俺には選択権がない

成宮未来

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第6択

相違の選択

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 順序立てて考える必要がある。
 まず、俺がこのまま優衣を襲えば、見張りの山田によって捕まるのは確実である。目を盗んで襲えたとしても、やはり警察は俺を疑うに決まっている。

 如何に事故に見せかけるか。あるいは、緒方のように罪を被ってもらう方法だってある。

【山田を排除】
【山田と接触】
【山田から逃げる】

 閑散とした狭い路地に入った俺は、意表を衝く形で背後を振り返る。突然の動きに対応できず、山田は姿を隠せぬままに足を止めた。困惑した彼の瞳と俺の視線はぶつかった。

「俺を付けているってことは、俺をまだ疑っていることですよね?」
「えっと、ははぁ、参ったな」
「須藤さんは?」
「いやいや、僕1人だけですよ」
「あっそう。他人のプライベートタイムを覗くってどういう気分です?」
「仕事ですから。割り切っているというか」

 さて、【山田と接触】を果たして、≪悪魔の脳≫は俺に何をさせたいのか。1分経過し、俺の選択権の自由は戻ってくる。この先の展開を読めていない俺にとっては、理解に苦しむタイミングでの出現であった。

「このまま見張りを続けるつもりですか?」
「そういう命令ですから」
「……」

 困った。これではウーバーの実家に向かうことができやしないし、大人しく帰るのも止むを得ないかもしれない。

「どうして、君は電車を見送ったんですか?」

 山田という男も刑事の端くれということだろうか。疑問に思ったことは解決しておかなければ気が済まない質なのだろう。

「俺をストーカーしている人物がいることに気が付いたので、釣ってやろうかなって」
「なるほど。では、まんまと僕は釣られたわけですね」
「……お互いに探り合いはやめましょう。刑事さんたちは俺が白馬ペンションでの殺人に直接関与していると思っているんですよね?」

 山田とは案外食えない男かもしれない。優男の風格はあるものの、どことなく他者を寄せ付けない瞳をしているように感じられた。

「隠したところで、勘付かれてちゃ意味がないですものね。――ええ、その通りです。特に須藤先輩は八柳さんを疑っておられます」

 だろうな。今さらそんな事実確認をしたかったわけじゃない。
 彼らがどこまで俺らのことを知っているのかを聞き出さなければ。

「緒方が遺書と共に自供したはずでしょ。筆跡鑑定でも彼が書いたものだと証明されたと聞いています。では、何故、俺が疑われなければいけないのでしょうか?」

 山田は直ぐには答えない。言葉を冷静に選んでいるようだった。思わず口を滑らせてくれることに期待したが、残念ながら俺の意図通りにはいかなさそうだ。

「やはり、君が刺傷だけで済んだことが不思議なのでしょうね。あとは、須藤先輩の刑事の勘ってやつですかね」

 そんな曖昧なものを根拠に追われているというのか。

「ムラッセほどではないけど、俺と緒方も仲が良かった。だからかもしれない。俺が一刺しで済んだのは」
「では、村瀬さんは緒方さんに嫌われていたと?」
「さあ。人の心の奥底なんて何を考えているか分かりませんから。好きでもなければ嫌いでもない……うーん、たとえば赤の他人でなら傷つけやすいですよね? 緒方にとってウーバーは何の思い入れもない間柄だったんじゃないですかね」

 ”なるほど”と、山田は参考程度にメモ帳に筆を走らせる。この機会に俺への疑いを晴らしたいところであるが、そう簡単にはいかないようだ。

「あ、そうそう。これは本来秘密事なのですが、須藤先輩に君と対話することがあれば話しちゃっていいと言われていたことがあるんです」

 急に山田の優しい表情が不気味に感じた。何1つとして顔色は変わっていないのに、妙に圧倒されるような。

「な、なんですか?」
「確かに君の刺した包丁の柄には、緒方さんと八柳さんの指紋がベットリと付いていました。だけど、奇妙な話でしてね。刺す側の……つまり、緒方さんの指紋に関しては不可解な点が幾つかありましてね」
「……つまりどういうことですか?」
「わかりました。改めて、八柳さんの証言と状況を照らし合わせてみましょう」


