叶え哉

まぜこ

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第六章

第十二話 愛憎-1

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 カミツレの香りがする、陰毛を寄せ集めたような見た目をしている茶葉に湯を注ぐ。蒸らしている間、鶴井はスピーカーから流れるジャズに合わせて体を揺らし、足元にすり寄る黒猫に猫じゃらしを振り時間を潰した。
 紅茶を啜りながらカーテンを開けると、愛猫と遊んでいた七体の生霊が群がってきた。

「生憎、今日は雨だ。君たちは雨の日も好きかい?」

 鶴井が尋ねると、生霊たちが各々頷く。

「君の体は、ちゃんと雨風を凌げているんだろうか」

 鶴井は空に目を向けたまま、陰毛の色が移った湯をまた啜った。
 鶴井が愛猫の腹に顔をうずめ、匂いを堪能していると、別室で飼っている犬が大声で鳴いた。鶴井は隣近所に叱られないか心配になりながら、犬の様子を見に行った。

「こら。静かにしないか」

 飼い主に叱られた犬は、口輪の隙間から必死で何かを訴える。
 鶴井は犬が好きだ。しかし、この人間の形をした飼い犬だけは、心から愛せなかった。
 全裸で四つん這いになり、首輪と口輪をかけられたその男が体を動かす度、皺が深く刻まれた陰茎包皮が左右に揺れる。
 鶴井は顔をしかめ、思わずと言った様子で鋏を握る。しかしすぐに我に返り、苦笑しながら鋏を床に置いた。一思いに陰茎切断でこの男を殺してやるほど、鶴井は人思いではなかった。

「あうあう。あう」
「静かに。静かに。美味しいものを食わせてやるから。ほら。食べなさい。良い子、良い子」

 鶴井は、伊勢海老やキャビアなどの高級食材をミキサーにかけて作った――鶴井はこれを〝高級スムージー〟と銘打っていた――を犬用の皿に入れて男に与えた。
 しかし男が目から汁を出しながらかぶりを振るので、鶴井は厳しく叱った。

「我儘を言うんじゃないよ。こんなに高級で立派なものを与えてるのに食べたくないだなんて。どうして君はそんな自分勝手なんだい、全く。いい加減にしなさい」
「あうー。あうー」
「返事は?」
「あううう。あううう」

 言うことを聞かない、躾のなっていない犬に、鶴井はほとほと参っている様子。鶴井はこれ見よがしにため息を吐き、リモコンのスイッチを押した。
 男に嵌められた首輪から高電圧が発生される。男はひっくり返り、死にかけている蜘蛛のように手足を広げて引攣れた。

「うあうあうあうあ」

 鶴井は痙攣を続ける男の頭を撫で、柔らかい声を出す。

「もう一度聞くね。返事は?」
「あう! あうぅぅ」
「良い子、良い子。ほら、食べなさい。こら、なんだその顔は。美味しそうに食べなさい」

 口輪を外された男は、嘔吐きながら、時たま吐きながらも、頬に皺を作るほど口角を上げたまま高級スムージーを完食した。
 鶴井は先ほど男が落とした吐瀉物をかき集め、皿に載せる。

「なんてことをするんだ君は。もったいないだろう? せっかく贅沢なものを食べているのに吐くなんて、信じられないね。ちゃんとこれも食べなさい。返事は?」

 犬が人の言語を発したので、鶴井は耳を疑った。

「もう……。堪忍してください……。頼みます……。頼みます……」

 鶴井はすぐさまリモコンを押した。

「あうあうあうあう」
「いつからそんな偉そうな口を利くようになったんだい? 君は大人しく僕の言うことに従っていたらいいんだよ。ほら、返事は?」
「せめて……せめて……ペニスと尻のアレを取ってください……。苦しいです……苦しいです……」

 男がじれったそうに尻を振る。鶴井は、男の陰茎に差し込まれたペニスプラグと、尻に嵌められたアナルプラグに目をやったが、すぐにそっぽを向いた。
 それらの栓を外すのは、ペニスは一日に一度、アナルは一週間に一度と決めている。鶴井が栓を外した時だけ、男は排泄を認められていた。
 鶴井はスマホでカレンダーを確認し、気乗りしないまま立ち上がった。

「今日はどちらも外す日だったのか。すっかり忘れてたよ。いいよ、仕方ないから外してあげる」

 栓を外しても、排泄物はすぐには出なかった。排泄するときに男は悶絶するほどの痛みを感じているようで、叫び声がうるさくてかなわない。

「うあああああ。痛い痛い痛い。ぐぅぅぅぅん。ぐぅ。んあ。あ……っ。ふわぁ~」

 尻からねちねちとした、兎の糞のような大便が落ちる。痔によって、大便の表面に血で彩られたマーブル模様があしらわれている。この男から排泄されたとは思えないほど繊細なあしらいに、鶴井は「人とは見かけによらないものだ」と舌を巻いた。
 鶴井の持つグラスに、血が混ざる尿が注がれる。掻き混ぜるとオレンジ色になり見栄えが良くなったが、尿の中に浮く白いカスがそれを台無しにさせる。マーブル模様の大便を生み出した人間が作り出した尿とは思えないほどお粗末だ。
 鶴井は大便を箸で掴み、男の口に押し込んだ。

「僕から与えられたものは、残さず全て食べなさい。ほら、良い子良い子。愛しているよ」

 少なくとも飼い始めた頃よりは躾がなってきた。今ではそこまで抵抗せずに、男は己の糞尿を咀嚼する。従わなければどうなるかは、もう充分教え込まれていた。
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