神様のギターと鍬

ゆっけ

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神様のギターと鍬

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「悔しいなあ。あなたが本当に神様だったらよかったのに」
  親父が倒れて地元に帰るためバンドを辞める俺にとある女性がそう言った。彼女はいつも俺を神様だと言ってきかないファンの女の子だった。
「出待ちするのもこれで最後だね」
「最後か」
  顔を覆ってすすり泣く彼女のつむじを見つめる。ずっと、小さくて可愛いと思っていた。俺は彼女が好きだった。
  バンドを始めてからそれなりに女の子と遊んだけれど、彼女にだけはどうしても手を出せなかった。この人にはストイックで常人離れした人間として見ていてもらいたかった。だから、抱えた気持ちはただ歌にすることしかできなかった。彼女を想って作った曲が何曲もある。そのどれもが、ファンからはあまり人気がなかった。
「ギターいる?」「なんで?」「持って帰ったら荷物になる」「絶対いらない」「ひどいな」
  軽口は夏のぬるい夜風にするすると溶けていく。前に夏の歌を歌ったら、出待ちの君が『夏のことちょっと好きになった』と言った。だから俺はそのあとまた夏の曲を作った。今は、どうなんだろう。君はどれくらい夏が好きになっただろうか。
  俺はずっと神様なんかじゃなかったんだ。君の曲を歌うためだけにギターを鳴らしていた。君の瞳の中に散る星が見たくて、それだけの動機でバンドを続けていた。
  君はいまだ顔を覆ってすすり泣いている。俺はじっとそのつむじを見つめる。一生忘れないように。
「地元ではギターの代わりに鍬持つよ」
「そっか」
「君はそこで、俺の神様にならないか」
  気づけばそう口にしていた。彼女はゆっくりと顔を上げて、僕に向かっていびつな笑顔で笑う。
「わたし一神教なの。わたしの神様はこれからも死ぬまで、ステージの上のあなただけ」
  わたしは神様にはならないと彼女が言う。そうか、と俺は呟く。
  俺は神様になんてなりたくなかったよ。言ったら、ごめんねと彼女は笑った。
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