上 下
66 / 104
第二章 カケラの切手と不思議な壺

68 火の男神こだわりのお茶会?

しおりを挟む
 マールスは、両手で浮かせていた炎の球体で両手を包んだ。

 そして、その炎でワイヤーを焼き払われてしまった。


「あれやっぱりボクシンググローブ!」

「私のワイヤー弾が消し炭にされちゃったわ……拘束は無理そう」


 私と夢羽がそう言っているうちに、マールスは前へと詰めてきた。


「オラ! オラ! オラ!!」


 マールスは夢羽に目がけて、左2回のジャブと右1回のストレートを打ってきた。

 夢羽はそれを空手の受けで全て流した。そして、


「おりゃ!」


 左腕につけているトンファーガンを使い、突きを放った。

 マールスはそれを最小限の動きで避け、カウンターのパンチを打った。

 夢羽はそれに当たりそうになるが、翼の盾がそれを阻止した。


「あっつ! あっちち!」

「やるなオラ! たしか、夢羽だったか」

「うん、夢羽だよ!」

「ふん! 母様の翼があるからって調子に乗るんじゃないぞオラ! 行くぞオラ!」


 同じ格闘系の戦いだからか、夢羽はいつも以上に楽しそうに見える。そして、マールスも笑いながら攻防している。


「……私が入る隙がないんだけど……」


 試しに戦っている横からワイヤー弾を撃つが、あのグローブになっている炎がワイヤーを一瞬で消し炭に変えてしまう。あの炎をどうにかできる方法はないのか……。

 私は周囲を見ながら考える。強い風とそれによって土埃が飛ばされていた。

 たしか、火の消火方法って……。


「夢羽、私が合図したらあれ試してみて! それまで引き付けをお願い」

「あれ? あ! わかった!」


 そう言った後夢羽は、マールスを挑発するように手招きし、ニヤニヤと笑った。

 私は、狙撃銃になっている双子銃を、『創作』で信号弾の撃てる銃に作り変えた。


「……何をするか知らんが、やらせはせんぞオラ!」


 マールスは夢羽の挑発を受け、更に詰める。

 私は『隠密』を使い、崖の近くまで寄った。


「お前さんの相棒は逃げたようだな……今度はお前さんだオラ!」


 どうやら、神相手にもこの『隠密』は使えるようだね。

 私は崖の壁に手を付けた。そして、無限カバンから取り出したガスマスクを着けて『隠密』を解除し、信号弾を上に向けて撃ち、夢羽へ合図を送った。

 夢羽はそれに気づきマールスに蹴りを入れ、私の前に立ち、ガスマスクを着けた。そして、


「いいよ!」


 私は『鏡界きょうかい』の能力でマールスの後ろに背丈より大きな鏡を作り、それと繋がった鏡をマールスの上下左右まで伸ばして、箱のような形の物を作った。

 マールス側からは見えていないので、何をされているのかわかっていないようだ。


「やって!」

うりうりほらほら飛んでけー!」


 夢羽は翼を羽ばたかせ、強風をマールスへ浴びさせた。風が鏡の壁に跳ね返り、乱気流となり始めた。


「母様の翼!? 風が強くて動けんぞオラ!」


 マールスは前に進もうとしているが、ピクリとも動いていない。

 私は散弾銃に作り変えた双子銃を、崖の壁に向けて何度も撃った。


「な! 何をしているんだオラ!? ぺっぺっ、目と口に土が……」


 散弾で砕いて出た土や石は全部夢羽の風に飛ばされ、マールスを囲った鏡で作った箱に入って土埃の嵐となった。マールスはその土埃で身動きが取れないようだ。

 マールスを追い込んだ私は、更に開けていた所にも鏡を置いて完全に密閉した。

 しばらく密閉した状態で様子を見ていると、マールスへの目潰し効果が切れたようで、今度は見えない鏡の壁に手をつくように出口を探し始めた。

 そして酸素が無くなったのか、アフロと両手の炎が小さくなり消えた。


「……まさかこんな方法で炎を消されるとは思わなかったぞオラ……」


 内部の空気がほぼ無いので聞き取れなかったが、試練は終わったようだ。


「あたし達の勝ちね!」


 夢羽はガッツポーズをした。


---


 試練を終え、私達はマールスに認められ、山頂にあるやしろの庭園にいた。

 社には、マールスの眷属けんぞくと思われる巫女がたくさんいるようだ。顔に黒い布がかかっているので、表情までは見えない。

 現在私達はテーブルに着いており、私と夢羽の前には紅茶、マールスの前にはコーヒーが置かれていた。

 夢羽は先程、マールスに願望の塊からできるマジックアイテムの修繕方法を教えてもらい、それをやってもらっている。小瓶の中から願望の塊を取り、それをフライパンに塗り、近くの炎でそれを焼いていた。


