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第5章 三日目の午後、そして再び事件は起こる
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「次の藤田さんですが」
途切れた話の接ぎ穂を探すように、僕は話題の転換を図る。
「やはり藤田さんも殺されたと思いますか」
少し言葉が刺激的すぎただろうか。高遠さんの顔が苦しそうに歪む。
それに気づいたのか、どうなのか、軽い口調で
「半々かな、こっちは」と三輪さんが答えてくれた。
しかし伊藤さんの事件を雄弁に推理した高遠さんに比べると歯切れが悪い。
「自殺の可能性もあると?」
高遠さんも意外に思ったらしい。
「そうやね。しかし、どっちにしても藤田さんの死に関わっとる人物がいる思いますわ」
「自殺でも、誰かが?」
「そうです、自殺教唆ちゅうわけやな」
教唆、誰かが自殺するよう誘導したと?
「そんなことできますか?」
僕は当然の疑問を口にする。
「伊藤さんも、藤田さんも、他殺にしろ自殺にしろ、そこには原因や理由が必要やろ?」
言われてみれば当然だ。ゲームと違うのだ。人の生き死にには、それなりの理由がある。
「俺はその大本となるのが二年前の事件やと思ってる。あれはやはり、伊藤さんや藤田さんたちが起こした事件だったと」
断定するような先輩の言葉に、高遠さんが視線を上げた。
「その恨みで殺されたというのが伊藤さんなら、藤田さんも同じ理由で死んだのやろう」
「犯行を悔いて、自殺した可能性も?」
三輪さんが僕に力強く頷く。
「そうやアオイ、そこで教唆や。伊藤さんを殺した人物が、藤田さんの前で過去を糾弾する。あるいは証拠か何かを突きつける。そして自殺するよう誘導した可能性もある」
「なるほど」
「もちろん、そう見せかけてこっちも殺人かもしれん。まあ結果は同じや」
「そう、ですね……」
三輪さんの推論に高遠さんは大きなショックを受けたらしい。部外者の僕と違い、死んだ人たちも、そして容疑者とされる人たちも、皆彼女の仲間なのだ。その絞り出すような声に、当事者としての苦しみが感じられた。
「藤田さんが自殺だったにしても、なんらかのトリックを使っての殺人だったにしても、あの夜に誰かが部屋を訪ねたんですよね?」
ずっと僕の頭に引っかかっていた点だ。あの夜の宴席で藤田さんは、伊藤さんの事故死に落ち込みつつも、まだ元気だったと思う。皆が自室へ引き上げた後、きっと何かがあったはずだ。
高遠さんも同じ考えなのだろう。三輪さんがこの問題にどのような意見を持っているのか、不安そうに言葉を待っている。
「そうやな。あの夜、俺たちが寝たあと、誰かが207号室を訪れた。俺もそう思う」
「それは誰だったと?」
「うーん、わからん。ただ問題はどうやって鍵を開けたのかやな」
「鍵を開けた方法?」
「そうや。前も言ったが、夜中の二時とか三時に酩酊し寝てる藤田さんが、静かなノックの音に目を覚まして、鍵を開けると思うか」
「可能性はなくはないですよ」
「そらそうや。可能性はある。しかし、その犯人。そいつは、その夜に重大な目的を持って、その部屋に行ったんやで」
「そうですね」
「そいつが、そんな幸運を当てにするか」
確かに、そこでうまくいかずに躓いたら、犯行ができないだけでなく、自分の存在がクローズアップされる危険もある。
「じゃあ先輩は、どう考えてるんですか?」
「まず鍵を開けたのは藤田さんではない。これは確かやろ。熟睡してる人物を夜中に起こすには、かなり大きな音でノックせなあかん。しかもそのあと、藤田さんに平穏に鍵を開けてもらえる保証もない。そんな無確実な事象をあてにしての犯罪計画はあり得へん」
先輩の推論に、僕と高遠さんは頷いた。
「とするならば、犯人はどうやって鍵を開けたか。可能性は二つや」
三輪さんは顔の前に二本の指を立てた。
