俺には選択権がない

成宮未来

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第3択

邪悪な心の選択

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 俺の発言を受けたウーバーだったが、相も変らぬポーカーフェイスで感情が明確に判明しない。怒っているようにも見えるし、呆れているようにも見える。あるいは無関心のようにも思えるし、唖然としているようにも見えなくもない。

 彼が喋り出すまで苦い唾を飲みながら黙っていた。すでに俺であるが、下手に前言撤回をすることは悪印象の上塗りにしかならないだろう。

「まったく。欲情に焦ったのか。どうりで、優衣が極端に俊介を避けようとしているわけだな」
「……」
「憲司はそのことを?」
「どうだろ。優衣から話を聞いている可能性はある。……俺からは言っていない」
「そうか。優衣と憲司、最近の2人は以前よりも親密のようだし、既に耳に入れているのかもな」
「あの2人、付き合っているのか?」
「未練があるのか?」
「いやっ……気になっただけ」
「あっそう。だが、まずは俺の気掛かりを解決してくれ。詩奈とお前の関係についてだ」

 尋問されている気分であるが、1つだけ俺が安堵していることがある。
 それは今し方、≪悪魔の脳≫を発動したことで、これからウーバーに問い詰められることを誤魔化し誤魔化し進行することができるということ。最低でも次の発動までには30分はかかる見通しであるのだ。
 と、今までの俺の研究データがそう導き出している。

「なんでもない。今まで通り、ただの友達だ」
「本当にそうか?」
「なぜ、そこまで疑うんだよ。俺の名前を呼び捨てにし始めたからか? そんなこと、親しくなっていく1つの段階に過ぎなくないか?」
「そうじゃないっ! 実家とはいえ、自分の家に異性を泊まらせるのが健全なのかって聞きたいんだ!」

 思考停止。
 今、ウーバーが言った意味を紐解いていく。

 あの日、俺が詩奈を実家に上げたのは間違いない。それは彼女が傍若無人に大声で叫ぼうとしたから。それを知っているとするならば、俺の隣家の住人やたまたま近くを通りかかった人かもしれない。
 ウーバーが隣家に住んでいないことは隣人として当然知っているし、たまたま俺の実家近くを歩くにしても特に何もない住宅街。よっぽどの用がない限り、他方の人間が足を踏み入れる場所ではなかった。

「まさか、お前……詩奈の跡をつけていたのか?」

 ウーバーは目を逸らして明瞭な肯定を避けた。無論、否定はしなかったので、俺の発言を無言で認めたということになる。

「それってストーカーじゃないかよ」
「なんとでも言え。非難されたところで俺の気持ちが引くことはない。――それでどうなんだっ。詩奈とはその……濃密な関係になったのかよ」

 待て待て待てっ!
 俺の頭の中は死に物狂いで正しい回答を見つけようとしていた。

 まず、彼への返事についてどう返すべきか。
 しかし、その裏では別の問題が色濃く邪魔をしてくる。

(詩奈を殺害したあの時間、まさかコイツはずっと俺の家を監視し続けていたというのかっ!)

 落ち着け。外にいた彼が、家の中で起きたことを知るわけがない。それに翌朝まで監視されていたとしても、詩奈に扮した茜によって誤魔化せたはずだ。
 ――本当にそうか? 

 同じ服装に扮したとはいっても、普段から詩奈を見ているウーバーにとって多少の仕草や動作の違いは、大きく異なって見えるのではないだろうか。

 もし、あれが偽物の詩奈なのだと見破っているのだとすれば、ウーバーは俺から何を引き出したいと思うのだろうか。
 詩奈がもうこの世に居ないとハッキリ言ってもらいたい? いや、そうじゃない。復讐をするための明確な理由が欲しいのかもしれない。

 待てって! そもそもウーバーは何も気が付いていないかもしれないんだ。ただ単に、詩奈と俺が恋人関係にあるのかを気にしているに過ぎない。
 俺が憲司と優衣の関係がどこまでいっているのかを気にしているのと一緒さ。

「なにもしていない。本当だ、信じてくれ。確かに彼女は俺の家に泊まった。だが、詩奈が一晩過ごしたのは妹の部屋だ」
「妹?」
「ああ、そうさ。なんだか気が合ったみたいで親交を深めたようだ。その勢いのままに彼女が泊まっていくだなんて言うものだから、俺も正直焦ったさ」