「ほらよ。これが神器『火の指輪』だオラ」


 マールスは、自身の左手の指にはめていた火の指輪と呼んだそれを抜き、夢羽の前に出した。夢羽はそれを私の前に出した。

 それは、金色のリングに赤い宝石がはまっていた。


「それは左手専用の指輪だオラ。それ以外で身につけても効果無いから気をつけるんだオラ」

「わかったわ」


 私は言われた通りに左手の指にはめた。


「それにしても俺様の炎を消されるとは思ってなかったぞオラ」

「あたしは風羽の言われた通りに強風を起こしただけだけど、あれ何で消えたば?」

「風で消したわけではないよ。風は動きを拘束するため。私が削った土もそう。火の消し方の基本は密閉させて酸素を断つこと。理科の授業で習ったでしょ。ほら、こうやって……ね?」


 テーブルの上にあった火の点いた小さなロウソクに、未使用のコップを逆さまにして被せて火を消して見せた。

 『鏡界』の鏡は、物体を通過させる物とさせない物の2種類を出すことができるのを後から知った。通過させない鏡で密室を作ることもできるなと、その実験で思いついたのを今回使ってみた。


「うー……たしかそうだったような……覚えていないやっさ」

「空気を密閉か。空中戦でそれをやってのけるとは、風羽はやるなオラ」

「ありがとうございます。ところでマールス様。火星で教団が壺を焼いて、邪気の中で乾かしていたのはご存じですか?」

「あ? ……あのよくわからん連中、教団だったんだな。局員もたくさんいるし、わからなかったぜオラ」


 たしかに局員もたくさんいる。その中から教団だけを探すのは難しい。壺を焼いているただの局員もいるかもしれないしね。


「その教団も、今後壺を焼かないかもしれないね。あ、でもまた邪気に近づく局員がいたら声掛けをお願いしますね」

「わかったぞオラ」


 マールスは巫女を呼んでそのお願いを指示し、巫女は頭を下げ、駆け足でどこかへ行った。


「それでマールス。あの邪気は何であんなに溜まっているば?」

「邪気は元々、そんなに湧いて出るものではなかったんだ。人間が生まれてから増え始めたなオラ」

「じゃあ、人間が邪気を生み出しているってことなの?」

「理性を持って行動をする唯一の生き物だから生み出しやすいというだけだ。この世界の魂は皆、陰と陽半々だ。善人100%の人間、神もいないぞ。ちなみに、昔の呼び方は陽の気と陰の気で、今は霊気れいきと邪気だオラ」

