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第4章 三日目の朝、そしてまた事件が起こる

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「女性の部屋ですからね。高遠さん、水戸さん、一緒にお願いしますわ」
「わかりました」

 高遠さんが返事をし、水戸さんも右手でOKサインを出す。再び全員で二階へと上がり、今度は204号室の前に集合する。飯畑さんが自室の鍵を開錠しドアを開けると、高遠さん、水戸さんが部屋の中へ入った。三輪さんはドアのところから、それらを眺めている。

「あった。あったよ、机の上に」
 部屋の中から水戸さんの声が聞こえて来た。

「ありました。こちらですよね」

 部屋の入り口のところで、高遠さんが207号室の鍵を顔の前で持ち、皆に見えるようにキーホルダーを手で掲げた。木彫りのイルカの胴体には207の文字が描かれていた。

「確かにそれよ。間違いなく」

 飯畑さんは、安堵したようだったが、しかし同時に少し苛立っているようにも見える。

「鍵は昨夜と同じ場所にありましたか?」
「ええ、間違い無いと思うけど」
「昨夜以降の、ご自分の部屋の鍵は?」
「昨日の夜は、部屋に戻ってすぐに鍵をかけたわ。その後、朝まで開けてない」
「今朝は?」
「今朝? 今日の朝は…… 起きてから、洗面に行く間だけ鍵は開いていたかも」
「起きたのは、何時頃ですか?」
「起きたのは六時過ぎで、部屋から出たのは六時二十分ぐらいかな。高遠に会ったよね」
「はい、私と洗面場で入れ違いでした」
「開きっぱなしだった時間は、どれくらいでした?」急き込んで、僕が問いただした時、
「ちょっと、待ちなさいよ。みんなで人の部屋まで来て、一体何が言いたいの?」

 彼女苛立ちは頂点に達したらしい。今にも平手打ちが飛んできそうな迫力に、ビクッと体を竦める僕の横で、

「飯畑さん、すんませんが、一つだけはっきりさしてください」

 三輪さんが優しく諭すように問いかける。

「何を、よ」
「アオイが聞いたことです。今朝、鍵が開いていたのは何時から何時の間ですか?」
「……たぶんだけど、六時二十分から二十五分くらいの間」
「時間は正確ですか?」
「そんな……、学校の有る日じゃ無いんだから、そこまで正確に時計を見てないわよ。ただその後、いったん部屋に戻ってすぐに下に降りたから、その時は鍵を閉めたわ」

 三輪さんが、しばし何かを考えているようだった。

「確かに、その時間で合ってると思います。俺が六時過ぎに起き出してロビーでコーヒーを飲んでいると、二階で人の気配があり、その後にまず飯畑さんが降りて来はりました」

 展開の速さと心労からか、飯畑さんは、なかなか話に頭がついていけない様子だった。

「ロビーで朝の挨拶をしましたよね」
「ああ、そうね。今朝だもんね。そう、コーヒーを入れようとしたら、ソファにいるあなたに声をかけられたわ」
「ちょうどテレビで六時三十分のニュースが始まったんを覚えてます」
「そう、そうだった。確かに。それで、そのすぐ後に高遠が、上から降りて来た」

 三輪さんが目顔で高遠さんに確認すると、彼女も間違いないと頷く。

「それで、こんなこと話してて、一体何がわかるのよ」

 ここまでの話に得心が言ったことで、再び飯畑さんは疑問と苛立ちを抱いたようだ。

「落ち着いてください。これで藤田さんは、まず間違いなく自分の意思で、部屋から出かけたゆうことですわ」
「そんなの……当たり前じゃないの」

 飯畑さんの部屋の鍵は夜間はずっと閉ざされていた。誰かが鍵を狙って侵入しようとした場合、朝の洗面時間を狙うしかない。しかし高遠さんの部屋と飯畑さんの部屋は建物の両端にある。もし飯畑さんが洗面場にいる間に侵入しようとしても、部屋に戻り自室のドアを開ける高遠さんに見つかる可能性が高い。

 その後、高遠さんが自室に入ってから、飯畑さんが洗面場を出て部屋に戻るまでの時間が、どれほどあったのか不明だが、長くても二、三分だろう。その間に鍵を盗み出し、207号室のドアを開ければ、もちろん解錠する音が飯畑さんに聞こえる。

 つまり207号室の鍵は、”朝、皆が洗顔などをする時間帯に、外側から開けられた”のではなく、”皆が寝ているうちに部屋の中から開けられた”可能性が非常に高いということだ。

「飯畑さんは、あの場におられなかったんで、知らないと思いますが」
「何かあったの? 藤田くんが亡くなっていた部屋で」
「はい。牧場先生が、藤田さんの首を見て、もしかしたらですが」
「何?」
「あくまで可能性ですが、首が締まった跡が二つあるようにも見えると」
「二回? 二回首が絞められたってこと? そんなことって言ったら!」

 飯畑さんも、あの時の竜二さんと同じことを思いついたのだ。

「落ち着いてください。刑事ドラマにようあるような話とちゃいますよ。ただ少し気になる、そう先生は言ってはったんです」

 飯畑さんがパニックにならないよう、三輪さんがすぐに言い添えた。しかし彼女はすでに恐怖で顔を引きつらせている。

「結局それで、何がどうわかったのよ」
「先生の話では、藤田さんが亡くなったんわ、昨夜の一時から今朝の七時の間やそうです」
「一時から七時?」
「そうです。そしてその時間に藤田さんが部屋から出ていないのならば、部屋の鍵はかかったままです。もし誰かが藤田さんに危害を加えようと思ったら、藤田さんを起こして鍵を開けてもらわなあきません」

 飯畑さんは、しばらく考え頷いた。

「夜中に寝てる人を起こして鍵を開けてもらう。不可能ではないですが、まあ不審に思われますね。その上、飯畑さんがさっき考えたように、藤田さんに危害を加えようとするなら、あの腕っぷしの強そうな人と大騒動ですよ。絶対に誰かが気づきます」

「そうね。それは間違い無いわ」
「と言うことは、もしこれが殺人みたいなことだとしたら、藤田さんの部屋の鍵を誰かが手に入れ、外から開けられたかどうかが重要なんですわ」

「私が怪しいってこと?」
「違います。飯畑さんが一人で、藤田さんをどうこうできるとは思えません」
「藤田くんを殺したりするわけないわ」
「そうです。だからこそ、鍵の所在を確認したんです。そして飯畑さんの部屋にあった鍵は、他人の手に渡ることはなかった。それならば、207号室のドアは藤田さんが自分で開けたことになります。だからこれは……」
「藤田くんの、自殺ということなのね」

 飯畑さんは再び、手を顔で覆い泣き出してしまった。
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