こいじまい。-Ep.smoking-

第三章 松田要と青天の霹靂

第五話 返事

　そして約束の時間が来た。

「……」

頭の中で話す内容を繰り返す。しかし、上手くいかない。どうしても告白の返事を言う自分が想像できないのだ。気持ちは固まっているのに、それを言葉にできない、できたとしても何かしっくりこない。

　要の家につき深呼吸をして、インターホンを押せば、ピンポーンというもう何度も聞いた音が今日はいつもより大きく聞こえた。

(あれ？)

静まりかえっている。出てくる気配もない。しかし要が退社していることは、きちんと確認した。

(まさか逃げた？)

とも思ったが、とりあえず猶予ができた事に心にも余裕ができる。　しかし要は帰ってこない、逃走説が仁の中で濃厚になりだした頃

「よ、よお」

要が帰ってきた。オドオドしながら、遠慮がちに手を上げて挨拶をする。

「残業してたの？」
「いや、さっきまで家に居た……えっと……入る？」
「要が呼んだんでしょ！」

強い口調で言ってしまい、口を手で覆う。しかし要は全く気にしていなかった。と、言うより気にするだけの余裕がないようにみえる。

「そうだな……どうぞ」

その姿に拍子抜けしてしまい、逆に冷静になってしまう。

「お邪魔します」

昨日ぶりに入る要の部屋は、とても綺麗になっていた。そして部屋に充満する要の匂いで緊張し始め、それを隠そうと綺麗になった部屋を見渡した。

「珍しく部屋綺麗だね！」

(ああもう…何でこんな皮肉っぽくしか言えないんだろ)

口を開くたびに自分が嫌になってくる。

「そりゃ、なっ」

と、いう要。それはこのために綺麗にしたと捉えることができ、ますます仁を緊張させてしまう。そんな仁をリビングに残しキッチンで麦茶を準備しだす要。

「はい」
「ありがとう」

麦茶を受け取り、二人で床に座って飲む。

「ソファーに座れよ」
「要が座ったら？」
「俺はいいんだよ」

なんて意味のないような会話をする。その会話の間、要の視点は麦茶を飲んでいるのに変なところを見ている。まるで初めて家に来た人間のようにキョロキョロと泳ぐ視点。

「要？」
「えっ？！」

ビクッとなる要。さすがにここまで様子がおかしいと心配になってくる。

「大丈夫？」
「わりぃ……ごめん……」
「どうしたの？」
「あんなふうに啖呵切っといて、いざ約束の時間が来たと思うとなんか落ち着かなくて」

勢いだけで突っ込んで、でもその後の落ち込む要に、年下らしさを感じた。

「正直、来てくれないんじゃないかと思って、家にいるのが怖くてさ……少し散歩してきちまった」
「それでいなかったの？」
「ああ」

不安を隠せない様子の要は、先ほどから視線を合わせない。狭い部屋で緊張しきった男が二人いて、空気が気持ちの良い張りつめ方をしているが、決して心臓に良いとはいえない。
仁はその中、ゆっくりとコップを置く。視線を逸らしているにもかかわらずそれに気が付いた要が、一回だけ目をギュッと瞑り、ようやく仁と視線を合わせる。
　その目は覚悟を決めた目だった。

「返事、聞かせてくれ」

真っ黒な黒髪と同じ真っ黒な瞳を見つめる。吸い込まれそうな黒に今度は仁が固まる。

「……」

　仁は、要とテーブルに置いたコップを交互に見る。煩い心臓を握りつぶす勢いでシャツを握り、手の血流が止まろうとしていた。

「やべ、緊張で死にそう」
「ちょっと、黙っててよ！」
「だってお前がなかなか言わないから！　振るならさっさと振れよ！」
「誰も振るなんて言ってないじゃん！」
「じゃあ好きなのか？！」

いつのまにか始まった言い合い。
要の問いに仁はコップの水滴を指で掬い、視線を逸らした。

「す、す……えっと……それは……」
「やっぱり振る気なんだろ！」
「振らないってば！　あーもう！」
「うおっ！」

麦茶の湖面が揺れる。
その頭上では、仁が要の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
頭突きの勢いで触れたのは額ではなく……

──チュッ

麦茶の香りがする唇は火照っていて、その持ち主は顔を真っ赤にしながら「要を好きにさせてくれるんでしょ？　頑張りなよ」とツンと顔を離した。

「それって……」

要の身体が一気に熱くなる。芯から噴火するように上がってきたのは熱だけでなく、喜びや驚きも一緒で、勢いそのまま仁を抱きしめた。

「それってOKって事だよな？！　てか、好きって言えよ！」
「好きにさせるのは今からでしょ！」
「もう好きなくせに！　そうなんだろ？！　言っとくけど俺、結構お前のこと理解してんだからな！」

嬉しそうにはしゃぐ要は仁の頭をワシャワシャ撫でた。

「好きじゃないって！」

口調は荒いのに仁は要を引き剥がさない。当の本人は告白の結末に大興奮が止まらない。

「やべぇ！　すげぇ幸せ！」

そしてまたギュッと抱きしめる。やりたい放題の要の腕の中で仁は微笑む。ようやく仁を腕から解放し、顔を両手で包みこみ見つめる。

「ありがとう、仁！　大切にするから」
「うん」
「セフレから恋人に昇格だな！」
「君、どうしてそういうムード壊すこというの？！」
「ははは、わりぃ！」
「本当に一言多いんだから。でも、そんな年下に振り回されるのもいいかな」
「お前の方が一言多いいんだよ！」

照れ隠しに一言余計な事を言ってしまう。しかしそれが本心でない事はお互い分かっている。
まだ出会って間もない二人、身体だけの関係を続けていた二人。しかしお互いのどこかに魅力を感じ、引き寄せられた。一人は、真っ直ぐで、しかしそれがたまに傷の男。もう一人は、素直になるのが苦手な男。真逆な要と仁だが、きっと…

「幸せだ」

(俺もだよ、要)