「まず一本目。ペンションの部屋の鍵をピッキングで開けた。俺にはできへんけど、ピッキングの技術はそう難しくないと聞いてる」
そう言って、指を一本折る。そうかピッキングか。それは空き巣の必須テクニックで、道具と経験さえあれば簡単に鍵を開けられると聞いたことがある。殺人まで考える復讐者なら、練習をしたとしても不思議ではない。
が……、
「先輩、ダメですよ。それは」
僕が首を横に振り、高遠さんも僕に同意するように頷くのを、三輪さんは悲しげに見つめている。そうか、先輩も気づいていたんだな。
「どこが、あかん? 言うてみアオイ」
「この宿の部屋鍵はディンプルキー、通常は玄関ドアなどに使われる高性能な鍵でピッキングは不可能です。以前あった窃盗事件で相当懲りたんでしょうね、竜二さんは」
そうなのだ。この宿の各部屋ドアに使われている鍵は、通常のシリンダーキーより防犯性がはるかに高いタイプで、窃盗のプロでも簡単に解錠できない。
ハーっと大きなため息をつき、三輪さんは二本目の指を折る。
「じゃあしゃあない。二本目はもっとシンプルや。あの部屋の鍵を持ってる人がいる」
「飯畑さんが怪しいと」
「可能性は低くないと思う。二年前の事件に関しての仲間割れか、あるいは飯畑さんの思い人が大島さんだったか……」
先輩は残念そうに首を振るが、どこまで本気なのだろう。あの聡明で凛々しかった飯畑さんが犯人であると言うのか。他に何か可能性はないのだろうか。
「動機はどのみち、この場ではわからないでしょう。それより、どちらかの方法で中に入った人物はどう動きましたか?」
「藤田さんを起こして、二年前の事件の証拠か何かを示して自殺に追い込むか、もしくは寝てはる藤田さんを絞殺し、何らかのトリックで自殺に見せかけたか。どちらかが行われたと思うが……。小説の探偵みたいに興味深い証拠を発見して犯行方法の断定、なんてまねは俺にはできへん。しかしさっきも言ったが、藤田さんが死んだという結果は同じや」
先輩が語った悲しく悲惨な場面を想像し、暗澹たる気分となった。
途切れた話の接ぎ穂を探すように、僕は話題の転換を図る。
「やはり藤田さんも殺されたと思いますか」
少し言葉が刺激的すぎただろうか。高遠さんの顔が苦しそうに歪む。
それに気づいたのか、どうなのか、軽い口調で
「半々かな、こっちは」と三輪さんが答えてくれた。
しかし伊藤さんの事件を雄弁に推理した高遠さんに比べると歯切れが悪い。
「自殺の可能性もあると?」
高遠さんも意外に思ったらしい。
「そうやね。しかし、どっちにしても藤田さんの死に関わっとる人物がいる思いますわ」
「自殺でも、誰かが?」
「そうです、自殺教唆ちゅうわけやな」
教唆、誰かが自殺するよう誘導したと?
「そんなことできますか?」
僕は当然の疑問を口にする。
「伊藤さんも、藤田さんも、他殺にしろ自殺にしろ、そこには原因や理由が必要やろ?」
言われてみれば当然だ。ゲームと違うのだ。人の生き死にには、それなりの理由がある。
「俺はその大本となるのが二年前の事件やと思ってる。あれはやはり、伊藤さんや藤田さんたちが起こした事件だったと」
断定するような先輩の言葉に、高遠さんが視線を上げた。
「その恨みで殺されたというのが伊藤さんなら、藤田さんも同じ理由で死んだのやろう」
「犯行を悔いて、自殺した可能性も?」
三輪さんが僕に力強く頷く。
「そうやアオイ、そこで教唆や。伊藤さんを殺した人物が、藤田さんの前で過去を糾弾する。あるいは証拠か何かを突きつける。そして自殺するよう誘導した可能性もある」
「なるほど」
「もちろん、そう見せかけてこっちも殺人かもしれん。まあ結果は同じや」
「そう、ですね……」
三輪さんの推論に高遠さんは大きなショックを受けたらしい。部外者の僕と違い、死んだ人たちも、そして容疑者とされる人たちも、皆彼女の仲間なのだ。その絞り出すような声に、当事者としての苦しみが感じられた。
