路地裏の喫茶で。

桜丸

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モーニングは突然。

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 目が覚める。肌寒い夜は忽然と姿を消し、今はガラス越しにほんのり暖かい日差しを受けている。一人暮らしというのは悲しいもので、帰っても、寝ても、起きても、結局誰もいないのだ。趣味の執筆も、五百文字かそこらで飽きてしまっていつも書ききらないし、もはや雑記帳集めが趣味なのかもしれない。必死に懇願してようやく行かせてもらえた大学だって、楽しくないし、頑張れてもいない。
 気晴らしに外を散歩しようかな。東京観光なんか一度もしてなかった。親父に頼んで買ってもらった最新のカメラもあるし、存分に楽しむぞ!!
 ...何もないな。はじめにはしゃぎすぎてフィルムも切れてしまった。ちょうど駅も近くにない。そこらの食堂で少し食べてくか。そう思い財布を取り出すと、数銭の小銭が漏れる。
「ああ、もうなんなんだよ。」
 床にしゃがみ込みながらため息をつくと、一人の弱々しい男が僕に近づき、一緒になって僕の小銭を拾った。
「あ、すいません。大丈夫なんで。」
「いえいえ、助け合いですから。はい、拾いきりましたよ。」
「ありがとうございます。」
 そう言って立ち上がると、店の看板が立ててあった。"喫茶blossom"?一文字も読めないが、茶と入っているしお茶と団子でも出るのだろうか?
「ここはお茶のお店ですか?」
「いや、ここはコーヒーのお店です。」
 コーヒー、か。そういえば大学で行っているのを聞いたことがあるような...まあよくわからんが、腹も減ってるしとりあえず入ろうかな。
 僕はそう言って、喫茶blossomに入店した。
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みんなの感想(1件)

まっく
2024.05.06 まっく

歴史系っていうより日常系って感じだな。なんか面白くなりそ。

解除

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