 ――俺の考えた証言。
 ウーバーと俺は別棟のペンションに緒方から呼び出された。暗い部屋の中に入ると、ウーバーは突然として殴打されて気絶する。俺は逃げようとしたが、緒方が行く手を塞ぎ、包丁の切っ先を向けてくる。
 命の危機を回避するため、彼の命令通りにウーバーをダイニングチェアーに拘束。その上で自らがダイニングチェアーに座し、緒方によってビニール紐で縛られる。

 その後は緒方の非道で残虐な行為を目の前で見せられることに。ウーバーの死亡後、俺はなんとかビニール紐を引き千切って逃亡を図る。が、またしても前を塞がれ、気が付いた時には腹部に激痛が走っていた。

 それでも、病弱の緒方の身体をどかすには俺の力でも事足りた。あまりにも必死だったため、緒方にどんな攻撃をしたかは覚えていないが、彼は俺の跡を追ってはこなかった。見逃してくれたのか、そもそも俺を殺すつもりがなかったのか。

 ここまでが俺の適当に見繕った証言である。



「流れに不自然さがあります」

 事件の知る限りの情報を頭に入れているとでも言いたそうに、彼はメモ帳を閉じてワイシャツの胸ポケットにボールペンを差し込む。

「烏場さんを殺害した凶器は斧であることは間違いありません。そこから八柳さんが逃亡を図るまでに持ち替えたとは考えにくい。ということは、八柳さんが逃げたときには手に斧を持っていた可能性が高い。それなのにどうして、君は包丁で刺されることになったのでしょうか? 普通は手に持った斧で襲うはずだと思うのですが」
「……」

 頭の中で様々な言い分を考えたが、即座に納得してもらうような理由を考えられるほど、頭の回転は速くはない。考える時間に要し何も言い返せないでいると、山田は続けて疑問点を口にする。

「包丁には八柳さんと緒方さんの指紋が確かに付着していました」
「それが? 俺だって刺された後に触れているんだ」
「いえいえ、そこに疑問はないのです。ただね、緒方さんの指紋の付き方が妙で」
「妙?」

 なにかヘマをしてしまったか。利き手の問題で持ち手に狂いがあったか? いや、彼は俺と同じ右利きだったはず。

「分かりませんか? 八柳さんの証言であれば、緒方さんは2度、包丁を手に取っているのです」

 自分の証言を回想し、俺は間違っていないことを確認して頷く。

「よっぽど意識して握らないと、同じ場所にピッタリと指紋を重ねられないのです。いや、意識をしたところで寸分の狂いなく重ねることなど――」

 理解した。
 俺の供述では、緒方は1度だけ包丁を手放して握り直している。その指紋の箇所は重なっていたとしても、2箇所存在するはずなのだ。それが何故か1箇所しか存在しないのだと、山田は言いたいのだ。

 そりゃそうだ。そのたった1度は俺が彼に握らせたもの。大方、俺が背を向けた瞬間にでも彼は手放して、余計な指紋を付けることはなかったのだろう。

 俺の落ち度。いや、そこまで先を見据える能力などなかっただけか。分不相応な結果を招いた俺に今、出来ることは――」

【【山田を排除】】
【自首する】

 おいっ、本日まだ3だぞ。いよいよ、≪悪魔の脳≫は法則を無視してきやがる。赤字となった選択肢が選ばれる瞬間、頭が割れるほどの激痛が走る。

「うっ!」

 膝から崩れ落ちては地に伏せ、頭を抱えて身悶えする。今まで味わったことのない痛み。クモ膜下出血や脳卒中といった病名が頭を過る。

「大丈夫ですか! 八柳さん!」

 山田が身体を揺さぶってくるが、それがまた頭にえらく響くので、俺は怒りのままに彼を蹴とばす。

「あがぁぁぁぁぁ!」

 頭がカチ割れたような痛みだ。背後からバットで殴られたか? 斧で両断でもされか? とにかく生き続けられるような痛みとは思えない。

(俺、ここで死ぬのか?)

 視界が白く染まっていき、どんどんと意識が遠のいてしまう。しかし、それと同時に痛みは和らいでいき、俺は真っ白な世界に身を委ねるのだった。
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