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第四章 Virgin
第一話 初めてのキスは……の音
しおりを挟む想いを告げた後、春人はアルバートに手を引かれソファーへ誘われた。二人並んで座るのかと思いきやアルバートが先に座り、ふとももを叩いた。
「おいで。」
「……う、うん。」
まさか自分がこの歳で誰かの足の上に乗るとは思わず返事はしたが固まってしまう。
足を揃えて上品に横座りするのが正解なのか、それとも好きに座っていいのか分からない。しばらく考えた後、この後何をされるのか想像もしていなかった春人はアルバートの方を向いて跨った。
「大胆だね。」
「え?」
「自分で逃げ道を塞ぐなんて。」
右手を春人の腰に回し、左手で真っ黒な髪を掬う様に指を通し後頭部にあてがった。
そしてアルバートの方へ引き寄せる。
「?!」
後ろへも前にも横にも逃げられなくなり、春人は身体を硬直させた。そこへアルバートが唇を寄せてきて、それを「待って!」と手で塞ぐ。
「ちょっと待って。……あの…………」
顔を真っ赤にする春人が目を泳がせる。罰の悪そうな表情もしていて何か言いたげに口をパクパクさせる。「ううう。」と唸り「黙って聞いてよ!何も言わないでね!振ったりしないでよ!」と捲し立て、アルバートの口を塞いだ両手に力を込める。
「僕……キスをしたことないんだ。」
春人の手に吐息がかかり、焦りが募る。
「ごめん!騙すとか、隠していたとかそういうのじゃなくて……そもそも言う必要もないかなって!でも、よく考えたら、恋人がキスすらしたことないのって……」
アルバートを薄目で見つめる目元は真っ赤で熱を持っている。同じく熟れた唇から
「嫌だよね?」
と、悲し気な声が漏れた。
アルバートの口を塞いでいた手を除けビクビクと様子を伺う。
そんな春人をアルバートは抱きしめた。それすら春人には経験がなく背中に電流でも走った感覚に襲われてしまう。
初心な反応を見せる春人にアルバートは口角が自然に上がってしまった。
「それは嬉しい誤算だな。」
春人がこの歳で、既婚者にあそこまで猪突猛進な恋が出来る理由はここにあったのだ。
可愛い男として今や社内で有名な春人も、学生時代は恋愛の対象外になることが多かった。そのせいで想う気持ちはあれど、そこから先の大人の世界に踏み込んだことはなく、未だにキスもしたことがないのだ。
未経験を恥ずかしがる春人にアルバートは嬉しくてたまらなかった。
「嫌にならないでね。何もできないけど。」
まだ不安気な春人の右手の甲を取る。そしてそこにキスを落とした。
「君が私を世界で一番幸福な男にしてくれた。それで十分だ。」
もう一度、今度は長くキスを落とし、そのまま視線だけを春人に向ける。
「その代わり、私も春人を必ず幸せにすると約束するよ。」
まるでプロポーズのような言葉に胸が熱くなる。そしてその口元をじっと見つめる春人。
それが意味することを理解したアルバートが「春人。」と色気を纏った声で名を呼ぶ。
「な、何?」
「君の初めてをいただいてもいいかい?」
まずは唇からだと言わんばかりに、親指と人差し指が春人の下唇を挟みながら撫でる。
「でも、歯磨きまだだし!」
と、色気のない返事しかできない初心な春人にアルバートは「嬉しい告白をされたのに期待に応えないのは紳士の名に恥じる。」と睫毛を一度伏せ、ゆっくりと上げた。スッと整った目が更に細くなり、紳士の瞳が男に変わる。
「それにもう我慢できそうにない。」
突如あふれ出した色香に飲み込まれないように視線を逸らした春人。その後頭部に手を添え、アルバートがゆっくりと唇を近づける。
春人は、それがどんな温度で、感触で、そして他に何を与えてくれるのか……爆発しそうな胸に手をあて握りしめ、ギュッと目を瞑りその時を待つ。そして……
「……」
——初めてのキスは心臓の音だけがするキスだった。
柔らかく割れ物にでも触れるようなキスは直ぐに離れて行く。
二度目を懇願するように見つめれば、今度は
——チュッ
と、リップ音が鳴り濡れた唇が姿を現す。聴覚が痺れ眩暈がする。アルバートの上でフラフラしそうになる身体は、逞しい腕に支えられている。その体温でどうにか正気を保っていると今度は三度目のキスが降ってきて、春人の唇を楽しむ様に啄んでくる。
「はあ……あっ。」
舌は入っていないのに、それに似た吐息と激しさが加わり、春人が胸で握りしめていた手を首に回す。
「んふっ。」
春人の唇を楽しむアルバートが口内の空気まで攫っていくようだ。苦しくなってはシャツを握り、それを感じ取ったアルバートが酸素を吸えるように隙間を与えてくれる。それでも唇は軽く触れ合ったまま。
「はぁ、はぁ。」
「どう?」
「外国人のキスだ。映画で見た事ある。」
と、目を潤ませながら感想を漏らす。そして「激しいね。」と言うが、アルバートからすれば普通だった。まだ舌先すら入っていないキスで恍惚となる春人に「まだだよ。もっと凄いことしてあげるから。」と誘うと生唾を飲む音がした。
「君は本当に素直だね。」
「アルバートみたいに紳士じゃないから。」
「紳士といえども所詮は男だ。あのホテルの時の様に私も欲情してしまうかもしれないよ?」
「欲情」は耳元で誘うように囁く。その瞬間春人の肩が震え、あの濡れた瞳で返事をした。
「いいよ。」
そして震える声で「アルバートになら、何をされても構わない。」と男らしい事を言うが、顔は真っ赤だ。
その素直な発言とギャップにやられ、アルバートは「とんでもない子と付き合ったかもしれないな。」と堪らなくなった。
「でも、今日は駄目だ。」
「どうして?!」
「春人の初めてをじっくり堪能したいから。そんなに急いでする必要はないよ。」
今日はファーストキスだけで満足だと伝えるも春人は腑に落ちない表情をし、そのまま自分のベルトに手をかけた。
カチャカチャといつもより手を滑らせながら外し、アルバートの制止も無視してジッパーを下ろした。
跨っているせいでズボンを下ろすことは出来ないが、開放された部分から露わになっている下着は膨らんでいた。
蛍光灯の下でその主張は照らされている。
「……」
「続きは?」
下着を下ろそうとしない春人にアルバートが聞く。制止させようとしていた彼は消え、今は意地悪そうな表情をしている。
ポスンと肩に頭をもたれさせる春人が小さな声で「電気。」と言えば、頭を撫でて抱きかかえた。
そして薄暗い寝室の冷たいシーツを背中に感じる。覆い被さっているアルバートがキスを落とし、更にベッドに沈む身体。纏わりつく冷気をどんどん熱くし、吐息が混ざる音で部屋の空気を震えさせる。身震いしたくなるような淫靡な空間に春人の初めてのキスはどんどん激しさを増していった。
高く昇った月明りが窓から差し込み、朝方にも似た色彩を部屋に放つまで続いた。
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