こいじまい。-Ep.smoking-

ベンジャミン・スミス

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第十二章 佐久間仁と文明の利器

第四話 ツンデレサンタ

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「お疲れ様です!」

 東亜日本貿易会社の廊下は既に外の寒さを少し予想させるくらい冷えていた。案の定外は吐息が白く曇るほど寒く、つい「さむっ」と一人で呟いてしまう。

 門司の街はクリスマスが近くなり、それらしい風景が広がっていて、仁と要が行ったレトロ地区もイルミネーションが綺麗だと女性社員が楽しそうに話していた。誰と見に行くだの、彼氏に連れて行ってもらうだの、仁とは無縁の話をしていたのを思い出す。

(今日は21時)

クリスマスには一緒にいられない遠い地にいる恋人との電話の時間を確認する。しかし遠いといっても、前ほどではない。
つい先日、市場調査を終えて要はインドから帰国した。行きは実家に寄ってから出国したため福岡から出発だったが、帰りはそうもいかず、東京着でそのまま愛知県へと帰ってしまったのだ。しかし帰国後すぐに空港で電話をくれた要に、ようやくとほっと一安心したが遠距離に変わりはなく、寂しい気持ちは消えない。

なので、要との電話を仁は心待ちにしている。

相変わらず意地っ張りだが、前のように自分に自己嫌悪を抱くことも少なくなり、楽しく電話をしていた。ただ一つ困ったことがあるとすれば、スマートフォンを変えた初日にテレフォンセックスをして以来、要が時々それを求めてくることだった。もちろんあれ以来していないのはあの後にとんでもない羞恥心に苛まれたからだ。

《エッチなこと言ったら即切るからね》

電話をする五分前に必ずこのメッセージを送る。要からは適当な返事が返ってくるのみだ。今日もお決まりのやり取りをして二人の電話は始まる。

『よお、仁』

要の始まりはいつもこれ。

「なに?」

仁の始まりもいつもこれ。

『元気か?』
「昨日もしたじゃん」

 冷たく言い放つが、このやり取りがないと落ち着かなくなっていた。

『もうすぐクリスマスだな』

今日の電話のお題に一緒に過ごせない寂しさで胸が痛む。

「そうだね」
『サンタ来るかな?』
「残業もってくるんじゃない?」
『それは勘弁してほしいわ……あー……うん……えっと』
「何?」

歯切れの悪い要に、仁まで腰が落ち着かない。

『今日、支社長からプレゼント貰ってさ』

言っている意味がいまいち理解できなかったのは支社長ほどの人物が要に何を渡したのかが謎すぎてだ。これが同僚とかなら、何の違和感も持たなかっただろう。

「へえ」
『……辞令貰った』
「……」
『来年度四月一日付で門司支社復帰……ってさ』

まるでその場で辞令を読み上げるように言う内容にスマートフォンを落としそうになった。

『……ってことらしくて』
「良かったじゃん」
『まだ待たせるけど……絶対帰るから』
「うん」

平常心を取り繕う、しかしその表情の下で小さくガッツポーズをしている。

「良かったね、早めにクリスマス来て」
『仁からは?』
「ない」

『ですよねー』と小さく呟いた後、駄目もとでサンタクロースにでも祈るように二つ目のプレゼントを懇願する声が聞こえる。

『サンタさん! 仁が欲しいです! できれば素直な!』
「馬鹿じゃないの? それに喧嘩売ってんの?」

意味不明なお願いに眉をひそめる。「素直」は余計だし、正直空港のアレで仁の全ては使い切ったようなものだった。要からすれば、あそこまで素直になったのだからこれからもそれでいてくれと願うばかりだったが、こればかりは性格だ。どうしようもない。

『サンタは何でもくれるからな! きっと素直な仁もくれるはずだ!』
「そもそもサンタなんていないし。他に何かあるでしょ」
『それしか浮かばないんだよ』
「名刺でも送ろうか?」
『いらね……いや、欲しいかも』

それですら愛しいという気持ちを込める声に適当に言ったプレセントに後悔してしまう。

「新年度になったらね」
『春じゃねえか』

しかし、その春には要が福岡に戻ってくる。寒い冬なのに、何故か心は既に雪解けが始まっていた。

それからしばらくして年末の作業に日常を追われる中ようやく取れた休日に、仁は近くのショッピングモールにいた。モール一階の中央には大きなクリスマスツリーが設置されており。その前では子どもがコスプレして写真を撮れるように、衣装と撮影台などが完備されていた。そこで楽しそうにはしゃぐ子どもたち。

「サンタさん、何プレゼントしてくれるかな?」

と、サンタクロースのコスプレをして撮影してもらっている女の子が両親らしき人物に聞いている。きっともう準備が済んでいるであろう両親は「なんだろうね」とにっこりほほ笑んでいる。

(要のプレゼント、何にしようか)

と、その横を通り過ぎながら考える。いつの間にか奥の室内広場までやってきてしまった。定期的にフェアをしている室内広場は、今は「冬の海の幸フェア」というのを開催していた。鮭やイクラ、カニに牡蠣など海の幸が売りだされている。

