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第2章 一日目

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 大風島は南北に長い形をした島で、その西南に島一番の港で中心部といえる沖の港がある。

 地図で見る限り、街と呼べるものはこの沖の港周辺だけのようだ。島の主要な道路は西の海岸線近くを縦方向、南北に走り、北と南から回り込む形で東側へと続いているが、東の海岸線側に車の通れる道は通っていない。南回りの道路は、島の東側に出て少し進んだところにある東崎で途切れ、北回りの道は我々が向かう日ノ出港までで終わっていた。

 おそらく島の東の海際は急峻な崖になっているのだろう。日ノ出港の近くには、日ノ出浜の地名も見える。岬の反対にある危険な浜は、二年前の事故があった美鈴浜のことのようだ。

 地図を見ながらそのようなことを考えていると、気がつけば道は海岸線から離れ、やや急な上り坂へと入っていた。地図に目を戻すと、道路は西の浜の北端あたりから、島の内陸に入っている。と、車が軽く減速し、信号のない交差点を右に曲がった。

「今のが古浜港への道との交差点ですか?」
「そうだよ。湖の頭と書いて湖頭峠の交差点って呼んでる。そんな地図でよくわかるね」
「向井さんたちは登山家ですからね」

 助手席の高遠さんが捕捉してくれる。大したことではないが、少し誇らしい。それにしても、離島と聞いていたので周りが海ばかりの小さな陸地を想像していたが、この島の山と森はずいぶんと奥深い。

 今走る車道の右側は、結構な深さの谷になっており、下の方には沢が流れているのが見える。湖頭峠というくらいだから、近くに湖でもあるのだろうか。

「さっき湖頭峠っておっしゃってましたが」
「うん」

 敦子さんがバックミラー越しに、こちらに返事してくれる。

「湖頭ってことは近くに湖があるのですか」

「そうね。今走ってる道の右手の山奥に大風湖っていう小さな湖があるのよ。戦前に作られた小さなダム湖だけどね。この島の生活用水はそこから引かれてるんだよ」

「へー」
「ダム湖の周りは周遊道路になってて、湖頭峠の交差点の脇から行けるわ。宿からは別のルートもあって自転車ならすぐよ。登山家さんなら歩いてみるのも良いかもね」

 そう言って敦子さんは、ミラーの向こうで僕にウインクしてくれた。海のイメージの離島で、山奥の湖へトレッキングとは、確かに洒落ていて面白そうだ。

「いいですね。島の湖へトレッキング。行ってみますか、先輩?」

 珍しく無言を通している後部座席の三輪さんが気になって、後ろへ首をめぐらすと、窓に顔をつけるようにして、島の深く暗い谷底を睨み付けるように眺めている。

「おお、トレッキングか?」

 視線に気づいたのか、先輩はこちらを見て照れくさそうに笑う。なんだか悪いことをしたようで、僕は思わず目を逸らせてしまった。

「ええやないか。じゃあ海遊びに飽きたら、行ってみるか」
「でもまずは海ですかね。やっぱり」
「そうやな。ところでこの島には港が三つあるんでしたっけ?」

 物思いにふけっていたのが気恥ずかしかったのだろうか。明るい調子で三輪さんが運転席の方へ声をかけた。

「三つと言っても、現役で活用されてるのは沖ノ港だけだよ」

 再びバックミラー越しにこちらに視線を送り、敦子さんが解説してくれる。

「昔は、島の北東にある日ノ出港周辺も家が多かったんだけどね。今はみんな、便利な沖ノ港の周りに移っちゃって、うちのペンションだけになっちゃった」
「じゃあもう、港も使ってないんすか?」

「旦那の小船が一艘、置いてあるだけかな。あとは海が荒れた時に小さな漁船なんかが避難してくるくらい。もともとは島の北にある美鈴浜と古浜港が、そういったときに使う避難港だったんだけどね」
「美鈴浜と古浜港ですか」

 僕は思わず後席を見返した。三輪さんと目が合うと、優しい眼差しで頷き返してくれた。

「そっちはもう、誰も使ってないね」

 我々の緊張を知ってか知らずか、運転する敦子さんは朗らかな声で説明を続ける。
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