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第一章 松田要と失恋した男

第三話 2度目の体験(※)

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「はあ……」

(やっぱり気持ちいい)

思わず天を仰いで声が漏れてしまった要とは逆に、男は床に敷いてある安物のフロアマットをギュッと握りしめて耐えている。

「痛い?」
「気に……はぁ……しなくていいから……早く出してよ」

どうにか力を抜こうと息を吐きながら言う。
これでは、まるでレイプだとい
たまれない気持ちになり、せめてもと、手を男の下半身に回した。
手探りでそれを探す。

「ちょっと!」

同じ場所についているため容易に手が性器に触れる。そして優しく包み込み上下に扱くと、驚いたのか四つん這いの体勢のままこちらを振り向く。

「何してんの?!」
「痛いだけじゃ嫌だろ」
「大丈夫だって!」
「強がんなよ」

口ではそう言うものの、手を払いのける仕草はない。
要は勝手に肯定の意味だと受け取り、なおも扱き続ける。

「気持ち良いか?」
「もうちょい……下の方」
「んっ?」

性器の根元のほうへと手を滑らせる。

「そうじゃない……少し抜いて。」
「こうか?」

どうやら扱いている方ではなく中の方だったようだ。下とは手前のほうだと解釈をして、指示通り自身のそれを引き抜く。

「そう。で、カリの部分でそこ押して」
「昨日も言ってくれたらしたのに」
「君、昨日は無我夢中で腰を振ってたじゃない」

鋭い眼光が振り向き、要を睨みつける。

「すんません。んっと、ここか?」

鋭い眼光が蕩けたように細くなる。そして、また前を向いてしまった。男も腰をくねらせ指示した場所に自分で押し当てる。

「あっ!」

と、声色が変わる。その色を帯びた声に要の理性が切れかける。

「ここか?」
「そ、そこ……やっあっ!」

グッと押し当てしつこく攻める。男が喘ぐたびに自身が抑えられなくなり、気が付けば尻を鷲掴みにして昨日と同じように激しく打ち付けていた。擦ってもないのに男のそれは膨張していて、先端から出た先走りがフロアマットとの間で糸を引いている。

「もっと声聞かせろ」
「や……だ……」

反抗的な返事にさらに激しく打ち付けて男を追い込んでいく。

「あっ、ああ!」
「やらしい奴だな、あんた」
「う、うるさ、いっ!ああ!」

男が身体を仰け反らせて目の前で快楽に落ちていく。それと同時に要にも射精感が込み上げてくる。

「やば。出そう」

限界だ。
俺は刺激していたところからさらに奥にさしこみ激しく打ち付ける。気持ち良いところから刺激が外れたせいか男が強気になる。

「まだ? はやく……してよ」
「はいはい」

黙ってればいいのに、いちいち喧嘩を売るようなことを言ってくる。もう一度喘がせてやろうかなんて悪戯心も湧いたがそれは叶わなかった。

「あっ、くっ!……はぁ、はぁ」

男の中に自分の欲をぶちまけ、襲い掛かる快楽と疲労感に男の背に倒れこむ。
 その間も下半身だけはドクドクと中で脈打っていた。

「重い」
「お前は?」
「?」

要の言った言葉の意味が理解できずに首をかしげる男のそれへ手を伸ばし擦る。

「ちょ! やめて!」
「お前は、イッてないだろ」
「いいの、俺は!」
「いいから。俺がしたいだけ」

男を座らせその場で足を開かせる。空いているもう片方の手の人差し指を男の秘部に挿れる。

「んっ!」

要の精子とオイルで最初よりも滑りやすくなった中を広げ、何の迷いもなく一点を目指して指を奥へと侵入させていく。

「あっ!」

目的の場所を指で激しく刺激すれば、扱いている男のそれがビクッと反応する。どうやら既に限界は近かったようで、二、三度刺激しただけで先端から大量の白濁としたものを吐き出した。その瞬間、要の手にも生暖かいものが広がる。自分のじゃないだけに妙にその生暖かさがリアルに感じ、かつ自分のせいで達してしまった男を前にして急に恥ずかしくなり、黙ってティッシュを渡して洗面台へ立ち去る。
 手を洗って戻ってくると男は既に身なりを整えて、床に胡座をかいて座っている。

その瞳には影が落ちていた。

(ああ、そうかあいつ)

バーで男が話した内容を思い出す。

『男に失恋した』

(だからあんな顔してんのか)

しかし、要の足音がすると、瞳の色が変わる。そして淡白な振る舞いを見せ、要も折角の心配を無下にされた気がする。

「お前よくこんなことしてんの?」
「こんなこと?」
「こういう関係。なんか普通だし、慣れてるから」
「別に。ただ昨日はイライラしてただけ」

イライラしていたから、一夜だけの関係、しかもネコになったのだという。

「まっ、半分君のせいだけどね。抵抗したけど突っ込んできたし」
「すんません」

男の方が要より背が低い。だが高くても要が抱いていただろう。

「ねぇ」
「ん?」
「俺、何の話してた?」

要の心を見透かすような目で見てくる。

(どうすっかなぁ)

要は本当のことを話そうか悩んだ。しかし、心の底にちょっとした思惑があった為、それを飲み込んだ。

「仕事の愚痴しかいってねーぞ?」
「そう」

男の頭が垂れ、前髪で表情は見えない。

「……」
「なぁ、セフレになんない?」
「はぁ?」

今までで一番鋭い眼光に一瞬たじろいでしまった。

「何で?」
「いや、なんか……ほっとけなくて」
「ほっといてくれていいんだけど」
「お前はいいかもしれねーけど、俺は心配で。あっ一応聞くけど恋人いないよな?」
「いないよ。でも君とセフレになって何のメリットがあんの?」

要は言葉に詰まる。
男に失恋の話を知っている旨を持ち出せば、プライドの高さからもう目の前には表れないだろう。

「えーと……きもちいい事できる!」
「君はタチだからね。それとも次は抱かせてくれるの?」

(そ、そうきたかー!!)

「ぐううう。わかった! それでいいからセフレになろう!」

その時になればなし崩しにすればいい。そんな卑怯な事を思いついて嘘をついた。

「……なら、いいよ」

この時どうして「セフレになろう」などと言ってしまったのか本人ですら分からなかった。男同士の性行為に嵌ってしまったのか、それともこの寂しさを隠そうとどうにか取り繕っている男に興味を持ったのかは分からない。けれど、ごく自然にこの非人道的な言葉が口から出てしまった。
 その成果、了承を貰ったのに不安に駆られる。

「えっ? いいのか?」
「自分で提案しといて反応おかしすぎるでしょ」
「いや、でもこんな見ず知らずの男……あっ、お前名前何ていうの?」
「あー言ってなかったっけ? じんだよ」
「仁か……俺はかなめだ。とりあえず、よろしく」

この場には似合わない握手をする。しかし、もともと名前もお互い知らずにここまでしてきたこともあり、そんなおかしな状況も自然とすら感じてしまう。

 こうして合コンに失敗した男・松田要と、失恋したという男・仁の身体だけの関係が始まった。
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