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第六章
第十一話 殺意-5
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「ああ、悪いね、無理言って」
愛美がアールグレイを淹れている時、哲平と祖母が言葉を交わしているのが耳に入った
「はじめまして、おばあさん。愛美さんとお付き合いしている、哲平と言います。急に押しかけてしまってすみません。決して怪しいものじゃないんです。本当です」
「はじめまして。心配してついてきてくれてありがとうねえ。男の人がいてくれると心強いよ」
「そう言っていただけて良かったです。もう安心ですよ。こう見えて、僕は筋肉隆々ですから。おばあさんにひどいことをする人はとっちめてやります」
哲平の体を見て筋肉隆々だと思ったことはないと考えながらも、愛美は口元を緩めたまま黙っていた。
紅茶を一杯飲んだ祖母が自室に入ると、哲平が小声で愛美に尋ねた。
「それで? 聞かせてくれないか。あの女性は誰なんだい」
「……私の伯母。おばあちゃんの娘」
「ああ、そういえば〝おかあちゃん〟って言ってたな……」
愛美は哲平に、愛美と祖母がここに引っ越した本当の理由を打ち明けた。最後まで話し終えるまで、哲平は静かに耳を傾けた。
そして、哲平は掠れた声を出す。
「どうして教えてくれなかったの?」
「……ごめん。彼氏に話すことじゃないと思って」
「彼氏に話さず……誰に話すの」
「誰にも……」
哲平は乱暴に頭を掻き、強く目を瞑る。
「……ごめん。愛美がこんなことで悩んでいたなんて……。何も気付いてなかった」
「ううん。哲平が謝ることなんかないよ。それに、哲平が気にすることでも――」
「あのさ」
愛美の言葉を遮った哲平は、珍しく険しい顔をしていた。
「それ、寂しい。愛美っていつもそんな感じ。大事なことは話してくれない。突き放されてる感じする」
「ご、ごめん。だって……」
「だって、何?」
愛美の心臓が不自然なほど速く鼓動する。額から汗が流れ、手足が震える。
全て吐き出したい。だが、吐き出したあとに待っている哲平の反応が怖い。
哲平に嫌われたくない。突き放されたくない。
応えられずにいる愛美の手を哲平がそっと包む。
「あの、さ。この状況で言うのもなんだけど……。お、俺。愛美と結婚したいと思ってるんだ」
哲平の言葉を呑み込むのに時間がかかった。
「俺はそのくらい愛美のこと大切に想ってるよ。だから、もっと愛美に頼られたいし、信頼してもらいたい。大変なことがあったら、支えたいって思ってる」
愛美にとって涙が出るほど嬉しいことだった。
しかしそれよりも、騙していることの罪悪感の方が大きかった。哲平は本当の愛美を何一つ知らない。哲平が愛しているのは、愛美の皮を被った偽物の人間だ。こんな状態で結婚してしまったら、後々哲平を苦しめることになる。
愛美は哲平の手を握り返した。
「ありがとう。嬉しいよ。でもね、結婚するかどうかは、私の話を聞いてからもう一度考えて。多分、私は哲平が思っているような人じゃないから……」
両親のこと。流産のこと。猫とハムスターのこと――。歯茎に針を刺していることも、鼻くそを食べていることも、耳くそを壁に貼り付けていることも、愛美は全て哲平に打ち明けた。
「はは……。気持ち悪いでしょ。こんな女も、こんな両親も。最近は変な伯母まで増えちゃった。こんなのと一緒になったら、哲平、不幸になるよ」
哲平は泣いていた。立ち上がり、愛美を抱きしめ、みっともない泣き声を漏らした。
「愛美……。ごめん。ごめんな。俺、何も知らなかった。それなのに俺。愛美に愛されて育ったとか、幸せそうとか、そんなことばっかり言ってた……。本当にごめん」
「ううん。私は愛されて育ったし、幸せだよ。それに間違いはないよ」
哲平はもう一度、愛美に結婚しようと言った。その言葉を聞き、愛美は初めて彼の前で泣いた。
本当の愛美を愛してくれた哲平に、愛美は真実の愛を感じた。
そして抑え込んでいた彼への愛情が、一度に溢れ、流れ出た。
インターフォンが鳴る。
哲平と愛美は顔を上げ、インターフォンカメラに目をやった。そこには伯母が映っている。
「無視するんだよ、いいね」
「うん」
ドアを乱暴に叩く音と共に、怒鳴り声が聞こえてきた。
「おかあちゃん! 開けて! 開けてって言ってるでしょ!! このマンション!! おかあちゃんが住むなら!! その分の金寄越してよ!! ねえ! 聞こえてるんでしょ!! おかあちゃん!!」
