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第8章 前世の妻
05
しおりを挟む灯りのついていない廊下に、トモルの服や靴下が脱いだままに散乱している。
突き当たりのダイニングキッチンは闇に沈み、隣家の窓から漏れ出た明かりがわずかに差し込んでいた。
温もりのあるその明かりは、くっきりとした暗い影を生みだし、床に転がるワインの空き瓶やゴミで埋もれたキッチンを、露骨なまでに浮かび上がらせている。
「トモルに何か用? あの子、今日もまだ帰ってなくて……」
清美がキッチンカウンタにもたれながら言った。
その顔は影に隠れて、表情は見て取れない。
メグルは『星見鏡』をかけて清美を見た。
暗闇のなかに三つの『成就星』が光り、すぐそばに『試練星』がふたつ、闇に紛れるように浮かんでいる。
メグルは違和感を覚えた。
本人を目の前にしたせいもあり、煉獄から見た清美の姿を思い出しつつあったのだ。
(清美の『試練星』は、残りひとつだったはず……)
「心配じゃないんですか? もう外は暗いですけど」
「いいのよ。最近あの子、いつも帰りが遅いの。たまに早く帰ってきても部屋にこもりっきりだし。いまじゃ、ほとんど話もしないわ……。まったく、何考えてるんだかね」
メグルは確信した。
(清美は『試練星』を増やしている。あきらかに我が子への無関心が原因だ。この『試練星』はトモルとの絆を取り戻さないかぎり、『成就星』として光ることはないだろう……)
「トモルくん、学校でいじめられているんですよ」
メグルの言葉に、清美がびくりと反応した。
「毎日、保健室にこもったまま、クラスメイトのなかへ入っていけないんです」
よろめきながら清美が立ち上がる。
暗闇からのぞかせたその顔は、絶望に染まっていた。
宙をさまよわせた瞳から、するりと涙が流れ落ちた。
「なんで……。わたしたちが何をしたって言うのよ……。主人が死んでから、まるで世界が変わってしまった。あんなに仲が良かったご近所の人たちも、みんなわたしを遠ざけるようになった……。勤めていた会社も、突然、理由も告げずに辞めさせられた。どこへ行っても、誰に声をかけても、まるでそこに誰もいないかのように、相手にされなくなった……」
涙に顔を歪めながら床にくずおれた清美が、吐き捨てるように叫んだ。
「わたしたちが、いったい何をしたって言うのよ!」
「……何も原因がわからないんですか?」
メグルの質問に、くずおれたままの清美が肩を震わせながらうなずく。
心に漂う小さな不安をふり払って、メグルは続けた。
「ぼくは……。いえ、トモルくんのお父さんは、どうして亡くなったんですか……?」
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