「じゃあ、霊気は白いモヤモヤ、邪気は黒いモヤモヤってことね……あ! もしかして、夢の世界のって……」

「あれも邪気だオラ」


 衝撃的新事実……。


「火星での邪気の焼却で間に合っていたんだが、人間の誕生で間に合わなくなったというのが溜まっている原因だ。母様が復活したら手を付けて欲しいぜオラ……」


 マールスは目の前のコーヒーカップを持ち、一口飲んだ。


「人間の誕生が原因……。そういえば、ネフィリアは生物と人間の数を減らすって言ってたね……。邪気の性質もわかっているみたいだし、もしかして……」

「あ? 誰だそんな事考えている愚者わオラ」


 私が話している途中で、マールスが割り込んで入ってきた。


「ネフィリア。原初の女神教団という、原初の女神を復活させて願い事を叶えようとしている変な組織の教祖だよ」


 万能布巾の穴を修復しながら夢羽が答えた。


「マリネリス峡谷で壺を作っていた変な一味の親玉かオラ!」

「そうだね。親玉」


 修復を終えた夢羽は、私に布巾を渡してマールスの質問に答えた。


「そいつが星間郵便局を裏から牛耳っているのか? オラ」

「ある意味そうなのかな?」

「あ、でも今は教団のスパイみたいな人は消えたさーね」

「あ? そんなわけないだろ。まだあんなに邪気まみれなのによオラ」


 マールスは夢羽の発言に首を傾げる。


「邪気まみれ? 黒いモヤモヤ見たことないけど……」

「濃い邪気は黒くなるが、薄い邪気は人の目には見えんぜオラ」


 そういうものなのか。


「その薄い邪気が局内に漂っているってこと?」

「いや、輪廻の入り口だぜ。俺様は輪廻の世界の邪気も管理しているんだオラ」


 輪廻の入り口? たしか、あの吸い込まれそうな気分になったあの扉のことかな?


「その入り口って……」

「初めてゲンと会って面談するあの場所にあるぜオラ」


 やはりあの恐怖を感じた扉みたい。


「輪廻の入口って、植物と動物が通る扉じゃないば? その魂にも陰の気が混ざってるから漂っているんじゃない?」

「それだと微量だぜ。だけど今はそれより多い量を感じるぜ。それもそこに留まっているんだぜオラ」


 留まっている? ということは、流れていないってことだね。


「いつから多く感じるようになったの?」

「200年ちょいだから最近だぜオラ」


 神からしたら200年は最近なのね……。


「その時に何か変わったことはなかった?」

「星間郵便局の局長が今のゲンに変わったぜオラ」

「じゃあゲンがわかるのかな?」

「局長は100年に1度変わるから、それがきっかけとも言えないぜオラ」


 100年に1度変わってたんだ。でもゲンは200年近くやってるってことは最長記録?


「とりあえずゲンに聞こうか、風羽」

「そうだねー。前局長からどういう経緯で交代したのか気になるしね」

「だぁるね」


 私達は出された紅茶を全部飲み干し、立ち上がった。


「紅茶、ごちそうさまでした。美味しかったです」


 私は巫女さんにお礼を言うと、あわあわとしながらお辞儀をした。


「それではマールス様、この辺でお暇しますね」

「またね、マールス!」

「母様のことは頼んだぜ。夢羽、また一勝負しようぜオラ」


 マールスは立ち上がり、右腕を出してきた。

 夢羽も右腕を出し、コツンとぶつけて挨拶をした。そして、巫女に案内されながら来た道を戻った。


---


 社を出て正門の前。次の目的地である星間郵便局に行く前に、無限カバンから端末を取り出し、電話をかけた。

 夢羽はリュックの中から食べ物を取り出して、食べ始めた。


「お疲れ様です。局長今1人?」

「ああ、今は1人だ。どうした?」

「局長、この前お願いしたことはどうなりました?」

「この前って……ああ、夢羽達が砂の星に行く前にお願いされたやつか」

「うん、そうです」

「今、ゲンジのように固定枠を1つ追加して対処しているところだ……まだ時間かかるぜ」

「そうですか……。まあ、教団の動きが止まった感じがするので、今動くチャンスかもね」

「そうだな……。それにしても、月のあの施設が魔力に影響しない場所ってのは知らなかったぜ」


 あの施設っていうのは月にあるターミナルのことね。


「あの場所に局員たくさんいるのに、変化がなかったからもしかしたらって思ったけど、やっぱりそうだったんだね」

「ああ。オペレーターも施設の使用には消極的みたいだし、好都合だ」

「あ、それと、この後お時間いいですか?」

「なんだ? 改まって……。一応空いてるぜ。ルイはどうする?」

「その質問を答える前に確認を……。私達からの火星での報告はルイさんから来ましたか?」

「いや、来てないぜ。何かあったのか?」

「そうですか……。はい、たくさんの壺がありました……それではさっきの質問の答えですが、夢羽と私と局長の3人でお願いします」

「そうか……。じゃあ、あの庭で待ち合わせだ」


 あの庭……あ! 夢羽が初めてこの世界に来た時に迷い込んだ中庭! たしか、結界がどうこうって言ってたような。


「人目を避けるにはいいはずねー」


 夢羽が出した食べ物を全て食べ終えたようで、会話に参加してきた。


「じゃあ、また後でね!」

「あいよー」


 ゲンとの通話を切り、私は夢羽の手を握り、そのまま宇宙へと飛翔した。
しおりを挟む

処理中です...