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第一章 神々と記憶の欠けた少女

12 どうやら幽霊さんには有名な喫茶店だったようです

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 執事服に着替え終わり、私はスタッフルームから出た。

 驚いたことに、執事服も夢で見た制服と同じように、サイズが自分で調整されるすごい物だった。

 そんなに最先端だったっけ?

 私は首を傾げながら周囲の様子を伺う。先程とは違い、少しだけお客さんが増えていた。他のスタッフの姿がなく、ゲンジ1人でお客さんの対応をしている。

 私がスタッフルームから出てきたのに気づいたゲンジは、手を使ってこっちに来てとジェスチャーをしている。私はその指示通りに近づく。


「早速だが、接客をお願いするぜ。こいつらは常連で、練習相手にもってこいだ」

「えー、ゲンさん練習相手ってひどいですー。ボク達も客です!」

「姉さんはともかく、ボクはお客さんです。姉さんはともかく」

「えー、ひどいです! ……あ! 新人さんだ! やっほーです!」


 ゲンジの近くに、見たことのある2人組が席に座っていた。自己主張の激しい方と、大人しい方だ。

 たしか、クルリさんとノルリさんだったかな? いつものメイド服風制服ではなく、普通に私服だった。身軽さ重視の服という感じだ。

 あれ? ここって現実じゃ……。


「ムウさん、こんにちは。ムウさんの練習相手でしたらやりましょう。では、姉さんはクレームを言う客の役をお願いします」

「言いたい放題言ってやるです! ……いや、なんでそうなるです!」

「とまあ、こんな感じで話が終わらないのでな。話し相手になってくれ。そろそろ他のお客さんも来るはずだから、俺はそっちの方をするよ」


 クルリとノルリのやり取りを見て、ゲンジは少しため息をつき、背を向けてカウンターの方へと行った。


「えっとー……」

「どうしたんです? ムウっち」


 ムウっちと呼ばれてしまった。


「変な質問だけど、ここって現実だよね?」

「うん。現世です!」

「ふふ、確かに変な質問ですが、よくある質問ですね」


 クルリが質問に答え、ノルリが補足? 説明をしてくれた。

 え、現世って……それによくある質問って言ってた……。


「えっと……クルリさんとノルリさん、だよね?」

「はい、そうです! ボク達のこと覚えててくれたんですか! 嬉しいです!」

「ええ、そうです。ふふ、嬉しいですね」


 やはり、夢の中の売店で出会った2人だった。しかも、さっき私の名前を呼んでいたので、夢ではないということになるか、ここも夢の中という可能性もある。


「まだ夢の中かも……。起きるためにまた出直してくるね」

「ちょいちょい待てい! バイトを途中で放り投げるな!」


 店の外に出ようとしている所を、ゲンジがカウンターから出てきて扉を塞いで止められた。


「……冗談です」


 私はクルリとノルリのいるテーブルへと戻る。ゲンジは扉の横でこちらを見ている。


「戻ってきたです!」

「おかえりなさい」


 2人共、拍手で出迎えている。


「すみません、まだ夢の中だと思ったので帰ろうとしてたの。どうしてお2人はこちらに?」

「休みの日はいつもお茶しに来てるです。ここの紅茶とケーキは美味しいですよー」

「ボク達鬼人きじんは、今は現世と月と星間郵便局しか行けないから、現世にある本店のこの喫茶店に行ってます。月支店はいつも混んでますし、他の惑星にも支店があるようですが行ったことないです」


 またクルリが答え、それに加えてノルリが補足説明をしてくれた。

 えっと、知らない情報がたくさん入ってきた……。まとめると、この喫茶店はチェーン店でここが本店。おでこに小さな角が生えた人のことは鬼人きじんと呼ぶ。鬼人は今、現世と月と星間郵便局しか行けない。ここの紅茶とケーキは美味しい……と。

 私は頭がぐるぐるしてきたので、ロッカーから取ったメモ帳に全て書き写した。


「私の知らないことだらけ……。夢の中の設定とは思えない……」

「ここは夢ではないです! ボク達は今、夢には行けないです」

「人の夢には長い間行ってないですね。土の男神様が調整中と聞いたことはありますが……。昔、ボク達が行っていた頃は旅行している気分だったのですが、今は色々と変わっているみたいですね。例えばゲエム? とか……わからないですけどね」


 クルリは紅茶を飲んだ後に右手をブンブンと振り、ノルリはまた興味深いことを話している。


「お2人の郵便局勤めは長いの?」


 と質問をしていると、後ろから扉の開く音がして、ゲンジがカウンター席へと案内しているのが聞こえた。徐々にお客さんが増えてきているようだ。


「うん! 長いです! 未練残りまくりです!」

「ローマ帝国にエーデリア王国が滅ぼされ、その後にボク達は処刑されましたから、それからずっと郵便局勤めですね。未練を覚えていなくて、なかなか導かれないですけどね」

「え? ってことはお姫様ってことですか?」

「はい、ボクがノルリミア・エーデリアで、姉さんがクルリシア・エーデリアです」


 どうやら歴史のある方々だったようだ。


「おお! 王族って感じのかっこいい名前! もしかして、他の鬼人さん達もそうなんですか?」

「どうなんでしょう。色んな時代の死者ばかりですよ。皆、何かしら深い未練が残っているようです。定期的に日の女神が診察に来るから、その時に未練の有無を確認しているようです。無いのを確認したら太陽に連れて行くみたいです」