祖母の部屋から、怯え泣く祖母の声が聞こえた。
愛美がアールグレイを淹れている時、哲平と祖母が言葉を交わしているのが耳に入った
「はじめまして、おばあさん。愛美さんとお付き合いしている、哲平と言います。急に押しかけてしまってすみません。決して怪しいものじゃないんです。本当です」
「はじめまして。心配してついてきてくれてありがとうねえ。男の人がいてくれると心強いよ」
「そう言っていただけて良かったです。もう安心ですよ。こう見えて、僕は筋肉隆々ですから。おばあさんにひどいことをする人はとっちめてやります」
哲平の体を見て筋肉隆々だと思ったことはないと考えながらも、愛美は口元を緩めたまま黙っていた。
紅茶を一杯飲んだ祖母が自室に入ると、哲平が小声で愛美に尋ねた。
「それで? 聞かせてくれないか。あの女性は誰なんだい」
「……私の伯母。おばあちゃんの娘」
「ああ、そういえば〝おかあちゃん〟って言ってたな……」
愛美は哲平に、愛美と祖母がここに引っ越した本当の理由を打ち明けた。最後まで話し終えるまで、哲平は静かに耳を傾けた。
そして、哲平は掠れた声を出す。
「どうして教えてくれなかったの?」
「……ごめん。彼氏に話すことじゃないと思って」
「彼氏に話さず……誰に話すの」
「誰にも……」
哲平は乱暴に頭を掻き、強く目を瞑る。
「……ごめん。愛美がこんなことで悩んでいたなんて……。何も気付いてなかった」
「ううん。哲平が謝ることなんかないよ。それに、哲平が気にすることでも――」
「あのさ」
愛美の言葉を遮った哲平は、珍しく険しい顔をしていた。
「それ、寂しい。愛美っていつもそんな感じ。大事なことは話してくれない。突き放されてる感じする」
「ご、ごめん。だって……」
「だって、何?」
愛美の心臓が不自然なほど速く鼓動する。額から汗が流れ、手足が震える。
全て吐き出したい。だが、吐き出したあとに待っている哲平の反応が怖い。
哲平に嫌われたくない。突き放されたくない。
応えられずにいる愛美の手を哲平がそっと包む。
「あの、さ。この状況で言うのもなんだけど……。お、俺。愛美と結婚したいと思ってるんだ」
哲平の言葉を呑み込むのに時間がかかった。
「俺はそのくらい愛美のこと大切に想ってるよ。だから、もっと愛美に頼られたいし、信頼してもらいたい。大変なことがあったら、支えたいって思ってる」
愛美にとって涙が出るほど嬉しいことだった。
しかしそれよりも、騙していることの罪悪感の方が大きかった。哲平は本当の愛美を何一つ知らない。哲平が愛しているのは、愛美の皮を被った偽物の人間だ。こんな状態で結婚してしまったら、後々哲平を苦しめることになる。
愛美は哲平の手を握り返した。
「ありがとう。嬉しいよ。でもね、結婚するかどうかは、私の話を聞いてからもう一度考えて。多分、私は哲平が思っているような人じゃないから……」
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「はは……。気持ち悪いでしょ。こんな女も、こんな両親も。最近は変な伯母まで増えちゃった。こんなのと一緒になったら、哲平、不幸になるよ」
哲平は泣いていた。立ち上がり、愛美を抱きしめ、みっともない泣き声を漏らした。
「愛美……。ごめん。ごめんな。俺、何も知らなかった。それなのに俺。愛美に愛されて育ったとか、幸せそうとか、そんなことばっかり言ってた……。本当にごめん」
「ううん。私は愛されて育ったし、幸せだよ。それに間違いはないよ」
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本当の愛美を愛してくれた哲平に、愛美は真実の愛を感じた。
そして抑え込んでいた彼への愛情が、一度に溢れ、流れ出た。
インターフォンが鳴る。
哲平と愛美は顔を上げ、インターフォンカメラに目をやった。そこには伯母が映っている。
「無視するんだよ、いいね」
「うん」
ドアを乱暴に叩く音と共に、怒鳴り声が聞こえてきた。
「おかあちゃん! 開けて! 開けてって言ってるでしょ!! このマンション!! おかあちゃんが住むなら!! その分の金寄越してよ!! ねえ! 聞こえてるんでしょ!! おかあちゃん!!」
祖母の部屋から、怯え泣く祖母の声が聞こえた。
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