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第12章 因果応報

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 見上げれば午前中までの雨が嘘だったように、すみれ色の空が広がっている。メグルとモグラは、病院からのびる下り坂をぽつぽつと歩いていた。

 道をはさむ木々から響くヒグラシの声を聞きながら、メグルが口を開いた。

 「清美の最後の試練が、小学生時代のいじめを悔い改めることだったとはね……。
 学校裏サイトは越界者えっかいしゃの桜子先生が作ったものだ。清美に対する大人たちのいじめも、あのサイトが原因だった。しかしすべては、清美自身が犯した過去の罪を思い起こさせる為の、試練の一部だったかも知れないなんて……」

 コツコツとステッキで地面を突きながら、モグラがこたえる。

 「試練ってのは奥が深けぇ。いろんな因縁いんねんが絡みあっている。そのせいで、息子のトモルもいじめにあったわけだしな」

 「親の因果いんがが子にむくうか……。わからないのは教頭の試練星さ。なんで謝罪された方の試練星が光るんだ?」

 メグルが首をかしげる。
 モグラは指でぴんっとヒゲを弾きながら、空を見上げた。

 「教頭も、忘れることができねぇ過去の恨みから解放されたんだ。恨みを忘れるのも、試練なのさ……」

 メグルも黙って空を見上げる。
 暮れ始めた大陽が、所々に浮かんだ雲を金色に染めている。

 ふたりはしばらく今回の事件のことを思い返しながら、どこへ向かうでもない道を歩いていた。


 「学校はどうなっているんだろう……」

 ふと思い出したように、メグルがつぶやく。

 「なぜか旧校舎の水槽を掃除する風変わりな生徒が、あやまって窓から転落。予定されていた『月見祭り』は中止……。見ての通り当の本人がピンピンしてるんだ。たいした騒ぎにゃならんだろうが、中止は変わらねぇだろうなぁ……」

 「そっか……。ところでモグラ。今日が何の日か知ってるか?」

 「越界門えっかいもんが開く日だろ? おいおい、ごめんだぜ。こんだけ暴れ回れば、おいらたちの正体は魔鬼にバレバレだ。越界門えっかいもんどころか、学校に近づいただけで返り討ちにされるぜ」

 モグラが自分の肩を抱いて、ぶるぶると震えた。

 「そうだな。教頭ばかり疑っていたから、他に魔鬼の手がかりなんて、何もつかめていないしな……」

 メグルが大きな溜め息をつく。

 「あ~ぁ。何でもいいから、こいつが魔鬼だっていう証拠とかないの? じつはお尻に尻尾が生えているとか、近づくと、ちょっと生臭いとかさぁ……」

 メグルの言葉に、モグラがふんっと鼻を鳴らした。

 「あるかよ、そんなもん! やつらはそんなにバカじゃねぇ。まあいて言えば、たまに鏡に映らないときがあるって噂だけどな」

 モグラを真似まねて、メグルもふんっと鼻を鳴らした。

 「あるかよ、そんなこと! だいたい魔鬼は人間の体に乗り移っているんだろ? 鏡に映らない訳ないじゃないか」

 モグラがシルクハットのなかの頭を、ぼりぼりと引っ掻きながら反論する。

 「細かい理由はおいらにだってわかんねえよ? だけど人間の体だって、たまに手や足が写真に写らねぇときがあるじゃねぇか……」

 するとメグルは、とつぜん難しい顔をして、くるくると前髪を指に絡ませ始めた。

 その姿に一瞥いちべつをくれて、モグラは指についたフケを生臭い息でフッと吹き飛ばし、空を見上げた。

 「まあ、そう難しく考えるなメグルよ。いまのはただの噂なのだ。魔鬼はいつも自分の奪った体を意図的に鏡に映しているが、ふと気を抜いたときなんかは、鏡に姿が映っていないという、チマタのウワサ……」

 そう言いながらふり返ったとき、すでにメグルの姿はどこにも無かった。


 「おーい、メグル……くん?」


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