 ノルリは紅茶を飲み、私の質問に答えてくれた。

 日の女神って容赦ないイメージが出てきた……。あれ? でもそんな感じはしないんだけどな。

 そう思っていたら、またお客さんが入ってきた。


「今更ですが、この執事喫茶のお客さんって……」

「はい! お察しの通り、みんな幽霊さんです!」

「たまに霊感の強い現世の人が迷い込んできますが、基本は局員です」


 ただの執事喫茶ではなく、幽霊喫茶だったようだ。

 どうやら幽霊さんには有名な喫茶店だったようです……。もしかして、喫茶店の名前の『レイ』って霊?


「ってことは、空き地だった所に突然現れたのって、幻覚ではなかったのね」

「そうですね。局員の近くの太陽の光が当たる空き地に現れる、憑いてくる喫茶店と言われてます」


 ただの幽霊喫茶ではなく、憑いてくる幽霊喫茶だったようだ。

 クルリはケーキを美味しそうに食べている。


「怖いね」

「ええ。怖いけど便利です。ですが、売っているのが紅茶とケーキなので不便なんです。なのでボク達の売店の支店を出店しないかと交渉をしているのですが、なかなか頷いてくれないですね」


 クルリがケーキと紅茶のおかわりを注文してきたので、私はそれをカウンターのゲンジに伝え、2人の席に戻った。

 あれ? さらりとすごいこと言わなかった?


「え? あの売店ってお2人のお店なの?」

「ええ、今はそうよ。食堂の店長も兼任ね。先代の店長から引き継いでだいぶ経つね。ボク達の未練が無くなったら引き継ぎ相手を探す予定ね」


 どうやら2つの店の雇われ店長みたいなポジションのようだ。

 ゲンジにケーキと紅茶セット用意できたと言われたので、それを取りにカウンターへ行き、受け取った後にクルリにそれを渡した。クルリはそれを受け取り、早速ケーキを楽しんでいる。


「そうなんだ。たしかに、この喫茶店に売店も入れたら繁盛しそうだけどね。何でだろう?」


 と、私はゲンジを見ながら言った。


「俺もこの喫茶店の雇われ店長だぜ。社長である金の男神に言ってみるといい」

「あ! 金の男神様はボク達の売店の社長さんでもありますです!」


 お客さんと会話をしていたゲンジが、私の質問に答えるために身体を傾けて私を見た。

 ケーキを食べていたクルリが突然手を上げて発言した。


「社長さんがダメって言っているんだったら難しいんじゃないかな……。売店を併設してと言っているのはどちら?」


 私はノルリを見て言った。


「お客さんからの要望ですね。投書箱によく入っている要望なので、金の男神様の耳にも届いているはずですが、なぜか頷いてくれないです」

「なるほど……。何か訳アリって感じだね。私が会う時に聞いてみようか?」

「はい、お願いします。ボク達は会いに行くことはできないので、助かります」


 ノルリが頭を下げケーキを進呈してきたが、それは丁重にお断りした。


「おーい。そろそろお客さんが増えてきた。他もお願いしていいか?」


 カウンターの方から声が聞こえてきた。いつの間にかカウンターやテーブル席に座っているお客さんが増えていた。


「はい、わかりました」


 と私はクルリとノルリに頭を下げ、その場を離れた。


「あのー……?」


 入り口で困っている女性が1人いた。


「はい。あ、おかえりなさいませ奥様。席の方を案内いたしますね」

「ここは何かしら? 歩いていたらいきなり現れて気になったので入ったのですが……」


 私はゲンジを見る。ゲンジはやれやれという感じでこちらに来た。


「はじめての方ですね。こちらは執事喫茶レイでございます。死者の方がよく利用される店ですが、たまに生者の方も利用されます。ちゃんと食べられる物ですし、食べた後にあの世に行くということも無いのでご安心下さい」

「まあ! そうだったのですね……。せっかくですし、食べていこうかしら」

「ありがとうございます。席の方に案内いたします」


 そう言って、ゲンジが空いている席に生者のお客さんを案内した。

 そんなに驚いている様子ではなかったし、日常的に幽霊関係を見ている人なのかもね。

 私がそう思っていると、ゲンジがまたこちらに戻ってきた。


「1日に1回かそれ以上迷って来られる方がいるから、その時はさっきみたいに説明してあげて、入店する意思があったら席に案内してくれ」


 1日に1回って結構多い!


「わかりました」


 私がそう言うと、ゲンジはグッと親指を立て、カウンターへと戻った。


「すみませーん、注文お願いしまーす」

「はい! 少々お待ちくださーい」


 他のお客さんに呼ばれたので、そこに向かった。
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