(ビール好きだもんなぁ)

まだ付き合って半年しかたってない恋人の好みを必死に考える。要はお酒が好きだ。特にビールが好き。冷蔵庫には必ずストックしている。つまみはたいていスーパーに売っているスルメや豆類だ。凝ったとしてもたまに蒲鉾を切って刺身醤油で食べているくらいしか見た事がない。こんなに大きなショッピングモールなのになかなか要へのクリスマスプレゼントが見つからない。昔彼女にはアクセサリーや鞄などで済ませていた覚えがあるが、相手は男だ。同じ男なのに全く見当がつかず、広い広場でため息をついた。

そして……

『住所教えて』
「何で?」

今日の電話の時間は17時で、休日は早い。要は唐突に住所を聞かれて頭にはてなマークが浮かんでいた。

『……プレゼント』
「え?! まじで?!」
『うん』

仁から予期せぬ言葉。プレゼントを送ってくれることが既にプレゼントを貰うほど嬉しくソファーから意味もなく立ち上がり座り直してしまった。

「後でメッセージで送るわ!」
『お願い。週末……土曜日でいい?』
「休日出勤してるけど大丈夫!」
『時間指定したいんだけど』
「いつでもいいって! 無理だったら不在票みて電話するし」
『いいから教えて!』

頑なに時間指定をしようとしてくるがいったい何を送ろうとしているのだろうか不安になる。

「んー、その日は……17時には家にいると思う」
『わかった。じゃ、18時にしとくよ?』

結局何度聞いても何を送ってくれるかは教えてくれなかった。

(俺も何か買わないとなぁ)

と、送るプレゼントを考える。

プレゼントが届く当日、プレゼントが気になり、昼過ぎには退社し、一応仕事は持ち帰る。雪が降りそうなほどの寒さに身体が力み、おのずと早足になる。帰宅後、それからが長く、時間がなかなか進まない。いや、時間はいつも通り一定に時を刻んでいるのだが待ち遠しくて体感時間が遅すぎるのだ。我慢が出来ずに仁に連絡したら、電話をしてくれるという。

「よお仁」
『なに?』
「待ち遠しくて」

へへへと笑う。さながら本当にプレゼントを待つ子どものようだ。

「プレゼントも嬉しいけど、早く会いたいな」
『もうすぐだよ』
「もうすぐって言っても、まだ三か月もあるだろ」

たしかに帰れることが決まったとはいえ三か月は長い。指を三本立て一本ずつ下ろしていき、残り一本の時あることを思い出す

「あっでも、年末年始、福岡帰るから会えるよな?」
『俺も広島帰るんだけど』

指を全部下ろす。会える確率は0のようだ。そして指を全て下ろした腕を傾ける。

「……6時過ぎたな」
『そろそろじゃない?』
「当ててやろうか?」
『何を?』
「お前が何を送ったか」
『……』
「食い物だろ?」
『根拠は?』
「根拠は時間指定だよ。俺いつでもいいって言ったのに、お前頑なに時間聞いてきたじゃん。つまり……」
『つまり?』
「クール便でケーキだろ?」

これで決まりとばかりに言うが、ため息が聞こえた。

『ケーキなんて送ったら崩れるじゃん』
「ってことはケーキ以外か?」

要は唸りながら再び考える。

「生ものだろ?」
『んー、生ものだね』
「値段は?」
『プレゼントなんだから聞いてどうすんのさ』
「んー……どのにでもある?」
『それは……どうだろ……』
「特産品なのか? どこ県産?」
『広島県産』

ピンときた。そして冷蔵庫に目をやる。

「牡蠣か!」
『牡蠣、好き?』
「好き好き! うっわ、テンションあがるっ!」

海のミルクとも呼ばれる高級品が自分のもとに来ると分かり興奮してしまう。冷蔵庫を開け、ビールがあるか確認すれば、五本ストックしていた。触れるとキンキンに側面が冷えている。思わず喉を鳴らしてしまい、それが仁にまで聞こえてしまう。

「わりぃ。嬉しくて」
『そんなに好きなの?』
「好き! 毎年牡蠣小屋行くし!」
『へえ』
「今年は無理だろな……福岡の糸島の所にうまい牡蠣小屋あんだよ」

その時、ピンポーンとインターフォンが鳴り、胸が高鳴り、涎が出そうになる。

『来た?』
「ああ! じゃ、いったん切るわ!ありがとな」

 牡蠣に負けたからか、少し寂しそうなため息をつく声がしたが、頭の中は牡蠣でいっぱいでそれに気が付かずに切ってしまう。冷えた廊下をルンルン気分で歩き、すぐさま扉を開ける。

「はいはーい!」

 扉を開けると外の冷気が玄関に流れ込む。そして扉を開けたまま固まってしまった。それは寒さのせいではない。

「牡蠣じゃなくてごめんね」

扉の前には宅配員ではなく、広島県出身の男・佐久間仁が不貞腐れた顔で立っていた。
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