼくに冷たい視線を向けるようになっていて……。いまはすっかり、ひとりぼっちなんだ……」


 「そっか……」

 (トモルがいじめられていた記憶なんてない訳だ。いじめは、ぼくが死んだあとに始まったのだから……。
 やはり管理人の仕事なんてけずに、守護霊として見守るべきだった)

 メグルは軽い気持ちで管理人を引き受けてしまったことを、深く後悔した。


 「ありがとう。言いずらいこと、話してくれて」
 
「そう言われれば、なんでだろう……?」

 トモル自身、初対面のメグルに、自分のことをけに話したことが不思議だった。

 「メグルくんがお父さんと似ているからかな。さっきの、前髪をいじる仕草とか……」

 そのとき終業のチャイムが校内に鳴り響いた。

 トモルはベッドから飛び降りると、足もとに置いてある大きなカバンを手に取り、


 「ぼく行くところがあるから……。じゃあね」

 と、足早に保健室から走り去っていった。


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