「藤田さんが自殺だったにしても、なんらかのトリックを使っての殺人だったにしても、あの夜に誰かが部屋を訪ねたんですよね?」
ずっと僕の頭に引っかかっていた点だ。あの夜の宴席で藤田さんは、伊藤さんの事故死に落ち込みつつも、まだ元気だったと思う。皆が自室へ引き上げた後、きっと何かがあったはずだ。
高遠さんも同じ考えなのだろう。三輪さんがこの問題にどのような意見を持っているのか、不安そうに言葉を待っている。
「そうやな。あの夜、俺たちが寝たあと、誰かが207号室を訪れた。俺もそう思う」
「それは誰だったと?」
「うーん、わからん。ただ問題はどうやって鍵を開けたのかやな」
「鍵を開けた方法?」
「そうや。前も言ったが、夜中の二時とか三時に酩酊し寝てる藤田さんが、静かなノックの音に目を覚まして、鍵を開けると思うか」
「可能性はなくはないですよ」
「そらそうや。可能性はある。しかし、その犯人。そいつは、その夜に重大な目的を持って、その部屋に行ったんやで」
「そうですね」
「そいつが、そんな幸運を当てにするか」
確かに、そこでうまくいかずに躓いたら、犯行ができないだけでなく、自分の存在がクローズアップされる危険もある。
「じゃあ先輩は、どう考えてるんですか?」
「まず鍵を開けたのは藤田さんではない。これは確かやろ。熟睡してる人物を夜中に起こすには、かなり大きな音でノックせなあかん。しかもそのあと、藤田さんに平穏に鍵を開けてもらえる保証もない。そんな無確実な事象をあてにしての犯罪計画はあり得へん」
先輩の推論に、僕と高遠さんは頷いた。
「とするならば、犯人はどうやって鍵を開けたか。可能性は二つや」
三輪さんは顔の前に二本の指を立てた。
「まず一本目。ペンションの部屋の鍵をピッキングで開けた。俺にはできへんけど、ピッキングの技術はそう難しくないと聞いてる」
そう言って、指を一本折る。そうかピッキングか。それは空き巣の必須テクニックで、道具と経験さえあれば簡単に鍵を開けられると聞いたことがある。殺人まで考える復讐者なら、練習をしたとしても不思議ではない。
が……、
「先輩、ダメですよ。それは」
僕が首を横に振り、高遠さんも僕に同意するように頷くのを、三輪さんは悲しげに見つめている。そうか、先輩も気づいていたんだな。
「どこが、あかん? 言うてみアオイ」
「この宿の部屋鍵はディンプルキー、通常は玄関ドアなどに使われる高性能な鍵でピッキングは不可能です。以前あった窃盗事件で相当懲りたんでしょうね、竜二さんは」
そうなのだ。この宿の各部屋ドアに使われている鍵は、通常のシリンダーキーより防犯性がはるかに高いタイプで、窃盗のプロでも簡単に解錠できない。
ハーっと大きなため息をつき、三輪さんは二本目の指を折る。
「じゃあしゃあない。二本目はもっとシンプルや。あの部屋の鍵を持ってる人がいる」
「飯畑さんが怪しいと」
「可能性は低くないと思う。二年前の事件に関しての仲間割れか、あるいは飯畑さんの思い人が大島さんだったか……」
先輩は残念そうに首を振るが、どこまで本気なのだろう。あの聡明で凛々しかった飯畑さんが犯人であると言うのか。他に何か可能性はないのだろうか。
「動機はどのみち、この場ではわからないでしょう。それより、どちらかの方法で中に入った人物はどう動きましたか?」
「藤田さんを起こして、二年前の事件の証拠か何かを示して自殺に追い込むか、もしくは寝てはる藤田さんを絞殺し、何らかのトリックで自殺に見せかけたか。どちらかが行われたと思うが……。小説の探偵みたいに興味深い証拠を発見して犯行方法の断定、なんてまねは俺にはできへん。しかしさっきも言ったが、藤田さんが死んだという結果は同じや」
先輩が語った悲しく悲惨な場面を想像し、暗澹たる気分となった。
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