 間に合わせの嘘だとしても、我ながらに納得のいく嘘を吐けたものだ。

「……本当に詩奈とは何も無いんだな?」
「誓うよ」
「詩奈が連絡も無しに姿を消した理由は? お前の家に泊まってから音信不通だなんて、やっぱりおかしな話だろっ」
「し、知らねえよ! まさか、俺が詩奈に何かしたって言うのかよっ!」
「当然だ! 優衣を襲ったお前なんだから、疑うに決まってんだろ! お前の口から聞かなくても、お前が優衣に恥辱を働いていたのは既に知っていたさ! だから、詩奈が心配になって跡をつけていたんだ!」

 へ? 嘘だろ……。俺がこうしてウーバーに告白するまで、知っているのは優衣と詩奈、可能性として憲司だけじゃなかったのかよ。優衣がウーバーに暴露したのか? それとも性格の捻じれた詩奈か?

「だ、誰から聞いたんだよ」
「告げ口をした奴を恨むか? 非難されるべきはお前のほうだろ。まあ、欲に負ける男なんてザラにいるわけで、俺はお前に対してあからさまに非難するつもりはない。だけど、お前に対する信頼なんてものは当の前に俺の中から消えているんだ。詩奈に何かあったとするのなら、間違いなくお前が彼女に酷いことをしたんだ」

 彼の目は完全に俺を悪として認識している攻撃的なものだった。その迫力に圧された俺は言い返すべきことも言い返せないまま、奥歯を噛んだ。

「すまーん、待たせちゃったな」

 憲司の声が茂みの中から聞こえたかと思うと、彼はガサガサと草木を分けて出てきた。スッとウーバーは俺から顔を逸らして、憲司に歩み寄る。俺も慌てて憲司の傍へと早歩きする。ウーバーから憲司へと何か告げ口をされては困ると、本能が感じ取ったのだ。

「いやあ、夏に草場に行くのはダメだな。蚊にめちゃくちゃ刺されたぞ」

 文句を言いながらヘラヘラと笑っている憲司。そういえば、優衣とのことを彼が認知してウーバーにバラした可能性だってある。前提として、優衣が彼へと報告していることになるが。

 いや、そうとも言い切れないか。
 憲司が優衣に気があったことを知った詩奈が、弱った優衣の心に付け入るチャンスを憲司に与えるため、告げ口したのかもしれない。

 いずれにしても、ウーバーに教えた者がいることは確定しており、ムラッセや緒方の耳にさえも届いているやもしれないという恐怖が血の気を引いて襲ってくる。

 消さなくては。

 頭の中で、ウーバーという男を目障りな存在として認識を変える。
 詩奈同様、俺の人生の危難を招く存在は綺麗に摘まなければいけない。
 最悪、ウーバー以外の奴らも知っているようなら……。
 しかし――。

(どうやって消す? また、詩奈のように殺せとでも言うのか?)

 今この場に家族や長谷川先生のような協力者はいない。ましてや、他に友人がいる中で殺人を犯そうものなら、すぐに犯人は割り出されるはずだ。
 事故に見せかける? どうやって?

 ハッと俺は我に返る。
 今の今まで、俺はなんと恐ろしいことを考えていたのか。
 俺は人を殺そうと平気で実行に移そうとしていたのだ。それも友人である人間に対して。

 既に人を1人殺しているから安易に考えてしまったのか。それとも、詩奈を殺害したことが引き金になって、俺の中で邪悪な心が目覚めつつあるというのか。

 憲司とウーバーと共にペンションに戻る中、憲司がケラケラと笑いながら面白話をしていた。俺は彼とウーバーの背を見ながら、僅かに後ろを歩み進める。

 誰が俺の秘密を知っているんだ。
 憲司もなのか? それともムラッセや緒方を含めた全員か?

 知っている奴らは全員排除しなければならない。
 
 心で思う分には邪悪であっても仕方がないと割り切る。問題はそれを行動に移さないこと。≪悪魔の脳≫に関わらず、自身の意志でこれ以上は罪を重ねたくはなかった。
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