連立スル 夕顔ノ 方程式

ベンジャミン・スミス

文字の大きさ
21 / 39
第四章 心満たされぬ九月

第一話 教え子からの告白

しおりを挟む
 秋の気配が迫る夏空の下、制服姿の生徒が大勢登校してくる。少し髪が赤い生徒、夏休み前とは関係が変わって男女、こんがり焼けた生徒、そして何も変わらない生徒も。
渡り廊下からそれを眺めながら「今日の風紀検査は時間がかかりそうだな」と数人の教師が苦笑いする。
 福山のクラスの生徒もお約束の様に、妙に髪色が真っ黒な生徒や、耳を気にする者がいた。

「始業式の後、一年生は剣道場で学年集会と風紀検査だ」

と伝えるとあからさまに動揺している。

「じゃ、体育館入れ」

と教室から生徒を追い出す。途端に煩くなり、騒がしく体育館へ移動を開始する。他の教室からの生徒が出てきて、ちょっとしたパレードだ。
しかし体育館に入ると、一番前で整列指導をしている辻本にみな黙る。そそくさと並び、点呼を完了させる。
 
 そこからは教師にとっても長い時間が始まる。
校長の長い講話に続き、各主事からの講話。いつもここで時間を食うのが生徒指導主事で、辻本も例の通りだ。それに加え、その前に講話した進路指導主事も受験を間近に控えているとあって長かった。
ようやく辻本の順番が回ってきた時には、本人はウズウズと立ち上がった。

「警察から小耳にはさんだ情報だと、夜に補導された者が何人かいるようだが——」
夏休みの生活態度や品行について長々と語っているが、福山は「お前が言うな」と心の中で突っ込んでいた。

「夏休みに悪い事をしたと心当たりのある者は素直に二学期から生活態度を改める様に」

——ドキッ

夏期の長期休暇中に生活が狂ってしまった福山は、手にしたバインダーを握りしめた。

 この体育館内で一番変わったのは自分だという妙な自負はある。

 辻本との関係は乱暴さを増し、暴力だけではなく、出張先で自慰を迫られるまでに至った。先月末の福岡出張も、福岡の大都市にある博多駅で自慰をしたばかりだ。
 それだけではない。夕顔を育てる謎の男Xとの淫行生活にも拍車がかかっていた。ヤらずに終わる事もあるが、だいたいの確率で身体を重ねている。相変わらずリュックを漁られるのは変わっていない。

(極めつけは……)

福山はため息が出そうになるのを堪える。

 夏休み前にこの体育館で生活指導に来ていた警察官の教え子から告白をされてしまった。

(っていうか宇野の奴、ゲイだったのか)

宇野の告白は愛の告白だけに収まらなかった。

         *


「冗談はよせよ。いくら仕事が忙しいからって結婚をあきらめたわけじゃないんだ」
「本気なんですけど」
「あー……んー……お前、同窓会行ったんだろ? ほら、あいつ今井とかどうだ?」

宇野を狙っている今井をさりげなく紹介する。

「俺の事狙ってますよね?」
「分かってんなら一度くらいデートしてやれ! 可哀想だろ!」
「本当にそう思っていますか?」
「思ってるよ! あいつ高校から狙ってたって言ってから10年だろ? 構ってやれ」
「てか俺、ゲイなんですよ。女に興味ない」
「え? そうなのか?」
「先生、気づかなかった?」
「まったく。誰かと付き合ってたのか?」
「付き合ってた。別れたけどね」

今井作戦は脆くも崩れ去り、困惑している福山の腰に手が回される。

「お、おい! お前、本当はこの席わざとだろ?」
「さあ」
「さあって……とりあえず俺は生徒とは付き合わん」
「もう卒業していますけど」

恋愛小説にありそうな二番煎じの言い訳は、同じ二番煎じで返されてしまう。

「教師はやめとけ。プライベートな時間なんて皆無だぞ」
「警察官もですよ。それでも俺は先生が好きなんです。付き合ってください」
「ダメだ」

段々宇野もムキになり、生徒の顔が覗きだす。

「じゃ、デートしてください!」
「ダメだ」
「さっき今井の事は、構ってやれって言ったじゃないですか!」
「それは10年以上思い続けているからだろ」
「俺も高校生の時から先生が好きです」
「うっ……さっきの発言は撤回……」
「させません!」

腰に回された手に力が籠る。触れている場所が熱い。

「それに白バイ隊員の同期の話を今度聞くって約束もしてくれました! 先生が約束を破るんですか?」
「お前、屁理屈とこじつけがすごいぞ」
「いつ聞いてくれますか? ちなみに映画館でお願いします」
「映画館なんて今付け足しただろ」
「じゃ、俺の家で」
「ダメだ!」
「でもデートはしてください」
「白バイ隊員の話がデートに変わっているぞ」

教え子からの猛攻撃に福山はウーロン茶を飲みほした。

「お代わり頼みますか? まだ帰しませんよ?」
「よ、用事があるんだよ」

ジーっと宇野は福山を見つめる。

「怪しい……逃げる気じゃないですか?」
「本当だって!」
「夜中に用事って何ですか? 彼女?」
「彼女じゃない!」
「ってかさ……先生ってゲイなの?」
「はっ?」

宇野の言葉の過程が理解できずに、福山は目を点にした。

「なんでそうなるんだ」
「だって普通「俺はゲイじゃない」って断るでしょ?」
「それは……」

ゲイではない。
しかし、男性経験はある。

「べ、別にそれは断る理由にならないからだ。ジェンダーで壁を作るのはどうかと思う」
「模範解答だ! 先生っぽい!」

一言一言が突き刺さる。
先生っぽいと言われる男は二人の男と肉体関係を持っている。
その罪悪感が頭の隅にあり、宇野の言葉に反応してしまう。

「とりあえず俺とお前は生徒だ。卒業したってそれは変わらない」
「でもデートはしてよ? 約束」

回していた手を福山から離し、小指を立てる。迷いはしたがここまで「先生、先生」と言われれば断るのにも罪悪感がある。

「……分かった。また今度な」
「絶対にすっぽかす。今、予定決めようよ!」
「大丈夫だ! ちゃんとまた連絡するから。だから……今日はもういいか? 本当にこのあと予定があって……」

福山の身体が熱を帯び、宇野は眉間に皺を寄せた。

「ねー、本当に彼女じゃないんですか?」
「違う」
「じゃ、どうして顔赤いんですか?」

慌てて頬を撫でる。髭のほぼ生えないそこは年齢のせいで少しざらついている。そして熱い。

「酔ったんだよ」
「飲んでないのに?」
「……いいだろ、別に」

そう言って席を立つ。会計を済ませ、宇野と別れた後、告白の事をグルグルさせながらXの元へと向かった。

そして……

「ごめん。今日はヤる気分じゃないんだ」

この日初めて、福山は行為を否定した。Xもリュックを漁っただけで、福山の願いを受け入れて、帰って行った。

「──では、ただいまより学年集会と風紀検査に入ります」

辻本の講話が終わり、我に返る。
生徒が移動をし始め、それについて行く。

(結局、次の会う日も決まったしな……)

真面目な福山は約束をやはりしっかり守り、今週末、映画を見に行くことになってしまった。もちろんその前には部活動がある。辻本は休日には来ない為、お仕置きはホテルにでも呼ばれない限りない。

どんな週末になるのか分からず、福山は剣道場へ向かう階段の最後一段を踏み外しかけてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

処理中です...